第11話 忍者たちの初仕事
時間はどれくらい経ったかわからない。だが二人は同時に目を覚ました。二人は互いに向かい合って立ったままだった。二人は目覚めて最初にお互いを見、そして……まず口の中の異物に気づいた。何かゴロゴロしている。
「うぇっ……何だコレ……」
「鉄?」
手のひらに吐き出したソレを見ようとして視界に違和感と不快感を覚え、顔を
「……鹿島……さん?」
「え!
馬場さん!?」
馬場と鹿島はお互いの身元を確認すると、直後に二人の顔がニヤァ~といやらしく歪んだ。
「なに、鹿島さん、お互い見た目はこのままでって言ったじゃん!?
一瞬誰か分かんなかったよ!」
「やだなぁ~馬場さんこそ、全然違うし!
どこのイケメンかと思いましたよ!?」
お互い指を差してクスクス笑う。人間、自分のことは実際よりも良いイメージを持っているものだ。特にあまり鏡や写真などで自分の姿を頻繁に見ない男はそうなりやすい。時々、女性から見て呆れるほど自信過剰な男が居る理由は大概それだ。それでも互いに相手が誰か気づけたということは、二人の自分に対する意識はそれほど極端に現実から
「私は若返っただけだよ。
あとお腹引っ込めて禿げ治したくらい?」
「ボクだってそうですよ!
イメージしたのは若い頃の自分だもん」
二人は互いに胸を張って見せる。だがニヤケ面はそのままだ。お互いに相手が自意識過剰だったことも今意地を張ってみせていることも察しているのだ。
「ズルいよ鹿島さん、髪の毛茶色にしちゃってさ」
「これくらいいいでしょ!?
地毛ごと茶色くすりゃ染めなくていいし……
馬場さんだって目、真っ黒にしちゃってるじゃないですか!?」
「私は元々黒だよ!」
「いいや、コゲ茶色でした!!」
二人はそこで互いに口を
「ええ~、馬場さんって若い頃そんなだったんだ?
服は今のだからアレだけど、すっごいダンディーですよ!」
「鹿島さんこそ、
顔つきが既にセクシーだし!」
「あぁ~ソレひどくないですかぁ~?
それ言ったら馬場さん、そんな甘いマスクで女にモテないって絶対嘘でしょ!?」
「私は性格に難があったんですよ。
なんていうか、女嫌いっていうか?」
「
そんなイケメンなら女の子なんていくらでもついてきちゃうでしょうに!」
「いやぁ~、私ゃ女の子と話なんかできないしなぁ~。
いや女の子とトークで盛り上がれる鹿島さんが
「そんな、ボクなんか話で盛り上がんないと女の子と仲良くなれないけど、今の馬場さんなら下手に
いや、ボカぁ馬場さんの方が
オッサン同士のホメ合い
「いや、ホントもう、勘弁して下さい!」
表情筋が痛くなるほどの照れ笑いを浮かべたまま両手を
「それよりコレ、何だ?」
さっき手に吐き出した物を改めて見ると、歪な形をした金属片だった。全部形は違うが、素材は同じだ。
「あ、コレ、歯の詰め物だ!」
「え、銀歯!?」
二人とも慌てて口の中に手を突っ込み、詰め物がついていたはずの指で虫歯の治療痕を探る。
「
「
口から指を抜き、唾液で濡れた指を拭いながら二人は交互に口の中を見せ合った。
「虫歯ないよ鹿島さん!
私は!?」
「ん~‥…馬場さんも虫歯ないよ!
多分、転生で治ったから詰め物取れちゃったんだ!!」
「……転生スゲェ」
二人はひとしきり関心してから、要らなくなった詰め物を捨てた。汚れた掌を馬場はポケットから取り出したハンカチで拭き、鹿島はズボンの尻のところに擦り付けて
「それよりも、これからどうするか考えましょ」
「そうねぇ……ひとまず人里を目指すとして、でも最寄りの人里がどこにあるかわかんないしねぇ……このまま北に行くぅ?」
鹿島はそう言いながらベルトを緩め、服装を直し始めた。メタボ腹が引っ込んだのでズボンやパンツがユルユルになってしまい、今にもずり落ちそうなことに気づいたからだ。それを見て馬場もゴソゴソと服装を直し始める。理由は鹿島と同じだ。
「えっと西側に人間の領域で、東側が人間じゃない種族の領域だっけ?
ここらはその境界で、北も南も人間とそれ以外の種族の領域が混じり合ってるんだったよね……」
その地理情報はこの世界に来るときの白い世界で案内役の誰かから聞かされた話だ。
「東に行くのは不安だし、かといって西は連中が行くだろうからねぇ……」
彼らを裏切り者呼ばわりして殺そうとした会社の経営者一家と、一家に今でも従順に従い続ける社畜化した社員たち……おそらく彼らは西へ向かう可能性が高い。《宝珠》を使って転生したとはいえ、良く知る者が見れば馬場と鹿島だと気づかれる可能性がある以上、できれば彼らとの再会は避けたかった。
東は人間以外の種族の領域らしいが、その人間以外の種族というのがどういう存在なのかは具体的には分からない。いわゆる魔族とかで人間に敵対的だったりするとしたら、その遭遇は会社の連中との再会よりも危険かもしれない。
だとすれば北か南へ行ってみるのが妥当だろう。人間と人間以外の種族の領域が混ざり合っているのなら、両者の現状を知るのに都合がいい。うまくすれば両方の情報を同時に得ることだってできるだろう。ひとまず北か南へ行くのはほぼ決定だ。
「それにしてもさ……」
「何?」
ズボンを整え終えた二人は改めて向き合った。細くなった体に太いズボンをベルトで無理やりフィットさせているので腰回りがみっともないくらいにシワが寄っている。シャツも裾がダラーンと垂れさがって、まるでワンピースのミニスカートみたいになってしまっていた。
ひょっとして、鹿島さん/馬場さん、脚を長くした???
お互いにそんな疑念を抱きつつ何にも気付いてないフリを保って話を続ける。
「黒田クン、どうなったと思う?」
「逃げたんだと思いたいけど……」
黒田はアラサーの正社員だが、どうも反骨精神が
「でもあの専務の側には新人の子とかもたくさんついてたでしょ?
「ああ、大学でラグビーやってたとかいう彼ね……」
去年、新卒で入社してきた新人社員・
邦男は専務には盲目的に従うから黒田を捕まえることに何の疑問も抱かないだろう。あの体力自慢の邦男に追いかけられて黒田が逃げ切れるとは思いにくい。
「ちょっと、様子だけ見てみない?」
「え、それで黒田クンが捕まってたら助けるの?」
戦いは極力避ける……それが二人の基本方針だったはずだ。
「いや、助けるかどうかは状況によるけど……
なんか、逃げ切れたかどうかだけでも確認したいじゃない?」
黒田を心配する馬場の気持ちは鹿島も分からないわけじゃない。むしろ同じだ。だが、相手は三十人近くいて、しかも自分たちのように《宝珠》を使って何らかの特別な力を得ているかもしれないのだ。安易に近づくのは避けた方が良い。近づくのだとしたら、それなりの覚悟が必要だ。
「……ボクらが見つかるかもよ?」
「こういう時のための、忍者スキルだろ?
ちょっと試してみたくないか?」
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