第10話 さらば!!

 鹿島はどうやらこれ以上妥協するつもりはないようだ。二人そろって同じ種族になる必要は無いような気もするが、しかしこれから未知の世界で協力して生きて行こうと思ったら共通点が多い方が都合がいいだろう。元々同じ職場で同じような立場で同じような仕事を協力してやっていたのだ。さほど親密だったわけでもないが気が合わないというわけでもなかったし、鹿島がそうまでこだわるなら付き合ってやってもいいだろう。見た目が人間なら種族が人間以外になったからといってさほど問題にはなるまい。


「わかった、見た目は人間で性質はドワーフで戦闘スタイルは忍者ね」


 馬場が仕方ないやとでも言外に言うように言うと鹿島の表情がパアッと明るくなる。


「おお、馬場さん!!」


「ただドワーフのイメージってもう少し具体的にしといた方が良くない?

 この世界にドワーフが居るかどうかわかんないし、居たとしても私らの知ってるドワーフと同じとは限んないじゃない?」


 馬場に言われ、浮かれつつあった鹿島は冷静さを取り戻した。


「ああ、そ、そうですね。

 ええっと、背が低くて髭が生えてて……」


「見た目は人間のままでしょ!?」


 馬場のツッコミに鹿島は慌てる。


「ああ、そうだった!

 えっと他には、体格の割に力強くて鍛冶とかが得意で、大酒飲みで……」


「酒かぁ……」


 鹿島の並べた特徴の一つに馬場が反応する。


「え、酒がどうかした?」


「いや、私、医者に言われて酒やめたんだよねぇ」


 馬場は脂肪肝だった。医者に酒か甘いものを止めるように言われ、酒の方を断ったのだ。もう三年以上、酒は飲んでない。御屠蘇おとそ御神酒おみきに口を付けるぐらいだ。酒を飲めないのが辛くて会社の宴会とかにも参加しなくなった。今回は飲み会じゃなくてバーベキューということで参加したが……


「こ、これからは飲めるようになるよ!

 どれだけ飲んでも壊れない、丈夫な胃腸と肝臓をイメージすればいいんだ!」


「おお、それもそうか!」


 鹿島の提案に馬場の表情が明るくなる。


 そうか、じゃあ今抱えている身体の問題も全部解決できるのか!?


 新たな可能性に馬場の期待が膨らむ。そんな馬場の様子に気づかず、鹿島は話を続けた。


「あと鉱脈とか水脈とかを探るのが得意なんだ。

 それと土系の魔法が使えて、土の精霊とか妖精とかと仲がよくて……

 そうだ!

 ドワーフの忍者なんだから土遁どとんじゅつが得意とか!?」


 それまで上の空だった馬場が「土遁の術」という言葉で意識を引き戻される。


「おおっ! 土遁の術!!」


 「土遁の術」は「五遁ごとんの術」の一つで忍者が逃げ隠れするための特別な技術の一つである。穴を掘って潜ったり地形を利用して隠れる技術をすべてひっくるめて「土遁の術」と呼んでいるが、馬場たちが子供の頃に流行った忍者漫画やアニメでは一瞬で地面に自らを埋めて姿を隠す超人的な技として描かれていた。


「他に何かある?」


「土遁の術以外の五遁の術も使いたいかな?」


 馬場の贅沢に鹿島は一瞬考え込むが、すぐに受け入れた。


「いいんじゃない?

 忍者なんだし使えて問題ないでしょ。

 まあ、そんな中でも土遁が得意ってことで?」


「うん、まあドワーフならそうかな?

 あとドワーフも忍者も関係ないんだけど……」


「何?」


 何かに気づいたらしい馬場に鹿島は発言を促した。何事も頭ごなしにしてはいけない。


「えっとさ、何ていうの……収納魔法っていうの?」


「ああっ! あれね」


「あった方が良いと思うんだよね」


 色々なものを別の空間に仕舞い、重さも大きさも関係なく持ち運ぶことができ、いつでも好きな時に取り出せる……RPGゲームではデフォルトの機能だ。現実にそんなものがあるわけないので、近年のファンタジー作品ではそういう魔法として独立して定義されることが多い。


「たしかに便利だけど……あるのかな?」


「あるんじゃないの?」


「いや、あったら便利すぎない?」


「便利すぎたらダメなんですか?」


 バブル時代終焉しゅうえん直後に社会人になった彼らは都合の良すぎる話には一歩引いてしまう癖がついていた。美味おいしい話には必ず罠が待っている……それはバブル期の美味しい話ばかりを見せつけられながら就職氷河期時代を生きざるを得なかった世代の魂に刻み込まれた教訓である。


「ダメかどうかは知らないけど……まあ念じて見る分には別にいいのか?」


「そう言えば実現しないこと念じた場合って、この《宝珠ほうじゅ》はどうなるんでしょうね?」


 二人は互いに黙りこんでしまった。しかし考えて見たところで答が出てくるわけではない。少なくとも、《宝珠コレ》を使うことで魔法が実現することだけは既に立証済みなのだ。

 社長夫人でもある副社長が真っ先に使い、お金をいくらでも作れる能力を手に入れ、社員みんなの前で札束をポンポン創り出して「これからも私たちのために働きなさい」などと世迷言よまいごとを抜かしてみせていた。異世界に来て元の世界のお金を出されたところで誰も魅力を感じないということに彼女が気づいたのは、社員の黒田と彼女自身の息子であるアホ専務の二人から罵倒された後の話である。

 ともかく、《宝珠》に願いを込めればその願いはかなうことは確かだ。だが、さすがに無制限にはかなうまい。たとえばこの世界に彼らを呼び込んだ存在の消滅を願ったところで、おそらくかなわないだろう。


「ペナルティとかあるんですかね?」


「あったら怖いな……」


「その要素だけ実装されないってことで許してもらえんでしょうか?」


「いや、それを私に言われても……」


 《宝珠》が願いをかなえる魔導具であることは確かだが、どこまで叶うのか、何が叶わないのか、叶わない願いをした場合はどうなるのかは分からない。


「まぁ、考えても仕方ない……かな?」


 こういう割り切りは鹿島は早かった。たしかに悩んだところで答は得られない。誰かで実験することも出来ないし、誰かが失敗するのを待って観察するだけの余裕も彼らには無い。正社員たちから逃げた彼らにはそれぞれ自分の《宝珠》しか残されていないのだ。そして今、それを使わなければ今日を生き抜けるかどうかすら怪しいのである。


「そうだね。

 じゃあ、願いを込め始めるか」


「色が変わるまで念じ続けるんだよね?」


「うん、たしか願い事が多すぎるとたくさん念じなきゃいけないんだっけか……私らの場合、副社長と違って願い事が結構多い気がするけど、どれくらい時間がかかるのかな?」


「念じ方が強いと早く色が変わるそうだから、頑張るしかないかな」


 二人はそれぞれ自分の《宝珠》を取り出し、大事そうに胸元に握りしめた。そして鹿島と馬場はそのまま祈るように変身したいモノのイメージを唱え始める。


「見た目は人間、性質はドワーフのハーフドワーフで忍者」


「気配を消して、誰にも見つからないように移動できる」


「五遁の術が使えて、土遁の術が得意」


「あと致命傷とか後遺症が残りそうなダメージを貰いそうになると空蝉うつせみじゅつが自動で発動。身代わりの人形と入れ替わって自分は安全な場所に一瞬で転移」


「鉱脈と水脈を探り当てることができて、土系魔法が使える」


「あ、あと収納魔法!!

 なんでも亜空間に自由に仕舞い、重さも大きさもキャンセルして持ち運べ、いつでも自由に取り出すことができる」


「元の世界の、使い慣れた道具を召喚できる」


「あと素材も・・・召喚して、加工できる。

 何でも作れる」


「力強くて鍛冶が得意。仕事が早い。疲れも病気も知らない健康で丈夫な身体」


「大酒飲みで胃腸も肝臓も丈夫でいくら飲んでも平気」


「どれだけ食べても胃もたれしない、食あたりもしない、何でも食べれる丈夫な胃腸」


「近くの物も遠くの物も良く見える目!」


 鹿島が急に思いついて言うと、馬場がパッと目を見開いた。


 そうだ、今までの身体の悩みも全部解決できるんだ!


「良く聞こえる耳!」


「物忘れしない記憶力!」


「白くてきれいで丈夫な歯!」


「さらば虫歯!!」


「は、禿げない頭!」


「薄くならない豊かな髪の毛!!」


 互いに盛り上がり始めた二人は互いに目を見合わせた。


「「さらば禿げ頭!!」」


 そうだ、この際身体の悩みを全て解消すべきなのだ!!


「さ、さらば糖尿とうにょう!!」


「さらば悪玉あくだまコレステロール!!」


「さらば動脈硬化どうみゃくこうか!」


「さらば不整脈ふせいみゃく!」


「さらば高血圧!」


「さらば高脂血症こうしけっしょう!!」


「さらば高血糖こうけっとう!!!」


「さらば脂肪肝しぼうかん!」


「さらば、内臓脂肪ないぞうしぼう!!」


「さらば脂肪異常しぼういじょう!!」


「「さらばメタボリックシンドローム!!!」」


 抱えていた悩みが全て解決する。解消される。そのことに気づいた彼ら二人はもはや留まることを忘れてしまったかのように次々と悩みを告白し始める。


「さらば痛風つうふう!」


「さらばリウマチ!」


「さらば肩こり!」


「さらば四十肩しじゅうかた!!」


「さらば腰痛ようつう!」


「さらば肋間ろっかん神経痛!!」


「さらば膝関節症ひざかんせつしょう!!」


「さらば尿路結石にょうろけっせき!」


「「さらば椎間板ついかんばんヘルニア!!」」


 そう、痛いんだよ。夜も眠れなくなるくらいの身体の痛み。だがそれらが解消されるのだ。


「さらば痔!」


「さらば水虫!」


「さらばワキガ!」


「さらばインキンたむし!!」


「さらば不眠症!」


「さらばカスレ目、ドライ・アイ!」


「さらば飛蚊症ひぶんしょう!」


「さらば歯周病ししゅうびょう!!」


「さらば口臭こうしゅう!」


「さらば白髪!」


「さらば物忘れ!」


 物忘れしない記憶力は既に言ったはずだがもう忘れていた。


「さらば頻尿ひんにょう!」


「さらば尿漏にょうもれ!」


「「さらば前立腺肥大ぜんりつせんひだい!!」」


 オッサンたち二人は怒涛どとうごとく湧き出る悩みの数々と、それが解消されるのだという喜びに打ち震えていた。オッサンたちはいつのまにか泣いていた。


「「さらば、ミドル・エイジ・クライシス!!!」」


 それは魂の慟哭どうこくだった。そして気づけば、《宝珠》の色は恐るべき短時間のうちに変わっていたのだった。そしてオッサンたちは白い光に包まれた。

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