第9話 キャラメイク

 馬場はどうやら鹿島がドワーフになろうと提案した理由を理解した。要するに鹿島が考えるこの世界で技術屋として成長していくために必要な下地、それを偶像化ぐうぞうかしたのがドワーフなわけだ。


「そう!

 分かってくれた!?」


「分かった……まぁでも人間を捨てる理由としちゃ弱いかなぁ……」


「ダメですか?」


 苦笑いを浮かべる馬場に鹿島は食い下がる。


「『人間を捨てる』って言われるとチョット大袈裟おおげさに思えるんですけど、もう少し軽く考えちゃもらえんでしょうか?」


「でもさぁ鹿島さん、私ら技術屋だったから技術屋として生きて行こうとしているわけじゃん?」


「まあね」


「だけどさ、私らもつちかってきたのは技術だけじゃないわけよ。

 技術以外の部分はやっぱ全部人間なわけだしさ。

 それをドワーフになるって言われると、自分の技術以外の部分を全部捨てちゃうのと同じになっちゃいそうな気がするんだよね」


「……………」


「多分さ、この世界も人間以外に色んな種族がいるって話だしさ?

 絶対に種族間での差別とかあるはずなんだよね」


「まぁ、無いっていうのは考えづらいかな……」


「だろ?

 私らもさ、これから行く先で差別とか受けたとしてさ、まぁすぐに別の場所へ移るんだろうけど、それにしたって差別を受けてる間はさ、それなりに心のり所みたいなもんが欲しくなるわけじゃない。

 そう言うのがさ、人間だったら今までの人生の積み重ねがあるから割とどうにでもなりそうな気はするんだよ。

 それがさ、ドワーフになった場合だとさ、ドワーフ差別に元・人間がどう立ち向かえばいいかって考えるとさ、難しいと思うんだよね」


「うーん……」


 鹿島はボリボリとすっかり薄くなった頭を掻いた。掻くのは髪の残ってる部分だ。無くなったとこを掻くと痛いから無意識に避けるのだ。で、髪のある所を掻くから余計に禿ハゲが進むのだ。だから普段は頭を掻くのは避けているが、何かに集中すると忘れてしまう。


「ボクはそんなに難しく考えることないと思いますよ?

 結局、ボクらの場合って派遣だし、色々下に見られることとかあるけど、それでもくだらない悪口とか聞き流せるのって結局腕に自信があるからでしょ?

 どこへ行っても腕一本で食っていける自信があって、気に入らなきゃ他所よそへ行きゃいいやって思えるから、馬鹿にされようが多少失敗しようが平気でいられるわけですし、それがドワーフになったから無くなるかっていうと逆だと思うんですよね」


 馬場は苦笑いを浮かべた。


「鹿島さんって、技術以外の部分でも充実してそうだけど、私より技術にウエイト置いてんだね」


「え!?

 いや、そんな事無いですよ!

 馬場さんの方が色々出来るじゃないですか!?」


「何言ってんスか!?

 鹿島さん電気の資格とか持ってるし、私なんか鹿島さんにはかないませんよ?」


「馬場さん、ボクより板金溶接上手じゃないですか!」


「板金ったって塗装は鹿島さんの方が上手でしょ?

 私、目が弱いから色の調節とか苦手だもん!」


「馬場さんパソコンだって凄いじゃないですか!

 エクセルとか会社で一番詳しかったでしょ!?

 マクロのコード組むの馬場さんが一番レベル高かったし」


「いやいや、それはお互い得意分野が少し違うだけでしょ?」


 隙あらばおだて合いになるのはアラフィフの癖である。確実に御世辞なので油断して真に受けることは無いが、二人とも顔はニコニコしてるのは互いに言われて嬉しいからだ。


「それよりもさ」


「はい?」


 煽てあいが終わると空気が唐突に変わり、馬場のターンが始まる。


「仕事も大事だけどさ、私ら仕事にありつけるまでのことも考えないといけないと思うんですよ」


「ほうほう、といいますと?」


「私ら技術屋の仕事ってのは人の住んでる街とか行かなきゃないわけじゃないですか?」


「そうでしょうね」


「ここから無事に人の住んでる街なり村なりに、まず生きてたどり着かなきゃいけないわけですよ」


御尤ごもっともです!」


「街までどれくらいあるか分からないけど、途中で飢えたりするかもしれないし、ケガや病気をするかもしれない」


「避けたいですね」


「まぁ、そこら辺は仮に何とかなったとしてもですよ。

 途中に他にも色々危険があるかもしれない」


「たとえば?」


「盗賊に襲われるとか、クマとかオオカミとか危険な生き物もいるかもしれない」


「そういえば魔物もいるって話でしたね」


「そう!

 それでね、お互いに戦うのは好まないし私もなるべく避けようとは思うんだけど、やっぱ向こうから襲ってくるのはどうしようもないわけじゃないですか?」


 真面目な話だったはずが、何故か馬場の表情がほぐれて来ている。どうやら調子に乗りはじめたようだ。


「うん、ボクは左寄りの人間ですけど憲法9条を信じるほどおめでたくはないから馬場さんが言いたい事は分かりますよ」


「やっぱね、戦闘系のスキルっていうの?

 最低限、敵を避ける手段、敵から逃げる手段ってのは必要だと思うのよね」


「今、まさに知らない山の中で遭難中のボクらには切実な話ですね」


「うん。

 でね、何ていうの?

 敵とか? 罠とか? とにかく危険を察知する能力?」


「KYだね!?」


 ブルーカラーとして働くオジサンにとってKYは「危険予知」であって「空気読め」の略語では決してないのである!


「あと、気配を殺して敵から見つからずに移動する能力?」


「ステルスとか隠形おんぎょうとか隠密おんみつとかいうやつですね?」


「あと、やむなく戦闘に巻き込まれちゃった場合でも、安全確実に脱出する能力?」


最後さいごとかですね!?」


 最後っ屁とはイタチが追い詰められた時に逃げるために放つ強烈な悪臭を伴ったオナラのことだ。スカンクの方が強力で有名だろうか。


「最後っ屁……」


 馬場の表情が一気に萎えた。鹿島の相槌あいづちはどうやら馬場のストライクゾーンから大きく外れたようである。馬場はちょっとお上品なのだ。


「あら、違った!?」


「いや、最後っ屁でもいいんだけどね」


「いや、何かあるんだったら言ってください。

 もしかしたら馬場さんの素晴らしい提案でボクたちの未来が開かれるのかもしれないんですから!」


 この時浮かんだ馬場の引き気味の苦笑いは照れ隠しである。


「え、いやぁ、あのね?」


「何でしょう!?」


「いや、そう構えられると恥ずかしくなるんだけど」


「言ってください!

 絶対笑いませんから!」


 馬場は苦笑いを浮かべたまま疑うような視線を鹿島に向けたが、結局言いたい欲求には勝てなかった。


空蝉うつせみじゅつってあるじゃない?」


「うつせみ?」


「ホラッ!

 昔の忍者モノとかでさ、手裏剣が当たったと思ったら服を着せた丸太にすり替わってるってヤツ?」


「ああっ! アレ!?」


「私、子供の頃憧れたんですよねぇアレ。

 アレを魔法とかスキルとかでやれたら良くない?

 致命傷とか後遺症が残りそうなダメージとか受けそうになると自動で発動するパッシブスキルでダメージを受ける前に勝手に偽物に入れ替わって自分は安全な所へ転移するの」


「おお! それイイッ!! それ採用!!」


「でしょ!?

 いいでしょ!?」


 鹿島がノッてくれたから馬場は上機嫌である。


「じゃあ、忍者ドワーフで行こう!!」


 すかさずドワーフを推す鹿島だったが、そこで流される馬場ではなかった。


「そこでドワーフなんだ……」


「え、いいじゃないの!?

 忍者採用するからドワーフも採用してくださいよ!!」


 急に冷めた馬場とは対照的に鹿島はムキになって盛り上がる。


「ドワーフは外せないの?」


「ダメ、外せない!」


「人間から外れたくないんだよなぁ~」


「じゃあハーフドワーフでもいいよ!」


 聞いたことの無い単語に馬場は戸惑い、首を傾げた。


「ハーフドワーフ?」


「人間とドワーフのハーフ?」


「そんなの居るの!?

 ゲームでも漫画でも見たこと無いんだけど!」


「エルフと人間のハーフが居るんだからドワーフと人間のハーフがいたっておかしくないでしょ!?」


「いや、ドワーフもエルフもこの世界に居るかどうかまだ分かんないけど……」


「ハーフドワーフで見た目は人間で性質はドワーフで戦闘スタイルは忍者!

 これでどう!? もう負からないよ?」

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