第8話 ドワーフにならない?
「馬場さん」
「何だい鹿島さん?」
息が落ち着いてそのまま地面にへたり込んだ二人が更に5分ほど休憩したところで、おもむろに話し始めた。
「もう、コレ使っちゃいません?」
見ると鹿島の手には白くて丸い
「ボクたち、このままじゃ何処にも行けないうちに死んじゃいそうな気がするのよ」
二人の体力では森の中を1キロ歩くだけで息切れし膝が笑いだす始末だ。最寄りの人家までどれだけ離れているか分からないが、このまま歩き続けても日があるうちに進めるのはせいぜい数キロぐらいだろう。《宝珠》を使い、この森の中でも自在に動き回れるだけの体力を手に入れるべきだ。じゃないときっと、遭難する。いや、今まさに遭難している。
「うーん、でもどうする? 何になる?
この世界にどんな生き物や種族がいるのか、まだ何にも分からないよ?」
生まれ変われるのは一回だけ……それでこの世界に適応できないような変な種族になってしまったら目も当てられない。昨日、経営者一家が社員たちから《宝珠》を集めようとした時の理由がそれだった。
この世界にはどんな種族がいてどんな国を作っているかまだ分からない。転生するなら、それを調べてから最適な種族を選んで、社員みんなで一丸となって一致協力すべきだ。そのため、皆さんが間違って使ってしまわないよう、《魔法の宝珠》は会社で回収し、一括管理します!
それに反発したのが若手の正社員、黒田だったわけだ。馬場と鹿島も渡したくなかったのでそれとなく黒田の意見を支持する意見を言ったがために今の状況になっている。まあ、おかげで《宝珠》を手放さなくて良くなったわけだが……。
「普通に考えて今のまま人間で良いんじゃないの?
他の種族になったところで、その種族の文化も風習も知らないわけじゃない」
「でも、今のままだとアイツらと再会した時に面倒なことになりません?」
「見た目かぁ……若返るだけで体力も戻るし、それで服を替えればアイツらに見つかっても分かんなくなる気もするけど……」
馬場は
二人とも容姿は優れている方ではない。どこにでもいるくたびれたアラフィフの派遣社員である。薄くなった頭髪、一応剃ってはいるけど剃り残しの多い髭。いずれも白いものが混じり始めている。近眼で老眼の二人にメガネは必須だ。状況にあわせてかけ替えねばならないからコンタクトレンズなんか選択肢に入らない。そして丸くなった背中とメタボ腹。仕事で使うので腕はそれなりに太いが、運動しないから脚は体格の割に妙に細い。着ている服も流行りとは無縁の地味で無難な、それでいて緩めの楽な服装。靴も履きなれた無名ブランドの安物スニーカーだ。
どうせ二人は他の社員たちとの交流は深くはなかった。顔を憶えている奴はいないだろう。服装をこの世界のものに変えるだけで、多分見分けがつかなくなると思う。もっとも、この世界に日本人とは明らかに異なる人種しかいない場合は、多少の変装をしたところで看破されてしまうかもしれないが……。
「ファンタジーな世界だって言ってたよね?」
「言ってたっけ?
でも魔法があるとは言ってたね」
転移する瞬間のあの白い世界で言われたことは、既に忘れかけている。
「やっぱエルフとかドワーフとか居るのかな?」
「ゴブリンとかオークとかトロルとか?」
「見てみたい気はしない?」
そう尋ねる鹿島はなんだかうれしそうだ。
「……する。
でも、種族間の抗争とかに巻き込まれたくは無いかな」
その馬場の一言に鹿島の表情も急に暗くなった。
「うーん、確かに戦いたくはないかなぁ……」
「勇者になって魔王を倒すとか、正直言って
若い頃ならいざ知らず、他人を殴っていい気はしないからねえ」
二人は争いごとが嫌いだった。職場で人間関係が壊れると、そのたびに争わずに自分の方から離職し、転職を繰り返していた。転職理由の№1はいつだって「職場の人間関係」なのだ。そのうち派遣会社で働くようになり、今に至っている。派遣で働くようになってから転職が簡単になり、より一層人間関係のゴタゴタから逃げる癖がつてしまった。争うくらいなら別の場所へ移動してしまった方が絶対に楽だ……それは二人の共通した価値観だった。
「やっぱり勇者とか冒険者とか騎士とか傭兵とか、そういうのは無しですよね」
「
私ら技術屋だし、やっぱ技術で食っていきたいじゃん?」
馬場は自分の両掌を見下ろしながら言った。前の世界でとはいえ、自分の半生を費やして
「じゃ、やっぱドワーフか」
「待って鹿島さん!」
鹿島のボソッとした呟きに馬場が驚き、その声に鹿島も驚いた。
「え、何?」
「何でそこでドワーフなの?」
尋ねる馬場の表情は大まじめだが、鹿島はキョトンとしている。
「え!?
だってファンタジーで技術屋って言ったらドワーフじゃない???」
何を当たり前のことを言ってるんだ? ……鹿島の顔にはそう書いていある。馬場は思わず自分の方が間違っているんじゃないかと不安に陥った。
「そうかもだけど……別に人間の技術屋で良いんじゃないの?」
「……………」
「あれ、私変なこと言いました?」
「いや……そうだけど……でもドワーフなら魔法使えますよ?」
「そうなの!?」
「多分?」
「……………」
「……………」
互いに見つめ合ったまま黙り込む二人……だからといってアラフィフのオッサン二人じゃそこからロマンスが始まるわけもない。
「でもドワーフがこの世界にいるとはまだ分からないし、いたとしても私らが知ってるドワーフと同じかは分かんないわけじゃないですか?」
「……まあ、そうですね」
「なのに私らが元の世界のファンタジー作品で知ってるドワーフになってさ、同じ種族がこの世界に居なかったら、私ら単なる
「……うーん、そうかも?」
「やっぱ人間で良くない?」
鹿島が首を傾げ、馬場も首を傾げる。キモいオッサンじゃなければその様子はきっと可愛かっただろう。
「でも待ってくださいよ馬場さん」
「何でしょう鹿島さん?」
「ドワーフって見た目、そんな”奇形”って言われるほど人間から
「……………」
「背が低くて筋肉モリモリのマッチョメンってイメージしかないんだけど……」
「作品によっては耳がエルフみたいに尖ってたり、鼻が
あとは
「鷲鼻と髭モジャは人間でもいるけど、ドワーフの耳って尖ってなきゃおかしい?」
「そりゃこの世界のドワーフがどうかによるんじゃない?
そもそもいるかどうかも分からんのだけど……」
「そもそもさ、見た目は今のまんまで良いと思うのよ。
どうせボクら背、高くないじゃない?」
「まぁ、お互い165ぐらいだね」
実を言うと二人とも背が縮み始まっている。二人とも167ぐらいはあったのだが、最近の健康診断で身長の数値が下がり始めたのだ。
「ボクが言いたいのは見た目じゃなくて特質ですよ!
ドワーフの特質!!」
「特質? 特徴じゃなくて?」
「そう、何ていうの?
筋肉質で力強くてさ、地の精霊とか妖精とかと仲が良くってさ」
「まぁ、ドワーフって土の妖精の一種だったりするらしいからね」
「そのせいで魔法使ったり、鉱脈とか探り当てたりとかできちゃうわけですよ」
馬場は腕を組んで熱弁する鹿島から精神的な距離を置く。
「鹿島さん、鉱山で働きたいの?
私は何ていうか、人間社会でモノ作って生きていきたいんだけど……」
「いや、そうじゃなくて。
ボクだって街中でお客さんと交流しながら生きてきたいですよ。
たださ、考えてみてよ。
ボクら技術屋として腕も自信もあってさ、色々作れますよ?
でもさ、それって元の世界の工具とか部品とか素材があってのことじゃない。
馬場さん、鉱石とか砂鉄から鉄を精製するところから出来ます?」
「無理!」
「馬場さん板金できるけど、バーナーとか溶接機とか欲しいでしょ?」
「無いと無理だね。
でも道具とかは元の世界から召喚できるとか言ってなかったっけ?」
「そうだけど、バーナーのガスとかは召喚できるかどうかわかんないじゃない。
あれって無制限に召喚できるわけじゃないんでしょ?」
「まあ、実際に何をどれくらい持ち込めるかわからんね。
そんなこと言ってた気がする」
「この世界ってさ、分野によっては元の世界の古代と同じくらいの文明らしいじゃないですか。
下手したらボクらが腕を活かすために必要な工具とかさ、部品とかそういうの、全部自分で作らないと存在しないかもしれないんですよ」
「ああ~~~……」
「そういうのを自分でやるためにはさ、鉱石とか砂鉄を採取して、精錬して、加工する技術が必要になってくるわけですよ。
んでもって、それってボクら、これから学ばなきゃいけないんですよね?」
「分かった、皆まで言うな!
そういうのを修得しやすい資質というか、才能というか、そういうのが欲しいってことね?」
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