第6話 いきなりストリーキング
《転生のタマゴ》……まぁオレがそう呼んでるだけで決まった名前があるわけじゃない……コッチに転移してきた時に一人一つずつ渡された
ともかく、アホ専務は死ぬ前に一ついいことを教えてくれた。この《転生のタマゴ》は他人に対しても使えるってことだ。それがオレを女ダークエルフにTS転生させてしまうって行為を通じてじゃなければもっと素直に褒めてやれただろう。おかげでオレは邦男に殺されずに済んだ。オレの《転生のタマゴ》を食らった邦男は今、オレの目の前でオレの死体と化して横たわっている。
そう、オレがイメージしたのはオレ自身……喉を切り裂かれて致命傷を負ったオレだ。
《転生のタマゴ》は込めたイメージの通りのものに身体を作り替えられてしまう。だったら致命傷を負った状態をイメージして使えば、たとえ自分よりずっと強力な存在だったとしてもその通りになって死んでしまうというわけだ。正直、勿体ない使い方だと思うが、まぁこの場合は仕方ないだろ?
転生するモノによって込めなければならない念は多くも少なくもなるそうだが、今回イメージしたのは致命傷を負っている以外はただの人間なんだから込めなきゃいけない念はそれほど多くなくていい。おまけにイメージするのはオレ自身なんだから念じることに集中するまでもない。
おかげでオレは邦男を始末するのと同時に、オレ自身の死体を手に入れた。あとはコイツから邦男の服を脱がせ、代わりにオレの服を着せて放置すれば、会社の連中はオレが死んだと思うだろう。オレは女ダークエルフになったことだし、このまま離れてしまえば誰もオレだとは気づかないし気づけない。誰もオレを追おうとも思わない。
やったぜ、災い転じて福となす!
これでオレは晴れて自由の身だ!
オレは立ち上がると、
が、今はそんなこと言ってられない。崖の下にはアホ専務に従順な社畜どもがウヨウヨ居るんだ。いきなりアホ専務が落ちて来たせいで崖下は混乱しているようだが、ボヤボヤしてるとアホ専務が落ちて来た崖の上を調べに上がって来るだろう。ここまで上がって来るのにどれだけ時間がかかるか分からないが、奴らが来るまでの時間は十分も無いかもしれない。オレは急いで自分が着ている服を脱いだ。
オレの死体からオレより体格が一回り大きい邦男の服を脱がすんだから意外とすんなりできた。血まみれなのがチョットあれだがまぁ仕方ない。今考えれば喉を切られたイメージじゃなくて、頭を鈍器で殴られ潰されたイメージの方が良かったな。そうすりゃせめて服がこんなに血まみれにならずに済んだのに……まあ、絶対に助からない致命傷で真っ先に思いついたのが喉をかき切られたイメージなんだからしかたない。後悔先に立たずだ。
ともかくオレは邦男から服を全部ひん剥いた。うん、服を脱がせてもオレだ。……若干、ムスコが大きいように思える。アレは自分の視点では小さく見えるけど他人の視点からだと大きく見えるという説は本当かもしれない。……うん、きっとそうだ。オレ今、女だし、女の目には大きく見えるのかもしれない。無意識に見栄をはって実際より大きいムスコをイメージしたなんてことは無いはずだ。そう信じたい。信じよう。まあいいじゃないか、どうせもう本物は消え去ったことだし、確認したくても比べるモノが無いしな。さらば、ビッグ・マグナム・マイ・サン……オレはオレの死体にオレのパンツを履かせる。
「この、クソッ……」
脱がせるのは簡単だったが着せるのは大変だ。何せ相手は死体、力がどこにも入っておらずあらゆる関節がグニャグニャだから、手で支えてないとすぐに垂れさがる。死後硬直って奴が始まれば今度はカチンコチンになって動かなくなるんだろうが、そうなるとそうなったで服を着せられないだろうし、そこまで待ってもいられない。時間は無いんだ。
クソ、こんなことならジーンズなんか履いて来るんじゃなかった。
ジャージとかフリースにしとくべきだったな……
まぁ、今更言っても仕方ない。パンツとズボンを履かせ、靴下を履かせ、靴を履かせる。そして上半身……ただでさえどこにも力が入ってなくてすぐにグニャッとなって着せにくいのに血まみれときたもんだ。ホント、喉をかき切られたイメージなんかするんじゃなかった。
若干の肌寒さを感じさせる程度の心地よい春の陽気だというのに、服を着せた頃にはオレはすっかり汗だくになっていた。
ガサッ、ガサッ、バキッ、ガサガサッ……
「!?」
北側の斜面の下の方からヤブを切り分けるような音が響き、思わず身を凍らせる。様子をうかがっていると小さくだが声が聞こえて来た。
「こっちでいいのか?」
「多分な。ここからそっちへ登れば、さっきの崖の上に出るはずだ」
ヤバイ! もう来やがった!?
オレは落ちている邦男の服を掻き集めた。声からして多分、10メートルも離れてないだろう。急いでここから離れなきゃ!
オレは念のために周囲を見回す。
眼鏡が落ちてた。拾ってオレの死体の方へ投げる。遠くへ落ちてたら不自然だろ。
あと帽子……オレのだが、コイツは持って行こう。水を吸わせると気化熱で涼しくなるって奴で、一方が黒、もう一方がライトグレーのリバーシブルタイプのバケットハットで気に入っている。一つくらい持ってったって大丈夫だろ。
ガサガサという藪をかき分ける音はどんどん近づいている。もう服を着ている時間はない。オレは邦男の服をひとまとめにすると抱え込み、全裸のまま奴らが来るのとは逆方向……南へ向かって駆けだした。
くそぉ、
土地勘は無いが他に向かうべき場所はない。北からは追手がすぐそばまで迫っているし、西は崖、東は逃げてきた方でオレを追いかけてこなかった会社の連中が残っている。ほら、南しか残ってないだろ?
一
スゲェ、
驚くほど身体が軽い、脚が上がる、まるで一歩一歩が跳ねるようだ。
多分、野生の鹿だってこんな風みたいに森の中を駆けられやしないんじゃないか?!
オリンピックにクロスカントリーマラソンがあったらブッチギリで金メダルだ!
オレの心はもしかしたらはしゃいでしまっていたのかもしれない。気づけば物凄いスピードが出ていた。止まる気はなかったが、もしもここで止まれと言われても止まれないだろう。南の方なら誰も居ないというのも浅はかな考えだった。
樹々の間の向こうに沢が見え、視界が明るくなり始める。そしてこれからまさに駆け抜けようとした先に、突然人影が現れた。木の陰に隠れて見えなかったんだ。どうやら崖下の社畜どもは北と南の両方から崖の上を目指していたらしい。多分、アホ専務を投げ落とした犯人を……つまりオレを、挟み撃ちにするつもりだったんだ。それが地形の都合かなんかで北側に回った奴らが先に着き、南側の奴らは遅れてようやくここまで来たってところか……
「!?」
足元の笹をかき分けるオレの足音が聞こえたんだろう。目の前に現れた奴は急に立ち止まるとこっちの方を向いた。
あのヒョロっとした猫背の間抜け面、松本か!?
「……裸の、女!?」
見つかった!
だが既にどうにもならない距離まで来ていた。スピードが乗り過ぎた今、立ち止まれないし方向転換も出来ない。
「ふああああーーーーーっ!!!」
オレは声にならない声をあげながらそのままの勢いで森から飛び出し、大きくジャンプした。
「……パイパぐへぁっ!?」
オレの下半身に目を奪われていた松本が何を言っていたのかは聞き取れなかったが、松本はオレの膝を顔面に受けてその場に沈んだ。オレはバランスを崩して倒れ込みそうになったものの何とか態勢を立て直し、そのまま跳ねるように沢を飛び越え、向こう岸の森の中へ突っ込む。松本の顔面に叩き込んだ膝には何か妙に柔らかい感触が残っているが、振り返って松本の様子を確認する余裕はない。松本があそこにいたってことは、他の社畜も近くにいたかもしれないからだ。
ともかく、オレはそこから無我夢中で走り続けた。
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