第4話 いきなり修羅場
「だぁーっはっはっはぁーっ!」
呆然とするオレの耳にアホ専務の下品な笑い声が突き刺さる。アホ専務はオレを指差しながら文字通り腹を抱えて馬鹿笑いをしていた。その隣で邦男の奴がオレとアホ専務を交互に見ながらヘラヘラ笑っている。状況に戸惑いながらもアホ専務に追従してる感じだ。このアホ専務を見てると無性に腹が立ち、頭に血が昇って来る。
「お、おま、え、何考えてんだぁーっ!!」
いつもならチョットどやしつけただけでビビる小心者どもだが、今日は違った。
「へっへぇーっ、女の声で怒鳴ったところで怖くはありませんよーだ」
むかつく……
「だいたいその細腕で何ができんだよ、え?
今まで散々生意気な態度とりやがって、今日こそは思い知らせてやる」
そう言うとアホ専務はベルトに手をかけながらズンズンとこっちに向かって歩き始めた。隣の邦男が慌てはじめる。
「せ、専務、マジっスか!?」
「ったりめーだろ!?
いいからお前はそこで見てろ!
あとでお前にも貸してやる」
貸すって何をだ!? オレはお前のモンじゃねえぞ!
オレは身構えなおした。なんか身体のバランスがおかしい。腰を落とすとサイズの合ってないズボンで尻周りがギュッと締め付けられる。尻のポケットに入れた財布やスマホが尻に食い込むんだ。それで股関節が動かしにくい。おまけに靴がブカブカで今にも脱げそう……
「おいおい無理すんなよ?
大人しくしてりゃせめて気持ちよくさせてやるぜ」
アホ専務は言いながらニタニタと気色の悪い笑みを浮かべる。みっともなく目尻を下げ、鼻の下を伸ばしたそのだらしない
「ざけんな!
テメェの粗品なんざまっぴら御免だ!」
売り言葉に買い言葉レベルのやり取りだが、煽り耐性の無いアホ専務はビキッと笑みを引きつらせつつ青筋を立てる。
「粗品だとぉ?」
ギリギリと歯を食いしばりやがって、アンガーマネジメントが全く出来てねえな。そんなだから経営者やってけねぇんだろ。
「上等だ、お前なんか絶対許さねぇ。
アヘ顔ダブルピース決めるまで犯しまくってセックスジャンキーの性奴隷にしてやる!!」
決めた、コイツ、死なす。
雄たけびを上げながら飛び掛かり、オレの胸を両手で鷲掴みにしてきたアホ専務の胸倉を両手で掴むと、オレはアホ専務に押される勢いを利用して後ろへ転がるように腰を落とし、地面に背中を預けながら体育座りをするように両脚を畳むと、オレに覆いかぶさるように倒れ込んできたアホ専務の腹に両足を蹴り入れた。
「はぅぅっ!?」
腹筋に力を入れるのが間に合わなかったのか、オレの足がアホ専務の柔らかな腹を深々とめり込み、目前に迫ったアホ専務が変な声を漏らしながら顔を驚愕に染める。オレはそのまま後ろへ転がる勢いに任せ、転がりながら両足を思いっきり伸ばし、アホ専務の腹をけり上げた。
「あぁっ、専務!?」
驚いた邦男の悲鳴じみた声に見送られながら、アホ専務の身体はオレから離れ、オレの背後にあった崖に向かって飛んでいく。
よし、
両足で蹴り上げたのはサイズの合ってないズボンのせいで股関節の動きが制限されるのと、女の身体になって脚力が衰えているせいでアホ専務を十分に蹴り上げることができないかもしれなかったからだ。咄嗟にそんな判断ができるオレ意外とすごくね?
「ああああ~~~~~~~っ!!!」
遠ざかる悲鳴はドップラー効果でいつものアホ専務の声より低く聞こえた。遠くで石か何かが崩れる音がし、遅れて崖下の方から何人かの悲鳴らしきものが聞こえはじめる。そうか、回り込めと言われてた奴ら、もう崖下にいたのか……
「せ、専務ぅーーーーーっ!!」
邦男が血相を変えてオレの脇を駆け抜け、スライディングするような勢いで四つん這いになると、崖下に向かって呼びかけた。高さ十メートルを超える崖だ。落ちて無事なわけはないだろう。当然、返事なんか返ってこない。オレは寝転がったまま空を見上げて深呼吸を繰返す。
よし、悪は滅んだ。
大丈夫だ。
これは正当防衛だ。
やらなきゃ犯されてた。
投げた先が崖だったのは偶然だ。
狙ったわけじゃない。
だいたい、いきなり女になって身体のバランスとか力加減とか分からなくなってたし、ズボンだって靴だってサイズがおかしくなって思うように動けなかったんだ。
手加減なんて出来たはずもない。
そうだ、これはしょうがない事だったんだ。
そもそもオレはアイツにダークエルフの女にされたんだ。
人間としてのオレ、日本人としてのオレ、男としてのオレは殺されたのと同じだ。
正当な報復って奴だ。
過剰防衛では断じてない。
そうだ、オレは間違ってない。
やって当然ならアイツもやられて当然だったんだ。
そうだ、これは仕方が無い事だったんだ。
オレは自分の呼吸が落ち着いたのを見計らって身体を起こし、立ち上がった。邦男はまだ四つん這いのまま崖下の様子を見下ろしている。
「専務、専務そんな……
一茂さん……まさか……」
未練がましく崖下を見つめ続ける邦男はなんだか本気で悲しんでいるようだ。
コイツは上の人間に愛想を振りまいてヘーコラするお調子者だ。入社直後の研修中はオレにまでヘーコラしてたんだが、どういうわけか社長と専務に気に入られてからずっと調子に乗っているようで、実は今では他の社員からは白眼視されるようになっている。異世界に来て会社とかもうどうでもよくなってしまったってのに、このままアホ専務に媚び続けてたらコイツもいずれ孤立しただろうし、知らない間にヘイトを集めて背中を刺されるようなことだってなっただろう。目を覚まさせてやるべきだ。
「いい加減にしろ、邦男。
あんな人を人とも思って無いような奴なんか、もうどうでもいいだろ。
あんな奴、どうせここで死ななかったとしてもいずれああなってたぞ?
お前もちゃんと周りの人とだな……」
「……うるさい」
どうやら邦男に遅い反抗期が来たようだ。ちなみに会社には沢村という名字のベテラン社員がいて、
「あ?」
うるさいの一言に御説教を中断されたオレが訊き返すと、邦男はゆっくりと立ち上がった。「よくも、よくも」とつぶやきながら……
「お前、あんな奴のこと本気で尊敬してたのか?」
だとしたら本気でオツムを疑うレベルだ。親の七光りを自分の実力と勘違いし、自分より立場の弱い他人を罵倒することで自分が偉いという勘違いを補強し、ついには他人を人間として扱うことも出来なくなったナルシストだぞ? 社会性を失った人間は獣と変わらない。人の皮を被った獣のどこに尊敬する要素がある?
本気で呆れるオレに邦男は憎悪の目を向け、肩を怒らせて両手に拳をギュッと握りしめた。
「兄さんだったんだ……」
「……はっ?」
「腹違いの兄だったんだ、一茂さんは!
社長は俺の父親だ!
父さんと兄さんは、俺を受け入れてくれてたんだ!!」
あー……何でコイツがアホ専務と仲がよかったのか、オレは今ようやく理解した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます