第2話 いきなりの異世界

 何も見えない、何も聞こえない、真っ白な世界……


 まるでに来た時みたいだ……


 俺たちは会社の親睦会のバーベキュー大会に行くはずだった。行きたくはなかったが社員は強制参加。参加を断ったりバックレたりしたら後が面倒くさいことになるから仕方ない。家族連れで参加する社員はマイカーだが、独身者や車を持ってない社員は副社長(社長夫人)が知り合いのレンタカー屋からで借りたとかいう35人乗りの中型バスに乗せられた。

 バスの運転は自称資格マニアで大学新卒の新入社員の癖に大型免許を持っていた沢村邦夫だった。社長一家や先輩社員たちに良いところを見せようとしたらしいが、運転は御世辞にも褒められたもんじゃなかった。バスだってぇのに車間距離はやけに短いし、交差点での右左折でもやけに大回りするもんだから、コイツの運転は怪しいと早い段階から思ってはいたんだ。

 海水浴の出来る砂浜でバーベキューするために山を越えて海へ向かうわけだが、下り坂だというのに邦男の奴は補助ブレーキどころかエンジンブレーキすらロクに使わない。常にアクセルペダルかフットブレーキのどちらかを踏むだけという初心者丸出しな運転でブレーキを過熱フェードさせ、ブレーキが利かなくなったバスはついにオーバースピードでカーブに突っ込み、曲がり切れずにガードレールを突き破って崖下へ向かってダイブした。


 車内から沸き起こる悲鳴……俺も死を覚悟したが、気が付けば視界が真っ白、何も見えなくなり、何も聞こえなくなる。バスは空中へ躍り出たままいつまでたっても崖下へたどり着かない。


 何だ、何が起こった?

 もう死んだのか?

 これが死後の世界って奴か!?

 ……苦痛なしで死ねたんならラッキーだったかもな……


 そんなことを考えていると、そのうち声が聞こえ始めた。俺は何も見えずに声が聞こえただけだったんだが、後から聞くと他の奴は神様が姿を現したとか、女神さまだったとか、天使だったとか、仙人だったとか、とにかく人によって経験したことが違ったらしい。が、どうやらこれは異世界転生ファンタジーお約束の転生の説明パートだったようだ。


 現れた説明役……俺の場合は姿は見えずに声だけだったわけだが、ソイツの説明内容はだいたい誰も同じだったようだ。

 いわく、俺たちはこれから別の世界へ転移させられる。

 その世界は俺たちの地球とは全く別の世界で、なんと魔法があるらしく、人間以外の知的な種族も魔物も存在するようだ。

 文明のレベルは地球の古代から近世ぐらいで、地域や種族によって、あるいは分野によって発展具合に大きくバラツキがあるんだそうだ。まあ、魔法があるんなら科学を発展させる必要が減るだろうし、逆に魔法があるせいで理解が促進される部分もあるだろう。

 転移させられる俺たちに勇者になって魔王を討てとか、特にそういう役割とかはないそうだ。強いて言うなら、その世界の文明を発展させるための刺激になることを期待しているそうだが、それも強制ではないそうだ。まあ、地方のブラック企業の社員たちに大それたことなんか期待されても困るんだがな。

 転移先は魔法があって人間以外の種族がいるという以外では地球とそれほど大きくは違わないらしい。大気は窒素約80%酸素約20%で、水があって地球と似たような動植物があって、物理法則もだいたい共通で、俺たちが生きていくうえでは問題ない環境だそうだ。

 が、文明が未発達で未知の動物が、魔法を使う種族がいる以上、全く同じように生きていけるわけではない。だから転移先の世界に適応できるよう、チートアイテムが用意された。それが《転生の宝珠ほうじゅ》……あるいは《転生のタマゴ》。使い捨ての魔導具で薄い殻の中に魔力が充填されているものだそうだ。見た目的にも構造的にも宝珠よりは卵の方がしっくりくるし、卵の方が馴染みやすいので俺は《転生のタマゴ》と呼ぶ。


 使い方は簡単、手に持って転生したいモノのイメージを思い描きながら念じると色が変わる。色が変わったらそれを割り、中に詰まった魔力を浴びるとイメージした存在に生まれ変わる(その場で身体が作り変えられる)のだそうだ。イメージがシンプルで明確であればあるほど、込められた念が強ければ強いほど早く色が変わる。逆にイメージが曖昧だったり、複雑だったり、要求が高度すぎたり、念じ方が弱かったりすると完成するまでに時間を要するようになる。

 それを使えば大抵のことは可能になる。それこそ無敵の勇者になることも強大な魔王になることも世界を破滅に導くドラゴンになることも夜の眷属を支配する吸血鬼になることも可能だ。姿はそのままで新しい能力を得たりすることも出来る。だが、転生できるのは一回だけ……誰かから奪って使っても二度目以降は転生出来ない。能力が増えたり強化されたり若返ったりはするが、別の存在に代わることは二度とできない。転生は一度きりってことだ。よく考えないといけない。

 ちなみに《転生のタマゴ》を使えば元の世界に帰ることも出来る……ただし、帰ったところでガードレールを突き破って崖へ飛び出した空中へ戻ることになるから、戻った途端に三十メートルの崖下へ転落することになる。帰ったところで待つのは死だけだろう。要するに帰るって選択肢は事実上無いってことだ。

 俺たちを転移させたのが神様か悪魔か知らないが、せっかく転移させたのにいきなり帰られちゃ困るってことなんだろう。


 ともかく、そんな説明を受け、タマゴを受け取って気が付いたら見知らぬ山の中に居た。バスごと異世界に転移させられていたわけだ。バスから降りて周囲を見回しても全く見覚えの無い場所。東側に高い崖があったが、その崖の上には元の世界ならあったはずのガードレールは見えない。

 改めて異世界に転移させられたことを確認し、その日は周囲の地形を手分けして確認しつつ、バーベキュー用に用意した食材と調理器具で食事をし、全員でバスの中で一夜を明かす……今の季節は春だそうだが、昼は温かかったのに夜は異常に寒かった。おかげで暖房のために一晩中バスのエンジンを回す羽目になり、朝にはガス欠。まぁ、どのみちバスが走れるような道路なんてどこにもなかったんだけどな。

 それでさあどうしようかと全員で相談しはじめると、あのアホ専務とその家族の経営陣たちが状況もわきまえずに威張りだし、全員の《転生のタマゴ》を預かるとか言い出した。当然、俺と他の何人かが猛反対……それでキレたアホ専務が俺たちを裏切り者とか勝手なことを言いだし、しまいには殺すとか騒ぎはじめ、従順な社畜と化していた何人かの社員がアホ専務に従う気配を見せたことから、俺たちはその場から逃げ出したというわけだ。警察も司法制度も、ここでは俺を守ってくれそうになかったからな。自分の身は自分で守らなきゃいけない。


 結果、最後は追い詰められてアホ専務に《転生のタマゴ》を投げつけられたわけだが……あのアホ専務、貴重なタマゴを俺に投げつけるとか何考えてんだ?

 転移の時と同じような白い世界にいるってことは、俺はひょっとして元の世界へ戻されようとしてるのか?

 だとしたら次に目が覚める時は空の上で、三十メートル下の地面に向かって落下していくことになるのか?


 ただ一つ分かっているのは、どのみちロクでもないことに巻き込まれているってことだけだ。それだけは、このアホ専務が会社を傾け始めた頃からずっと続いているゆるぎない事実だった。

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