番外編 自覚した日

その日僕は病院から自分の家に来ていた。別に治療する必要はないからだ。ただたまにおばさんが僕の体から薬を作っていく。それだけだった。


「ちゃんとお別れも言えたし、悔いはない!」


誰もいないその部屋で僕は無意味に叫ぶ。悔いがない、わけがない。ある。ありまくる。

でもそんな僕の後悔はあの子の笑顔一つでどうでもよくなる。

あの子には申し訳ないけど会いに行くことはできない。僕はもうずいぶんと弱っていた。きっと勘づかれるとは思わないがそれでも不審に思うだろう。だから会わない。手紙でだけのやりとりだ。

病気に関しては言う気はなかった。というよりかは一生知らないでほしかったのだ。

悲しんでほしくはなかったから。真実を知っているのは僕とおばさんだけ。それでいい。

おばさんは反対したが僕は意見を突き通した。

僕が何をしたかはわからなくていいからとにかくあの子に助かってほしかった。

それだけでいい。

僕は家でとにかく本を読んだ。することがなかったからだ。幸い読むものがなくなっても図書館からおばさんが借りに行ってくれた。暇潰しにはちょうど良かったしなんだか自分が賢くなった気がした。

それに読んでいたら気がまぎれた。見たこともない世界、現象、ドラマ、食べ物、場所。

それらは僕から不安を遮ってくれた。不安がないわけがない。だって僕は死ぬ。死ななければいけない。

でもそれでもあの子を生かしたかった。本当に、それだけがすべてだった。


ある日、読む本が尽きた日だった。その日はおばさんも忙しく本を借りてられるような時間がなかった。

だから僕が借りに行くことになった。体の調子もよかったし久しぶりに外に行きたい気分だったのだ。

図書館までは歩いて全然いけるくらいだから心配する必要はないのだがそれでもおばさんがめちゃくちゃ心配してきたので何とか説得させて僕は外に出た。

図書館に付き、本を探す。読みたいもの、今日見つけたもの、興味があったもの。とにかく本を選んでいった。


「これもいいな…あとこれも…」


久しぶりの外出、病人がそうしてはしゃいだらもちろんこうなる。

僕は少し、めまいと頭痛を感じ椅子に座った。


「あらら…こりゃ長引くな」


その二つの攻撃に耐えながら僕は収まるのを待っていた。水でも持ってくればよかったなぁ…

そう願った瞬間、目の前に水の入ったペットボトルが現れた。

魔法でも使えるようになったか?と思ったがよく見ると小さい女の子がその水を渡そうとしていた。

見た目的に小学校中学年くらいだろうか?


「はい、水」

「あ、ありがとう?」


僕はその水をもらい少し飲み、もらっていた薬を飲んだ。せいぜい症状を緩和させるだけだが今の僕はこれが唯一の頼りだ。

めまいが収まりまだ抗っている頭痛に耐えながら水を渡してくれたその子に向かった。


「助かったよ、君は?」


今日は休日。別に図書館にいてもおかしくないが珍しく感じた。最近の子は図書館なんかに来ないとおもっていたから。


「春、桜田春だよ」

「春ちゃんか。ほんとにありが…

「春は春だよ。ちゃんはいらない。」

「そ、そっか。ありがとうね、春」


中々変な子だな…


「お兄さん病気なの?」

「まぁそんなところかな」


こんな子に残りの寿命とか詳しく言う気はさらさらない。話すのも飽きてどこか行ってくれるだろう。


「そっか」


だが春ちゃんは僕の予想とは裏腹に僕の隣に座った。


「えーと…何か用?」

「お話して」

「え?」

「暇なの。何かお話して」

「話っていってもなぁ。多分本を読んだ方が面白いと思うよ?せっかく図書館なんだし」

「もう全部読んじゃった。漢字が難しいやつ以外」

「そう…」


どうやらこの子は常連のようだ。もしかしたらおばさんだったらこの子を知っていたかもしれない。


「お話してくれないの?水あげたのに?」


この歳で脅しの技術があるとは。物騒な世の中だな…

仕方ないので僕は何か話すことにした。とはいえそんな簡単に無から話は作れないので体験談から話すことにした。


「あるところに二人の男女の子供がいたんだ。その二人はお互い治らない病気でね。」

「病気?」

「そう。それでその二人はお互い不安をなくしながら残りの人生を過ごしていったんだ」

「残りの…人生」


少し重たい話だろうか?だがほかにできることもないし…


「でもある日、男の子の方は自分の病気が治せるって言われたんだ」

「やったね、男」


面白そうに一応聞いてくれてはいるようだ。感想は気になるけど…


「だけど実はそこで問題が生まれるんだ。それは治すのを諦める代わりに女の子の方の病気が治せるって言われたんだ。」

「ふーん…それって男の方は女の方好きなの?」

「…多分ね。自覚はなかったのかもしれない。でも男の子にとってその女の子は大切な存在だったんだ。」

「それで?どうなったの?」

「その男の子はとにかく悩んだ。そして少し経つと、女の子も治す手立てが見つかった。男の子はとにかく喜んで、二人無事に病気が治り仲良く暮らしたって話。」


…だったらどれだけよかったか。たまには神様に愚痴を言っても許されるだろう。


「へぇー。まぁまぁ面白かった。」

「そりゃどうも」


これで満足してくれたかな?

次の春ちゃんの言葉は予想外のものだった。


「でもそれさ。女の方が治らなかったら男はどっち選んだんだろうね」

「…さぁ、どっちを選んだのかな」


別に話の結末を変える気はない。そう思い僕はそう答えた。


「春だったら女を治すけど」

「え?」

「だってそうじゃない?好きだったんでしょ?じゃあ治すでしょ」

「でも自分は死んじゃうんだよ?」

「うーん…。でも春は女を治す。じゃなきゃこうかいしちゃうよ」

「…それでその女の子が悲しんでも?」

「そうだってば。春はわがままだからね。その女がなんか言っても気にしない。」

「すごいな。そう言い切れるなんて。見た目にそぐわず大人だね」


そういうと春ちゃんは何かに気付いたような顔で言った。


「あ、でも一番助からないのは自分だね」

「…そうだね。そうかもしれない」

「そうだよ。…あ、もう帰らなきゃ。ばいばいお兄さん。面白かったよ」

「ばいばい」


とっくにめまいは引いていたのに僕は立てなかった。

さっきの春ちゃんの言葉が深く深く、僕をその椅子に釘づけていた。

助からないのは…自分。


僕は立ち上がり、家に帰っていた。どうしても本を読む気にはならなかった。

自分は助からない。それは肉体的な意味じゃない。精神的な意味でだ。

どうにももやもやしながらぼーっとしているとおばさんが帰ってきた。


「治君、今日まだ忙しいからすぐ病院戻るわ。夕飯は作ってあったはずだからそれ食べて。」

「うん、ありがとう」

「それとはい、手紙。じゃ行くわね。ったく田舎だからって患者さんが減るわけじゃないのに…」


ぐちぐち言いながらおばさんはまた出て行った。

手にはあの子からの手紙が。半月置きくらいに手紙は来る。最近なにをしたか。こんな会話をしたとか。

僕に会って早くやりたいこと、とか。そんな内容を見て僕は毎回心が苦しくなる。

今回は特に思うこともなく僕はその手紙を開いた。

今までと同じような内容。だが今回はもう一通手紙があった。なぜか手紙の紙がところどころ穴が開いていたりボロボロだったりだがなんだろう?


その手紙にはただ一言あった。もしその言葉が会いたい、とかだったら今まで通りの感情だったかもしれない。でもその一言は短くも暗い僕の感情を吹き飛ばした。



「大好き」



…そんなの僕もだ。

僕が一番…君をそう思ってる。深く想っている。

自分が救われないのはわかっていた。でも彼女が死んで僕が生きる世界は救われていないのと一緒だ。

それでいいわけがないのはわかってる。でも道はそれしかないんだ。仕方ないんだ。

精一杯の言い訳は、誰に向けるわけでもなくただただ自分へと向けていた。

言ってしまったら残りの時間、かなり苦しくなる。それでも、こんな時に限って僕の意思は強かった。


「僕も…君が好きだった」


自覚したくなかった。だってこれじゃあ救われなすぎる。春ちゃんが自覚を促すきっかけになっていた。

ただそれでも、後悔はなかった。好きな人が救えた。本望じゃないか。

でも、春ちゃんみたいにわがままを言いたくなった。言ってみよう。たとえ結末はかわらないとしても。


「…こんな両想いは…したくなかったなぁ…」


その言葉は決してあの子に…命に届くことはなかった。

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全治一年余命二年 @kame0530

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