第5話 とっくに過ぎていた別れの日

その日、それは私の寿命が残り三か月といったところだった。


「命ちゃんの病気、治るかもしれないわ」

「・・・へ?」


短い人生ながら結構驚きの多い人生だったけどここまで驚いたことはなかった。私の病気は細胞がどんどんなくなっていく未知の病気。治し方はないと言われてた。でも今日、治せると言われて私の気持ちは有頂天だった。


「やった・・・治君!私生きられるよ!」


そう口に出してから後悔した。だって治君の病気は治らない。私だけ浮かれて、治君を傷つけてしまうと。そう思ったが神様は更なるサプライズを用意してくれた。


「僕も・・・治りそうなんだ。実は。このまま行けば完璧に治せる確証はないけど寿命は絶対伸ばせるって」

「ほ・・・ほんと!?やったね!」


私はその時本当にうれしかった。自分だけじゃない。治君もなおるというのだ。喜ばない理由はない。

ただ、治君が少し悲しそうな顔を一瞬した。その顔に私の心はざわついたがきっと気のせいだろう。

その日から私は今までもらっていた薬が変わった。久留実さんによると今までの薬は私の病気の進行を遅らせる薬で今日から飲む薬は遅らせるんじゃなく通常まで戻す薬らしい。

でもそれでは病気の元が治らない。だからあと一年と三か月この薬で体を持たせて手術をして完治するらしい。

今ではこの病気に感謝までしている。治君に会わせてくれたのだから。

この病気にかかってこの病院に来た時、私は本当に生きることを諦めていた。すごそうなお医者さん、えらそうなお医者さん。だれもが無理だと言っていた。

そんな病気が治せるらしいのだ。少し都合の良さまで感じる。でもまぁ治るんだしもう何も不安はない。


「命?」

「え?・・・あぁごめん。ちょっとうれしすぎて放心してた」

「大丈夫なのそれ・・・」

「大丈夫!」

「ならいいけど・・・ほら、角とっちゃったよ」

「ちょっ!ずるい!


今は治君とオセロをやっていた。

病気が治るとはいえ治君とこの病室で一緒にいられるのはもう少ない。私は治療にあと一年とちょっとくらいかかるけど治君はもうあと三か月で治るのだ。だからこの病院からはいなくなる。でも全然マシだ。この世からいなくなるわけではない。またいつか会えばいいだけなのだ。


「角三つ取っておいて負ける?ふつー・・・」

「命の巻き上げが強すぎる・・・なんで勝てないんだ」

「えっへっへー。白黒の命とはよく言われたなぁ」

「微妙にダサいな・・・。それで?勝った方は負けた方に一つお願いできるんでしょ?何がいい?ジュースでも買ってこようか?」

「それは別の勝負で買ってきてもらうとして。」

「買うことは決定なんだね・・・」

「はい」


そうして私は小指を出す。つい最近もこんなことをしたな。


「なに?」

「治君はもう病気が治っていなくなっちゃうでしょ?そのあとも会えるように、約束しよ?」


そうして私は首を少し傾けて言う。このテクで落としてきた男は数知らず・・・。まぁ誰も落としてないんだけど。これから落とすし?

もう未来の話もできる。幸せだった。

だが治君はすぐには小指を絡ませてくれなかった。


「治君?」

「・・・あんまり約束は重ねたくないからね。今回は見送らせてもらうよ」

「そっかー・・・。ということは前の約束は守ってくれるんだね?」

「もちろん。まぁ病気を治すのは僕じゃないけどね。僕が命を支えるよ。一生ね」


それはもうプロポーズでは・・・!?

それでも私は空気が読める女。きっとこの小指はちゃんとプロポーズをするときに取ってくれるだろう。


「なら、いっか」


それにきっと私がまだ病院生活の間にも来てくれるはず。

カラカラカラ・・・

ドアが開いて久留実さんが入ってきた。


「ほらー。もう夜よ。検診してからすぐ寝なさい。・・・治君はいつも通り。」

「わかってますって」


このところ治君は夜にどこか行っている。どうやら病気を治すための準備らしい。治る言われたとはいえ、未知の病気だ。そんな簡単に治せるわけではないのだろう。

だから最近は私は一人で寝ている。もちろん治君は帰ってくるのだがそのころにはもう私は夢の中だ。


「治君またいないのか・・・」

「朝にはいるでしょ」

「そうだね・・・」


そうして私は薬を飲んで寝た。


ーーーーーーーーーーーー


それから三か月。

治君の容態はどんどん悪くなっていった。頭痛、嘔吐、気持ち悪くなったりなんて二日に一回もなかったら良いほうだった。一回倒れたときは本当に驚いた。治っていくはずなのに悪くなっていく治君を見て私は心配になる。

もしかしたら上手くいってないんじゃないかって。でも治君は「大丈夫」と言う。

久留実さんも問題ないって。少し悪化してるけど手術で治せると言っていた。

朝も夜も治君がいないときが多い。でもちゃんと毎日私と話してくれる。無理してたら嫌だったから別に話さなくてもいいと言ったことがあった。


「別に話さなくてもいいんだよ?横になってた方が楽でしょ。病気が治ったらたくさん話せるんだから。」


そういうと治君は悲しい顔をしつつも口は笑いながら


「それでも話してたいんだよ」


そう言った。そう言ってくれるのはうれしいんだけどなぁ・・・

そうしてその日も私は薬を飲んで寝た。

そしてついに手術の日。治君はその日一日いなかった。

もうすぐ私と治君が会って一年。短かったなぁ。

窓の外の桜を見ながら私は呟く。


「・・・はやく治君と話したいなぁ・・・」


私はクッションを抱きしめ、足をパタパタさせながら言う。

あー・・・好きだなぁ。

好きにならないほうがおかしいと思う。同じ病室、同年代。話してて楽しいし声を聴いていて心地いい。

だからこそ苦しむ治君を見ていたくない。


「あーあ・・・早く終わらないかなぁ・・・」


そうして私は薬を飲んで寝た。


次の日、朝起きて隣を見ると治君が寝ていた。相変わらず呑気な顔をしている。すると私のベットの隣に白い花があった。

まるでドレスのようなきれいな花だ。


「ふぁ~あ・・・ん、もう起きてたの?」

「おはよ。手術大丈夫だったの?」

「うん。成功したよ」

「よかった・・・」


自分の事のようにうれしかった。


「あとに二、三日で退院だってさ。」

「そっか。」


嬉しかったけど寂しくもあった。でもきっとまた会いに来てくれる。約束したから。


「ところでこの花は?」

「命に似合うかなって。心配させちゃったからね。お詫び。」

「そっか・・・!ありがとう。ちゃんと殺さないようにするよ」

「表現が怖いよ・・・。」

「ちなみになんて花なの?」

「オオデマリって花だよ。」

「へぇ・・・」


治君は本当に私を喜ばせるのが上手だなぁ。口に出すのはなんだか恥ずかしかった。それでも治君がくれたこの花を私はもう好きになっていた。

私ってばちょろいなぁ・・・

そうして治君が退院する日になった。その日まではとにかくいっぱい話した。いっぱい遊んだ。


「いっちゃうんだね・・・」

「うん。治ったからね。」


引き止めたいけど私は引き止める理由を持っていない。


「じゃあね。なんか困ったらおばさんに言って。頼りになる人だから。」

「うん、じゃあね・・・」


ちゃんと見送りたかったけど悲しみが勝ってしまう。また会えるのに。

すると治君はそんな私の気持ちを読み取ったのか近づいてきて・・・


「・・・なに?!」


私の頭に手を乗せた。


「そんな顔しないでよ。出ていきにくいから」

「そ・・・そうだね!ちゃんと笑顔じゃなきゃね!」


私は頭の上の治君の手のせいでパニックになっていた。

たまに大胆なんだから・・・


「じゃあね。」

「うん・・・またね!」

「・・・ごめん」

「え?」

「なんでもない」


そうして私たちは一度別れた。でも大丈夫また会えるもん。

そして私は一人のなった病室で一年を過ごした。

起きて、朝ご飯を食べて、薬を飲んで。

本を読んだりゲームをしたりしてお昼ご飯を食べて、薬を飲んで。

夜まで病院の患者さんたちと話して、薬を飲んで、寝る。

この繰り返しだった。

この一年。一回も治君は来てくれなかった。でも一か月に一回手紙をくれた。行けない理由。最近の事。近所のおいしい食べ物とか。

この手紙のおかげで寂しくはなかった。といえば嘘になる。会いたかった。話したかった。遊びたかった。

でも、仕方ない。治君にも事情があるんだ。

ただ好きな人ができてないか不安だった。治君イケメンのくせに性格までいいからなぁ・・・。

その手紙は私の手術をする二つ前の月から来なくなった


そうして手術の日。


「今日を乗り切れば退院ね。ほんとに二年間お疲れ様」

「いやいや、私一年で死んでたかもしれないんですから。本当に感謝しかないです」

「それでも頑張ったのは命ちゃんだからね!それじゃ、頑張ってきて」

「はい!」




そうして手術も無事終わり、退院の日。今日は四月一日。


「それじゃあね。親御さんが迎えにくるらしいから。」


私の両親はいるにはいるが結構私の事はどうでもいい人たちなのでおばあちゃんとおじいちゃんが来る。私がもう死ぬってことになっても両親はなんもしてくれないんだろうなと思っていたけど私の生まれたところで死にたいという希望を通してくれたのはそんな両親だ。ツンデレってやつだな。


「はい!本当にありがとうございました!」


まずは何しようかな・・・。おいしいものを食べようか、どこか遊びに行こうかな・・・

でもやっぱり・・・治君に会いたいな・・・


「久留実さん」

「なに?名残惜しくなっちゃった?」

「名残惜しいですけどもういいです!」

「命ちゃんって正直よね・・・。はい」


そうして久留実さんは一つの手紙を渡してくれた。

そこには『命へ、治より』

と表紙に書いてあった。


「え」

「これでしょ。違った?」

「これです・・・けど。なんで手紙?」

「・・・さぁね。ただまぁ私からは何も言えないかな。それが『患者さんの意向』なんでね」


なんだかわからないがとにかく読んでみるか。


「命へ


退院おめでとう。まぁ手術がうまくいくかはわからないけどどーせしぶとい命の事だ。成功してるんでしょ?

一年間手紙しか送れなくてごめん。事情があったんだ。それでもずっと命めいの事を想っていたよ。

退院の日に行けたらよかったんだけどね。中々自由に動けるわけじゃなくて・・・。

僕も会いたいんだけどさ。

とにかくこれで命は自由だ。いろんな物食べて、いろんなところに行って。

楽しんでほしい。それじゃあね。またいつかどこかで。  

                                 治より」


「また・・・会えたら・・・か」

治君にも事情があるんだな。よし、じゃあこれからが人生のリスタートってことでがんば・・・

「・・・ごめんなさい。治君・・・。でもこれじゃあ君が報われない・・・」

「久留実・・・さん?」


すると隣で久留実さんが泣いていた。


「命ちゃん。落ち着いて聞いてね。」

「はい・・・?」

「治君は命ちゃんの為に・・・病気を治さなかったの。その代わりに命ちゃんの病気を治したのよ」

「それって・・・」


それからおばさんから聞いた話を私は信じられなかった。

治君が・・・私のために細胞を?それで私は生きれたの?

それじゃあ治君は・・・


「もう・・・亡くなったわ。二か月前くらいにね。」

「!!!」


何やってるの・・・?治君・・・。私を生かすために・・・私の病気を治すために・・・。


「少し、一人にさせてください」


久留実さんは何も言わずに離れて行ってくれた。

私はこの事実を・・・知ってよかったのかな・・・


「だめだ、考えられない、考えたく・・・ない」


涙が止まらない。止められない。


「バカっ・・・だよ。ほんとうに・・・ひっぐ・・・治・・・くんはさぁ・・・!!」


だって治せたんじゃないの?なのに私のその寿命を渡したの?

何のために?支えてくれるんじゃ・・・なかったの?

「一生支える」って・・・そういうこと?

私は涙でぐしゃぐしゃになった手紙を握りしめ、泣いた。泣いて、泣き飽きるほど、泣いた。


「エイプリルフールだからってついていい嘘とダメな嘘があるよ・・・」


・・・・・・・どうしたらいいの


何がまた会えたら、だよ。

もう死んでるのに。


「あーもう。わかったよ。わかった。」


決心はついていな。頭も動いていない。それでも、これは言わなきゃだった。きっと治君も言ってほしいだろう。言わなきゃだめだ


「ありがとう。ちゃんと、君の分まで生きるよ。」


そうして私は立ち上がった。正直まだ気持ちの整理はついていない。でもこうでもしなきゃ治君が悲しむもんね


「これでいい?私の大好きな人」


なんだか治君が笑った気がした。




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