第4話 決意した日

三日後、僕は違和感に気付く。それは僕自身の違和感だった。

このことに関してはおばさんの方がはやく気づいていたらしい。その違和感を感じた日、僕はおばさんに個室へ呼ばれた。


「おばさん・・・これって・・・」

「・・・そうね。そろそろね」


そうしておばさんは一つのデータをを見せてくれた。そこには僕の最近の体重の変化が映し出されていた。

日に日に、特段何か特別に食べているわけでもないのに体重が増加していた。そこまで大きな変化ではないが、それでも確かに上がっていた。


「まぁまだ大丈夫なのかもしれないし、いったん詳しく調べさせてもらうわよ」


おばさんはそうは言ったがどうやら答えはわかっているようだった。

その後、僕は検査を行った。結果は・・・


「増える量が上がっていってるわね、細胞が」


後一か月あたりで僕が全治一年と言われ半年がたつ。少しずつ薬の量が増えてきていることはわかっていた。だが多分もう薬では誤魔化せないのだろう。


「そろそろ手術をして、その後の経過で少しずつ治していって一年で完治って感じかな。・・・でもこの方法じゃ後遺症はなくならない。その一年後死んでしまう。」

「・・・」


わかってはいたことだが改めて言葉として伝えられると来るものがある。中々につらかった。それでも最初聞いたよりかはマシだ。やることができたのだから。


「・・・というのが、最初の頃の話ね」

「・・・え?」

「私がその間何もしないわけないでしょう?妹のためにも持てる力は全部出すつもりだったんだから。それでね、治君。聞いてほしいんだけど・・・」


そうしておばさんは少し興奮気味に話す。


「実は手術後の後遺症をうまく抑えられるかもしれないのよ。ある形が見えてきた。でもそれが永久に続くか、それともまたほかの手を打たなきゃいけないかはわからないし。方法もまた薬になるか手術になるか・・・。ここまで薬でなんとか緩和してきた甲斐があったわ。」


そういうおばさんは自分の両手を固め大きく息を吐いた。どれだけ苦労してきてくれたのかがよくわかる。その間僕と言ったら命と話すばかり・・・。

情けなく感じた。結局生きることをほんの少しでも諦めていたのは僕じゃないか。こりゃ命に向ける顔がないな・・・


「それじゃあ・・・僕は助かる・・・?」

「・・・かもね、あんまり期待してほしくないけど」


こう言うあたりなんだかんだ僕とおばさんはどこか似ている気がしてきた。今までそんな気はしなかったのに。

とにかく僕は生きれるかもしれない!そんな希望に一番に頭によぎったのは両親の顔だった。両親たちの分まで生きる。その約束を守れるのだ。


「ま、五分五分かな。でも諦める気はないから。それじゃ戻っていいわよ。命ちゃんが心配しているわ」




そこで命の名前を聞き、僕はおばさんに相談したかったことを思い出した。


「そうだ、おばさん!」

「なーに?何か不安な要素でもあった?」

「いや・・・命の事なんだけど」

「命ちゃん?」


そして僕は命の病気を知ったこと。命の病気を治してあげたいことを伝えた。

そういうとおばさんの顔は少し悩んだ顔をした。


「そう・・・よねぇ・・・。私も救ってあげたいんだけどね・・・」

「どうしても無理なの?」

「・・・治君は命ちゃんの病状は聞いた?」

「いや・・・治すのに二年かかるけど残された時間は一年しかないって」

「そっか・・・これは言ってもいいのかな。」

「やっぱり・・・命本人に聞かなきゃいけない?」


それはできれば嫌だった。病気の話は命はあまりしたがらない。前したのは僕のためだ。それ以外は絶対に話してくれない。僕が聞いたら答えてくれるかもしれないが嫌な気分にさせるのは嫌だった。


「いいわ、私が話す。治君になら許してくれるだろうしね。・・・まぁ医者としてはダメなんだけど。」


そうしておばさんは話してくれた。医者だから話してはいけない、という理由を僕が命の病気を治したいというだけで破れるだろうか?他の理由がある気がするが僕は黙って聞くことにした。


「彼女の病気は治君の逆。細胞がどんどん無くなっていっているの」

「僕の・・・逆」

「そう。それもかなり早い。だからその進行を止める手立て、準備、実行の前に・・・死ぬ。なんとか薬で引き延ばして一年。こればっかりは手術でどうにかなるものではないわ。」

「でも・・・僕は対処できるかもしれないんでしょ?なのに彼女は・・・」


無意味な抗議をしようとしたがおばさんはそれを止める。


「無理なのよ。何かを消したり取り除いたりすることはできる。でも新たに作り出すことは難しいの。」


その一言は僕の紙より薄い反論を崩すには簡単な言葉だった。


「私から話したのはこれを伝えたかったから。無理だってこと。私だってあんないい子死なせたくないけど・・・」

「・・・命はなんでこの病院に?」




ここは割と田舎の病院だ。そんな病気の命が来るような場所なのか?




久留実「本人の意向よ。どうせ死ぬなら生まれ育った場所で死にたいって。・・・まぁ大きな病院に行ったからって結果は変わらないんだけどね」


治「命・・・」


彼女は生きることをを諦めていたのか・・・?彼女はきっと生きたいからこの場所に来ていると思った。だがそれは違う?生まれ育った場所に長くいたいだけで死ぬことはもうあきらめているのか?

わからない・・・。でも聞けない。

そんな悩んでいる様子の僕を見かねたのかおばさんは少し笑っているような、悲しむような顔をして言った。


「ないわけじゃ・・・ないんだけどさ」

「・・・え?」

「これは言う気はなかったことよ。・・・私個人が言いたくなかったの。」


私・・・個人?


「せっかく治る手立てが見つかって喜んでくれると思ったのにそんな顔されちゃね。・・・仕方ないから伝えるわ」


どうやら僕は思ったより苦しい表情を浮かべていたようだ。無意識にでも彼女の事を想えた自分がうれしかった。


「それはね・・・あなたの細胞を渡すのよ」

「僕の?」

「そう。他人の細胞の移植。それは当たり前だけど拒否反応が起こるわ。でもね、それが普通の細胞だったらの話」

「・・・どういうこと?」

「簡単に説明するわ。治君の未知の病によって生まれた細胞ってのは本来働くはずだった様々な器官の細胞達。でも細胞の数は足りている。だから細胞は余っていく。ここまではわかるでしょ?」

「うん、そこまでは」

「でね?その細胞ってのは病原体から治君のコピーではなく無から生み出されていたの。でも機能はしっかりついている。言わば才能はあるけど人数が足りてるからいらないってこと。」

「ってことは・・・その細胞ってのは僕の細胞から作られているわけではない?」

「そう。確かに治君の細胞と共存できているけど確かに違う細胞なの。」

「つまり・・・命に僕の増えていく細胞を渡せる!?」

「そういうことになるわね」


あったんだ・・・!命を救う方法!

僕は心から嬉しかった。さっき自分が助かると思ったことよりも大きい嬉しさに気付き自分でも驚いた。


「じゃあそれで命は助かる・・・!」

「そうね。なんとか完治する二年まで持たせばそこからは普通に生きていけるわ。その後何が起こるか、後遺症があるかはわからない。でもその渡した細胞が増えるわけではない。細胞はそれぞれが増えていくんじゃなくて元が増やしていってるからね。」


完璧じゃないか?まるでそのために僕の病気があるようだ。ちゃんと命を助けるといった安心とこれからも命と過ごしていけるという喜びが生まれる。

昨日までの小さいようで近づくと大きく見えるその不安はなくなっていた。

だが、おばさんは暗い表情で口を開いた


「・・・確かに命ちゃんは助かる。でもね、それをやると今度はあなたが助からないの」

「え・・・」

「命ちゃんを完治させるまでにかかる年月はあと一年半。その間、増えていく細胞を渡すために治君の病気はおいておかなきゃいけない。そうでしょ?治せば増えなくなるんだから。そして命ちゃんが治って細胞が必要なくなった頃には治君の病気はもう手遅れのところになっているのよ」


その事実に、僕は唖然とした。よくよく考えたらその通りだ。命を救うには僕自身の『いのち』を投げ出さなければいけない。


「医者としては全員平等に治したい。でも私個人で言えばあなたを救いたい。だからこのことは言わなかったの」

「そういうことね・・・」


さっき私個人としてはと言っていたことが分かった。確かにおばさんとしては残された僕を死なせたくないだろう。だからこの手段を。僕を生かす選択肢を取ったんだ。


「でもなんで教えてくれたの?」

「さっき言ったように暗い顔してたからって言うのと、考え直した結果かな」

「どういうこと?」

「私個人としては治君の好きにしていいと思ったし、医者としても患者の意見は尊重したいと思ったからよ」


そういうおばさんはなんだか悲しい顔をしていたがそれでも口は笑っていた。僕は本当に命を助けるために自分を捨てていいのかと、少し揺らいだ。僕が死んで悲しむ人間だっているのだ。おばさんに友達。それに天国の両親。

そして・・・命。きっと命も悲しむだろうしこんなこと拒否するだろう。それに命が生きることに固執しているかもわからなかった。


「すこし・・・悩んでもいい?」

「もちろん。残された時間は長いとは言わないけど悩んで頂戴。決めるのはあなたよ」


ーーーーーーーーーー


そうして僕はおばさんに呼ばれていた部屋を出た。悩む。心は今二つに割れていた。命を助けるといった約束と両親の分まで生きるという約束。

あまり約束は重ねるものじゃないなぁと考えながら病室へと向かった。このことは命には相談できない。きっと僕が生きる道を選ぶだろう。彼女は人が良い。

あの夜、あんな酷いことを言って出て行った僕の事を心配してくれていたのだ。優しすぎる。


「どうしたら・・・」


そう独り言を呟きながら病室に着いた。僕は病室の扉を開こうとしたが、中から聞こえてきたものに手を止めた。

命が泣いていた。


「うっ・・・うわぁぁん・・・まだ・・・死にたくないよ。」


そんな命の言葉が僕の心をゆらす


「生きてたかった・・・。もっといろんなことをしたかった・・・。」


一言一言が僕を揺らす。動きはしなかった。いや、動けなかった。


「治君と・・・もっと一緒に美味しい物を食べたかった。もっといろんな季節を一緒に過ごしたかった。・・・もっと・・・もっと・・・」


普通ならば僕はあと一年ある。でも彼女からしたらあと半年。それは泣きたくもなる。嘆きたくもなるだろう。16歳という若い年齢にそれだけのことを受け止めるのは無理があるものだった。

彼女がぼろぼろと、涙を流すのとは裏腹に僕の気持ちは固まっていった。


「・・・僕は親不孝者だな」


僕の気持ちは決まっていた。おばさんの部屋へと向かう足取りは速かった。

歩きながら僕は思う。両親よりも、おばさんよりも会ってまだ半年の女の子を優先するなんて僕はとんでもないやつだなぁと、思う。

そうしてさっきまでいた部屋のドアを開く。

そこにいたおばさんは少しおどろいた顔をしたが、すぐに笑った顔になった。


「・・・決意は固まったって顔してるわね」


どうやら僕は顔に出やすいタイプのようだ

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