第3話 約束の日

それから数か月後、僕は命とほとんどの時間過ごした。なんてったって同じ病室、同年代。気も緩むし一緒にいて心地いい。僕はこの一週間が今までの人生での特別な時間になっていることを自覚した。

今は夜。命は今お風呂だ。命の病気は知らないがまだそこまで深刻ではないらしく、体も自由に動かせるようなのでお風呂とかも普通に入れるらしい。命は自分の病気の事を一切話してくれない。それは僕もなのだが命は泣き言のようなものを全く言わないのだ。まるでただ普通に過ごしている女の子のように。それでもこの場所にいるということは何かしら病気ということなのだろう。一回おばさんに聞いてみたが答えてくれなかった。個人の情報なんて教えてくれるとは思っていなかったから期待はしていなかったが。とにかく命の病気を知るには彼女の口から聞かなきゃいけないということだ。…僕が死ぬまでに教えてくれるだろうか。


「ふぃ~…さっぱり」


窓を見ながらそんなことを考えていると首にタオルをかけた命が帰ってきた。僕は気持ちを切り替える。一人になると暗いことを考えてしまう。そんなことは多々あった。すると決まって命はそのことに気付くのだ。


「あ、また暗い顔してる。せっかくのイケメンなのにもったいないよ」

「そうかな、そんな顔はしてないけど。あ、二つの意味でね」


そうして言い当てられるたびに僕は否定する。こんな感じに誤魔化す。認めたら命まで暗い気持ちにさせるかもしれないからだ。


「してたよ。…ねぇ」

「どうしたの?」

「そんなに…深刻な病気なの?」


今まで絶対してこなかった、その話題。『病気』に関する話。別にしない、させないと約束したわけでもないがお互いの間でタブーになっていた。暗黙の了解というやつだ。

そんな命がいきなりその話をしてきた。突然の事に僕は戸惑う。

言いにくかった。言いたくなかった。いう気が起きなかった。命めいを悲しませたくない。僕にとってもう命は大切な存在になっている。傷つけたくないのだ。

僕がどうしようか悩んでいると命が首にかけていたタオルが落ちる勢いで僕のもとに来て、僕の手を取った。


「私は…知りたい。治君の事。きっと言いにくいことなんだってわかってる。でも治君がそんな顔しているのは嫌なの。力になりたい」


連続して命の言葉は僕の耳ではなく心に入り込む。力強かった。女の子にそんなことを思わせた、思ってしまった自分が情けなくなる。


「…ごめん。今まで心配かけてたんだね。悪かったよ」

「うん…。私こそごめん。いきなり…こんな…」


命は僕の手を放す。


「僕の病気はまだ未知の病らしい。」

「未知の?」

「うん。治すのに一年、そして…後遺症でそのあと一年で死ぬんだ」

「え…」


命の顔は僕の余命がもう少ないことに対する驚きというよりかは、何やら別の事に驚いているかのような顔だった。


「私の病気と似てるんだね」


その言葉を聞き取って僕は何事もないように感じた。でも違う。気づけ。


「そうな・・・・・え?」


『似ている』。全治一年、余命二年のありえないこの僕の現状に似ているというのだ。つまり・・・


「私は治すのに二年、でもその前に一年で死んじゃうんだって。」


似ている、つまり…命も同じように短いいのちということだ。さらには一年で死ぬ、だって?僕はまだ二年は生きれるが彼女はどうあがいても一年。

自分の方が大きなことを打ち明けたと思った矢先、同じくらいのカミングアウトが僕を襲った。


「そ・・・そんな」

「ふふっ…そんな顔しないでよ。お互い同じようなものだよ」

「違うよ・・・一年は・・・」

「そうかもしれないよね。でも」

「でも、なに?」


待て、とまれ。


「君の方が深刻じゃないか。僕が悩んでいたことよりずっと厳しい。僕を心配してる暇ないじゃないか!」

「治君?落ち着いて…」


そうだ。落ち着け。ハイになるな。


「僕と一緒にいる方が辛いだろ。一年が変わらないなんて言うなよ。もう死ぬから関係ないってことか?」

「・・・!」


そういった瞬間、命が青ざめた。

僕は何を言っている…?なんで命を責めているんだ。彼女は悪くないだろう。


「僕がどれだけ・・・」


その時だった。ドアがノックされる音がした。


「若者たちー。夜の検診だ・・・よ?」


命が座って僕が立ち上がっているその光景に違和感を感じたらしい。


「どうしたの?」

「・・・いや、ちょっと話が盛り上がっちゃって。ね・・・?」

「あっ…あぁ。そうだね。少しはしゃぎすぎたよ」

「まったく。会話を楽しむのはいいけどあんまりはしゃぎすぎないでよね?あなた達一応病人なんだから。元気だけど。」

「気を付けるよ」

「じゃ、検診するわよ」


そうして淡々とおばさんの質問に答えていく。命の顔は見れなかった。


「それじゃね。あんまり夜更かししないように」

「わかってるって:


そうしておばさんは二人きりの病室を出て行った。

沈黙がその場を支配する。気まずい。こんな感じは少し懐かしかった。最初の頃はこんな静けさがあったが…全く違う空間のようにも思える。


「命、その・・・」

「おやすみ」


命はそう言ってベットに潜り込んでしまった。顔まですっぽりと。僕は馬鹿か・・・。


「・・・少し外に出てるよ」


そう言い残した言葉は確かにその一人に向けた言葉でもあるにかかわらず、行き当たる場所もなくただただ部屋に響いた。


ーーーーーーーーーーー


僕は屋上へと来ていた。夜風が気持ちいい。もう冬は去り、そろそろ春が来る。


「つらいのは命めいの方なのに・・・」


あの時、命がさも他人事のように自分の病気を言ったことに腹が立った。僕の心の奥の死にたくない、まだ生きたいという気持ちを命は諦めているかのように聞こえたのだ。自分は心配しているのに本人はもう死を迎えている。そう感じてしまった。

だが、そんなことはあり得ない。命だって生きたいはずなんだ。だからこの場所にいる。それなのに僕は・・・


「・・・謝らなきゃ」


もう死ぬから関係ない、僕がそう言ったときの命の顔はもう、見たくない。命は僕に寄り添ってくれた。それなのに僕は突き放したんだ。

謝って、もう口をきいてくれなくても構わない。それでも、彼女に謝らなきゃいけない。そして、支えてあげたい。

その時僕は気づいた。これだ、これが・・・


「命の病気を治す、これが僕の残りの人生でやることだ。」


もう彼女を悲しませたくない。この気持ちに好意、という感情が少なからず入っていることもわかっていたが、気づかないふりをした。

そうして僕は病室へと帰った。


ーーーーーーーーーー


すると病室は明るかった。命が寝ていたから電気は消していったはずなのに・・・

中に入ると命がベットに座っていた。


「治君・・・!」

「命・・・起きてたのか?」

「ごめん、私…」


今度は僕の番だ。

僕は命の手を取った。


「ひゃっ・・・!?」


さっき感じた力強さは感じなかった。かよわく細い手がそこにあった。


「ごめん。さっきは。言い過ぎたよ。僕がどうかしちゃってた。・・・ほんとにごめん」


こんなとき、自分がちゃんと謝れる人間でよかったと心から思った。


「私こそ・・・ごめん。軽いことのように話して・・・。」


命の手は手汗がひどかった。また僕は心配させてしまったんだろうか・・・いや違う。さすがにこんなに長く一緒に過ごしているとわかる。この心配は僕が帰ってこなかったら、というのもあるのかもしれないが別の感情もある。

これは、不安だ


「僕が・・・」

「え?」

「僕がついてる。僕が君を治す。だから心配しないでくれ」


そして今にも泣きだしそうな命の頬を指でやさしく少し上にあげる。


「むぅっ・・・!?」

「笑ってほしい。じゃなきゃ僕が心配する」


そうして僕が手を離すと命はいつもの笑顔より数倍の顔で笑った。


「あはははっ!・・・そっか、治君がついてくれるんだ」


命はベットに潜り込んだ。だがさっきとは違く、顔をすこし出した。


「じゃあ・・・約束ね。」


命は小指を出してきた。僕は指を絡ませる。


治「あぁ・・・あんまり期待してほしくはないけど」


「ははっ、なにそれ」


暗かった命の顔を明るくできた。でもこれじゃダメなんだ。この笑顔を続かせなきゃ・・・


「ほら、寝よ。手冷たかったよ」

「え?・・・あ、あぁ。外行ってたからな」

「仕方ないなぁ」


そう言って命は少し起きて僕の手を両手で包んだ。僕はすこしドキドキしながらその現状を過ごした


「はい、あっためたよ。」

「ありがとう」

「どういたしまして。おやすみ」


さっきの投げたようなおやすみとは違く、やわらかく温かい言葉になっていた。

・・・僕が命を支えるように、命も僕を支えてくれるんだな。

その安心感を持ち、僕もベットへと潜り込んだ。

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