第2話 君に出会った日

思い出す、中学一年生。秋のあの日の事を。その日は夏の暑さも久しくなり、徐々に涼しく過ごしやすかったのをよく覚えている。休日で家族と遊びに行った日、帰るのが遅くなり20時を回ったころ、車で帰っていた僕たち家族は事故にあった。相手の車が一方的に悪かったわけではない。ちょうどお互い見えなかったのだ。仕方ない、とは割り切れなかった。突然その日僕の支えになってた人が二人ともいなくなったのだから。

それから1年はぼーっと過ごしていたと思う。ただ運は良かったんだと思う。両親はもう助からない状況だったが僕はほとんど無傷だったのだ。


「………」


無傷。意識があったわけだ。もちろん見ることになった。見てしまった。見るしかなかった。

とてもさっき楽しそうに会話していたとは思えない両親の姿が。


「…ごめんね、お母さん。お父さん。」


昨日、自分がもう少ない命と知って落ち込んでいた。おばさんの前では元気よくして、自分自身もくじけちゃだめだとわかっていたがそんなものその場しのぎのものだ。時間がたてば不安と恐怖は戻ってくる。しかも人間というのは自分に厳しいもので、両親の死というトラウマも一緒にもって戻ってきた。ほんとに…せっかく両親が望んだように諦めず生き続けようと決めたのに、病気。しかも未知の病。

さっき運ばれた病院食ものどを通らない。おばさんが一回心配で見に来てくれたが僕はしっかり返答できただろうか。


「はぁ…これからどうすれば。」


そうして僕はやり場のない目線を隣のベッドに向ける。…そういえばここって…

次の瞬間、僕の病室のドアがゆっくりと開いた。


「えっ…と…ここですか?」

「そうよ。ここなら命ちゃんともう一人しかいないから。まだ落ち着けるでしょ?」


おばさんが僕と同じくらいの女の子を連れてきた。着ている服は見た感じ私服のようだがどこか患者、という雰囲気の服装だ。なぜそう思ったかはわからない。だがそう見えたのだ


「おばさん…その人は?」

「治君と同じ、特別病室で診ることになった受片うけかた |ルビを入力…めいちゃんよ。そこのベット使うから。」


そう言っておばさんはさっき僕が見ていたベットを指さす。


「よろしくね」

「う、うん。よろしく。」


とても整った顔をしていたその子は履いてたスリッパをゆっくりと脱ぎ、ベットに座った。

仕草がとてもきれいだ


「ちょっと、治君?命めいちゃんが可愛いのはわかるけどそんなに見惚れていたら命ちゃんが困るわよ。」


笑いながらおばさんにそう言われて僕は自分の視線が隣に来たその子に釘付けだったことに気付いた。


「そ、そんなんじゃないよ!!」

「どーだか。じゃ、私行くから。仲良くね。喧嘩しちゃだめよ」


そう言っておばさんは病室を出て行った。あの人は僕を何歳だと思っているんだ。

おばさんがいなくなり、その場は静寂に包まれた。その静かさは隣の子が来る前と何ら変わらないはずなのにその空気感は確かに違った。

だが不思議と気まずさはなかった。同じ境遇だから?いや、僕はこの子の事を何もしらないはずだ…


「治…君?っていうの?」

「え、あ、な、名前?そ、そうだよ」


突然しゃべりかけられて変な感じになってしまった


「ふふっ…そんな驚かないでよ。私は命。よろしくね」

「・・・うん、よろしく」

「苗字は?」

「渡部だよ」

「久留実さんと同じ…ってもしかして親戚だったりするの?」

「うん、叔母なんだ。僕の面倒を見てくれてて…」

「そうなんだ。なんか似てるなーって思った」

「そうかな…」




命めいはゆっくりとおとなしく、でもよくしゃべる子だった。正直一人でできることはもうなかったし話し相手がいてくれるのはとてもありがたかった。その日は一日が終わるまで僕たちは話し続けた。

好きな食べ物、季節、天気、人柄、

嫌いな時間、生き物、お菓子、飲み物。

とにかくたくさんの会話をした。

お互いの不安を隠すため・・・なのか。それは僕でもわからない。自分の事なのに


「ん-・・・ここの病院食おいしいよね。」

「ね、でもちゃんと僕たちの事を考えてあるメニューだよね」

「すごいよね」


さっきは全くのどに通らなかったごはんが嘘のように食べることができた。命めいのおかげだろう。


「今度食堂でもいかない?」

「いいね」


この病院は病院食が運ばれてはくるが事前に言っておけば病院に設置されている食堂でも食べることができる。自由度の高さ。それをモットーにしているらしい。

僕はこのシステムがとてもいいと思う。まさか自分が使うことになるとは思わなかったが。

寝るまでも、話した。一日中話すなんて、しかも今日知り合ったばかりの人と。自分でも驚きだった。


「あら、随分仲が良くなったわね」


ちょうどあるお菓子でどっちがおいしいか議論しているところにおばさんが入ってきた。


「久留実さん、聞いてくださいよ。治君はきのこが好きなんですって。」

「あら、たけのこのすばらしさを知らないとは…」

「味方がいない…」


そうしておばさんは僕たち二人の健康観察だけして帰っていった。話してていいけどちゃんと寝ろ、と言い残して。

おばさんは僕を何歳だと…いや、朝も思ったな。今日という一日はとても短く感じた。充実していたからだろうか


「あ、おかえり」

「うん。」


歯磨きから帰ってくると昨日は聞こえなかった声が聞こえてくる。その空間に居心地の良さを感じた。


「もう寝なきゃだね」

「そうだね、寝ようか」


そうして僕が寝る準備をしていると隣から小さな笑い声が聞こえてくる


「…?」

「…今日あった人とこんなに話したの、初めて。」

「そんなの、僕もだよ」


本当にそう思う。そこまで人と話す方ではなかったから。


「じゃあ、また明日」

「うん、また」


そうして僕たちは眠りにつく。命めいと話していると時間が一瞬ですぎちゃったな…

その満足感、幸福感に満たされていたがやはり暗く、目を閉じると嫌なことばかり考えてしまう。

病気の事や今後の事。・・・今日の幸せに限りがあること。重なる不安。まとわりつく恐怖


「ね、まだ起きてる?」


そんな不安は、糸のように細い言葉が巻き取ってしまった。


「うん、どうしたの?」

「寝れなくて…もうちょっと話さない?」

「…僕もなんだ、話そうか」

「やった」


そうして僕たちは少し夜更かしをしてから寝た。不安はなかった。恐怖は見当たらなかった。

命めいに感謝しながらも、自分は情けないなぁと。そんなことを思いながら僕の意識は落ちた。














今日、僕たちはお互いの病気の事は一切話していない。

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