第9話 追放のシナリオ

「! ……何の話だ?」


 動揺は一瞬だけ。ギルドマスターはすぐに冷静な表情に戻った。


(やはり、簡単には認めないか……)


 ならば戦うしかない。

 言い逃れができないほど、徹底的に。


「今回の出来事は、俺がテッドたちにカフェに呼び出され、追放を言い渡された事から始まりました。ですが、まずここで疑問が生じました」


 マルシュは目を細め、言葉を続けた。


「俺の知る限り、テッドは公の場で騒ぎを起こすような馬鹿じゃない」


 ギルドマスターの肩がぴくりと反応した。


「なのにテッドはカフェで騒ぎを起こしました。だからこそ、俺はこの追放騒動に何か裏があると考え、その真意を暴くために策を講じました」

「策を……あの場でか?」

「ええ。まずは適当に反論し、テッドの様子を観察しました。彼の反応は『逆上』でした」


 あのときはネリーになだめられて、テッドは怒りを抑えていた。


「次に『きのこ魔法』で生み出した『きのこ』を、事故を装ってテッドのコーヒーの中に放り込んでみたんです。そのとき、テッドたちは俯いて肩を震わせました」

「あれはわざとだったのか……?」


 瞠目どうもくするギルドマスターにマルシュは頷きを返す。


「ここからがポイントです。あの後すぐに、周りにいた狩人の一人がそれを見て『毒きのコーヒー』と揶揄やゆしたんです。だけど、おかしいと思いませんか?」

「……何がだ?」




「その直前、テッドは大声で怒鳴り散らしていたんですよ」




 ギルドマスターがハッと息を呑んだ。

 マルシュは続ける。


「テッドの怒号はカフェ全体を凍りつかせるほどに威圧的でした。そんな彼が、『きのこ』が落ちたコーヒーを前に俯いて肩を震わせていたんです。側から見れば、ブチ切れる寸前としか思えないでしょう」


 周囲は肝を冷やしていたに違いない。

 ……普通であれば。


「そんな状況だったのに、どうしてをする必要がありますか? それも、この街で最も力のある狩人の一人——テッド・フエーテに」


 彼の機嫌を損ねるメリットなど、あの場にいた人たちにはなかったはずだ。


「では何故、とある狩人は『毒きのコーヒー』と発言したのでしょうか。その答えを解く鍵は、テッドが犯した一つのミスにあります」

「テッドが犯したミス、だと……?」

「はい。あの後テッドは机を叩き、俺を睨みつけ、『お前……俺をおちょくってんのか!?』と怒鳴りつけてきました。これこそがテッドのミスです」


 ギルドマスターが眉をひそめる。


「テッドはキレる寸前だったんだ。何もおかしくはないと思うが……」

「本当にそうでしょうか?」


 マルシュは口元を緩めた。


「あのとき、『毒きのコーヒー』と揶揄したのは俺ではありません。そのうえ、他の狩人たちも同調して笑っていたんです。なのに、どうしてテッドに怒られたのでしょうか」


 ギルドマスターが固まった。

 マルシュは笑みを浮かべたまま切り込む。




「テッドと他の狩人たちがグルだったから——そうは考えられませんか?」




 共謀していたから、狩人たちは『毒きのコーヒー』で笑えた。

 共謀していたから、テッドは狩人たちには怒らなかった。


「では、『毒きのコーヒー』発言は何故なされたのか……発言者たちとテッドが仲間だったとすれば、目的も自ずと見えてきます」


 マルシュは起きた出来事を一つずつ紡ぎ合わせていく。


「とんでもない暴言を吐かれた俺は、あのとき思わずテッドから視線を逸らしてしまいました」

「……お前、『毒きのこ』ってワードにだけは過剰に反応するよな」

「許し難き冒涜ですからね」


 ギルドマスターの顔が渋くなった。


「……続けてくれ」

「まさにそれが目的だったのでしょう。仲間の狩人たちは、俺の意識をテッドから外したかったんです。そうすべき緊急の理由が生じてしまったから」

「それは何だ?」




「——あの瞬間、テッドは笑いそうになってしまったんです。不意打ちでコーヒーにダイブしてきた『きのこ』に」




 マルシュは続ける。


「俯いて肩を震わせていたのは、笑いを堪えていたから。それに気づいた仲間たちは、咄嗟に助け舟を出した。それが『毒きのコーヒー』という発言の真意だったのだと思います」


 さらに言えば、ネリーとルシールも同様に俯いて肩を震わせていたが、それもこの仮説を補強する情報となり得る。

 コーヒーを台無しにされたテッドはともかく、ネリーとルシールには、彼と同レベルの怒りを抱くほどの理由がなかったのだから。


「テッドたちには、俺に知られたくない秘密があった。その秘密を守るためには俺を遠ざける事が必要で、だから彼らは追放という手段を選んだ」


 マルシュは情報を繋げ、シナリオを組み上げていく。


「けれども、ただ俺を追放しただけでは足りず、自分たちがこの街から消える事まで考えていた。だから公の場で騒ぎを起こし、理由をつけて俺を殴り飛ばす事で降格処分を受け、それに反発する形でこのギルドを抜けようと計画していた」

「……考えすぎじゃないのか?」


 それでも、ギルドマスターは折れない。


「誰もがそう合理的に判断できるわけじゃないだろう?」

「確かに、テッドたちはただ俺を貶めたいがために公の場で追放騒動を起こし、周りの狩人たちも単に空気が読めないだけだった——俺の人を見る目がゴミで、あの場にいた全員が度し難い馬鹿だったとしたら、その可能性もあり得るでしょう」


 結局のところ、今の仮説は全てマルシュの推測でしかない。


「正直、それを否定できる手札がなくてずっと悩んでいました。ですが」


 マルシュは挑戦的な笑みでギルドマスターを見据えた。


「昨日の夜、偶然とある新米狩人と出会いました。ギャリー・ガルニールさん。ご存知ですか?」

「ああ、D級の」

「そのときギャリーさん、俺のファンだって言って下さったんです」


 感激してくれたあの青年の姿が、頭に浮かぶ。


「そのお陰で手札が揃いました。もしもテッドが救いようのない馬鹿で、俺を貶めるために人前で追放してやろうと考えたのだとしたら」


 マルシュはこの戦いに勝つための、最後の情報をギルドマスターに突きつける。




「——街中に俺の追放と悪評が広まっていないというのは、おかしいと思いませんか?」




「っ……! そうか、そんな視点があったのか……」


 ギルドマスターが額に手をついてうなれた。


「SNSで俺の無能さを語るなど、広め方は幾らでもあります。ましてや、テッドは『ぶっ殺してやる』と怒鳴るまでにヒートアップしていました。あれが演技でないとしたら、彼は必ず俺を破滅させるために動いたはずです」


『リベレーション』には活動報告用のSNSアカウントがあり、フォロワー数もそれなりに多い。

 そこでマルシュの悪評を流せば、この街にも一気に広がったはずだ。

 しかし今回、そのような動きは一切なかった。

 テッドたちには最初から、マルシュを貶めるつもりなどなかった——そう考えれば、辻褄が合うだろう。


「いかがですか、ギルドマスター」

「……俺がこの計画に加担していると気づいた理由は?」


 反論はなかった。

 代わりにギルドマスターは、ため息をついてそう尋ねてきた。


「パーティーの降格だの規約違反だのは、ギルドマスターが人目の多い窓口でする話ではないでしょう? だからこそあれは、彼らがこの街から出ていく姿を俺に見せつけるための、ただのパフォーマンスなんじゃないかと思ったんです」

「……なるほど」


 ギルドマスターはしばらく黙っていたが、やがて頷いて顔を上げた。


「マルシュ、お前の勝ちだ。お前の言う通り、俺はテッドの協力者だ」


 マルシュは僅かに笑みを深め、すぐに真剣な表情を浮かべた。


「テッドたちは何を隠しているんですか?」

「それは……」


 言い淀むギルドマスターは、深い苦悩を瞳に湛えていた。


「ギルドマスター。俺がこの追放騒動の裏に何かあると思った時点で、テッドたちの計画は破綻しています」

「っ……」


 苦しみに歪んだギルドマスターの瞳が揺れる。

 そんな彼の迷いを、マルシュは真っ直ぐに射抜いた。


「テッドたちの目的はもう果たされない——だから、俺に賭けてはいただけませんか」


 ギルドマスターが目を見開いた。


「……賭け、だと?」

「ええ。あなたの表情を見ていれば、テッドたちが抱える事情が厳しいものであると分かります。なので、俺が事態を好転させる方に賭けてはいただけませんか」


 マルシュはじっとギルドマスターを見つめた。

 ギルドマスターは眉間にシワを寄せて黙っていたが、やがて頷いて口を開いた。




「——あいつらは、これから死ぬんだ」

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