第8話 降格処分

 翌日、エデルヴェス狩人ギルドの本部に呼び出された。

 追放騒動について、ギルドマスターから直々に話があるらしい。

 マルシュのスマホが故障中で電話が通じなかったため、職員の男性が家にまで伝言を預かってきてくれたのである。

 そんな彼に礼と謝罪を告げて見送ってから、マルシュは魔剣ちゃんに向き直った。


「魔剣ちゃんはどうする?」

「当然ついていきます」


 魔剣ちゃんの『認識改変』のお手並み拝見である。






☆—☆—☆






「ご主人、今更ですが狩人かりゅうどって何なのです?」


 朝食後。ファミレスの外に出たところで、魔剣ちゃんに問いかけられた。


「主に魔族を狩る人たちの事だよ。『反転解呪』のための心臓結晶の回収や、『聖結界』の外側を走る長距離列車の護衛、危険な魔道具や魔王の遺物の破壊なんかが主な仕事かな」


 狩人ギルド本部に向かいながら、マルシュは説明する。


「あとは、A級以上かつ二十歳以上になると、警察と連携して魔法犯罪者の対処に当たる事もあったりするよ」

「ルシールは今、十五歳でしたよね。狩人は何歳でもなれるんです?」

「原則は成人してからなんだけど、ギルドマスターが認めれば、その前でも試験は受けられるんだよ」


 とは言え、合格したら皆等しくD級からスタートする。

 B級以上がパーティーにいなければ魔染領域には出られないという規則があるため、幼い子供が危険に陥るような事例は少ない。


「多くの狩人は、学校や会社に通いつつ狩人教習所で修行を積んで、年齢と経験を重ねてから実際の任務につくんだ」


 つまるところ、副業で狩人をやっている人が多いという事だ。


「でも、ご主人やルシールたちはもうA級になったのですね」

「この辺りでは珍しいだろうね。でも、都会の方には俺たちと同年代のS級だっているらしいよ」


 午前八時五十分。指定された時間の十分前にギルド本部に到着した。

 自動ドアを通り抜けたところで、




「ふざけんなっ! 何で俺たちがB級に降格なんだよっ!?」




 いきなり怒声が飛び込んできた。テッドの怒鳴り声だった。

 マルシュは魔剣ちゃんを連れて隅の方に隠れる。


「お前たちは暴力沙汰を起こしたんだぞ。当たり前だろうが」

「あの馬鹿が俺たちを挑発してきたんだ! 悪いのはマルシュの野郎だろうがっ!」


 バンッ! とデスクを叩く音が響いた。


「A級の規約に『騒ぎを起こすな』とあったはずだ」


 ギルドマスターの冷静で低い声。


「それに、カフェの店員やあの場にいた狩人の証言によると、マルシュに殴られるほどの言動はなかったようだぞ」

「はあっ!? あの馬鹿の肩を持つのかよっ!?」

「——黙れ。客観的な事実に基づいた判断だ」


 一瞬、底冷えするような静けさがあった。

 凍りついた空気に亀裂を入れたのは、短い舌打ちだった。


「もう良い。くだらねえ。こんな田舎の雑魚ギルドなんざ抜けてやる」


 テッドが吐き捨てた。


「行くぞ、ネリー、ルシール」

「待て。どこに行く気だ、テッド」


 ギルドマスターの問いかけに返事はなく、代わりに足音が三つ近づいてきた。

 マルシュは息を潜める。

 テッド、ネリー、ルシールの三人がギルド本部から出ていった。


「……ご主人、本当にルシールがいました」


 魔剣ちゃんが目をうるうるさせていた。

 マルシュは微笑み、慈しみを込めて彼女の頭を撫でた。


「ギルドマスターに話があるから、ルシールの事はちょっと待っててね」

「はい。ご武運を、ご主人」

「ありがとう」


 マルシュは魔剣ちゃんと共に、物陰から出て受付に向かった。

 疲れた表情のギルドマスターが、こちらに気がついて苦笑を浮かべた。


「マルシュ、もう来ていたのか」

「おはようございます、ギルドマスター。ある程度の事情は把握しております」

「奥で少し話そう。……その子は?」


 ギルドマスターの視線が、マルシュの隣にいる魔剣ちゃんに向けられた。


「俺の妹の魔剣ちゃんです」

「初めまして、ギルドマスターさん。ご主人がお世話になっております」


 魔剣ちゃんがぺこりと頭を下げる。


「マルシュ、妹がいたのか。初めまして、魔剣ちゃん」


 厳つい中年男性から「魔剣ちゃん」という単語が出てくると違和感が半端ない。


「ギルドマスターさん、ご主人と一緒にいても良いですか?」

「ああ、良いぞ。妹なら兄と一緒にいるのは当然だもんな」


 何も疑問に感じていない様子のないギルドマスター。

 魔剣ちゃんの『認識改変』は、想像以上に強力であるようだ。






☆—☆—☆






 応接室のソファーにギルドマスターと向かい合って座った。

 隣の魔剣ちゃんは、用意してもらったお茶菓子を頬張ってご満悦である。


「マルシュ、今回の件は災難だったな」

「ええ、お互いに」


 ギルドマスターが額に手を当ててため息をついた。

 表面上は同意して苦笑を浮かべつつ、マルシュはさりげなくギルドマスターを観察する。


「一応、当事者の視点から状況を聞かせてもらえないか?」

「承知しました。ですがギルドマスター、その前に一つ教えていただきたいです」

「何だ?」


 続きを促してくるギルドマスター。

 マルシュは彼を正面から見据えて、笑みを消した。

 自分の予想が正しければ、今この状況において——。




「あなたは俺の味方ではなく、テッドの協力者ですよね?」




 ギルドマスターは——敵だ。

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