第6話 自爆

「無事に心臓結晶も回収できたし、街に戻ろうか」

「わーい、街に行くの久々です!」


 魔剣ちゃんがはしゃいで飛び跳ねる。

 彼女はこの洞窟で自分の帰りを待ち続けてくれていた。

 強力な存在だからこそ、不用意に他の誰かの手に渡らないようにという勇者の命令を聞き入れて。

 たった一人で、百年間も……。


「一人で寂しかったよね。待たせちゃってごめんね」

「じゃあ、その分いっぱい甘やかして下さいっ!」


 笑顔で身を寄せてくる魔剣ちゃんに、マルシュも笑みを返した。


「魔人の心臓結晶や装備品が手に入ったからね。売ったお金で高級スイーツ食べ歩きとかしよっか」

「やったー!」


 魔剣ちゃんが両手を挙げて喜ぶ。


「あ、その前に勇者時代の装備の回収だけさせてね」

「はーい」


 マルシュは魔剣ちゃんを抱え上げて、岩を駆け登った。

 飛び降りた穴とは違う出口から外に出て、崖沿いをぐるりと回る。

 最初の洞窟まで戻ってきた。抱っこしていた魔剣ちゃんを下ろす。


「ご主人、こっちですよっ」


 てってってと奥に向けて走る魔剣ちゃん。

 彼女の光魔法に隅々まで照らされて、洞窟内は昼間のように明るい。


「このバッグの中に入っています」


 岩の窪みに収まっていた肩掛けの収納バッグは、いざと言うときには盾にも使える強度を誇る魔道具だった。

 バッグを開ける。

 その中には——見覚えのない三冊の本が入っていた。




「……『イジワルしないで、ご主人様』、『ご主人様との秘密の調教生活』、『禁断の露出プレイ〜ご主人様、お外でするのですか!?〜』……」




 マルシュは震える声でタイトルを読み上げた。

 ……これは、明らかにアレだ。成人向けのアダルトな本だ。

 表紙の際どいイラストを見れば一目瞭然である。


「ああーー!? ダメです、ご主人っ! 見ちゃダメですっ!」


 悲鳴を上げた魔剣ちゃんに本をむしり取られた。

 彼女はそのまま本を抱き締めてうずくまる。耳まで真っ赤だった。


(……なるほど、魔剣ちゃんはその本を読んで色々変わったんだな)


 マルシュは腕を組んで考える。

 魔剣ちゃんは見た目は幼いが、生まれたのは数百年前である。

 年齢的には、R18な本を読んでいても問題ない。

 ただ、気になるのは……。


「魔剣ちゃん、その本たちはどこで手に入れたの?」

「……じ、実は置いてあったんです」


 ピクリと震えた魔剣ちゃんが、俯いたまま答えた。

 マルシュは眉をひそめる。


「置いてあった?」

「はい……」


 魔剣ちゃんが顔を上げる。目線は下に落としたままだが。


「一ヶ月くらい前に、誰かがこの場所にやって来たんです」

「!? ここに……? 『隠蔽結界』を見破ったというのか……?」


 マルシュは戦慄して目を見開いた。

 魔剣ちゃんを隠すために展開されている『隠蔽結界』。

 それを突破するなんて、規格外の魔力を有していなければできないはずだ。


「最初はご主人かと思ったんです。でも、何も言わずに立ち去ってしまって……気になって外を覗いてみたら、この本たちが置いてあったんです」

「そう、なんだ……」


 つまり、その何者かは『隠蔽結界』を看破した上で、魔剣ちゃんにエロ本を与えたという事だ。

 ……全くもって意味が分からない。

 だが、一つだけ見逃してはいけないポイントがあった。

 マルシュは目を鋭く細める。


「……その三冊、共通点があるね。魔剣ちゃん、気づいてる?」

「はい」


 問いかけると、魔剣ちゃんも真剣な表情で頷いた。


「この本をくれた人は、明らかに知っています」

「ああ」


 そして二人の声が重なった。




「魔剣ちゃんが所有者を『ご主人』と呼ぶ事を」

「私がご主人に虐められたいと思っている事を」




「えっ?」

「あっ!?」

「……………………」

「……………………」


 沈黙。


「わ、私が所有者を『ご主人』と呼ぶ事を……」






☆—☆—☆






 発狂しかけた魔剣ちゃんを何とか宥め、マルシュは気を取り直す。

 本はバッグの奥底に封印して、装備品を確認する事にした。


「『安息の鉄釘てつてい』と『冥府の首輪』だけか」


 手のひらより少し大きい鉄の釘と、くすんだ赤色の首輪。

 ひやりと冷たいそれらを取り出し、マルシュは地面に並べる。

 魔王との戦いでは、持っていた魔道具をがむしゃらに使い潰した。

 その中から、魔剣ちゃんが壊れていない物を集めて保管してくれていたのである。


「ご主人、あとこれも……」


 魔剣ちゃんが洋服の袖をまくる。彼女の左手首で銀色のブレスレットが揺れていた。


「! それは……」

「……ルシールの、精神安定の腕輪です」


 百年前、復讐という目的を隠して自分たちに近づいてきたルシール。

 そんな彼女はこの魔道具に縋っていた。

 憎い相手と過ごす時間は、そうでもしなければ耐えられないものだったのだろう。

 目を伏せている魔剣ちゃんに、マルシュは胸が締まる思いで微笑んだ。


「そっか、魔剣ちゃんが持っててくれていたんだね」

「はい。ルシールの形見ですから」


 魔剣ちゃんが顔を上げる。


「私は毎日、天に向けて祈ってるんです。ルシールの安らかな眠りを祈る事だけが、私にできる償いですから」


 マルシュは押し黙る。

 悪いのは全てマルシュであって、振るわれていた彼女自身に罪はない。

 それでも彼女は——かつてルシールの心臓を貫いた魔剣は、涙目で口元に笑みを描いていた。


「私の祈り……きっと天国のルシールにも届いていますよね」

「あー……」


 マルシュは思わず頬をかいた。視線を宙に彷徨わせる。


「ごめん、魔剣ちゃん……非常に言いにくいんだけど……」


 言葉がずしりと重たく、口から出てこない。

 それでもマルシュは、何とか声を絞り出して魔剣ちゃんに告げた。




「実は……ルシールも、生まれ直しているんだ」




「……………………え?」


 ピシリと魔剣ちゃんが固まった。

 マルシュは申し訳ない思いでいっぱいになりながら、魔剣ちゃんに向き直る。


「ルシールは生まれ直していて……今、十五歳になってる」


 つまり——少なくともこの十五年間の魔剣ちゃんの祈りは、確実にルシールには届いていなかった事になる。

 だって、ルシールは地上にいたのだから。


「あ、あ……」


 さっきまで良い感じに詩的な事を語っていた魔剣ちゃんが、赤面涙目でぷるぷる震える。

 そして——。




「も、もう! そういうのは早く言って下さいよっ! ご主人のばかあ!」




 可愛らしい叫び声が洞窟内で反響した。

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