第5話 魔剣デリバリー

 マルシュは思考を巡らせる。

 だが、この場所には魔剣ちゃんの他に武器はない。


「……いや、一つ手はあるか」

「えっ?」


 口から零れ落ちた呟きに、魔剣ちゃんが首を傾げる。

 マルシュは微笑んで魔力を解放した。


「ご主人っ……!? そんな、待って! 突き破らないでっ……ああっ!」


 魔剣ちゃんが突然身を捩り始めた。


「は、激しっ……そんなにしたら来ちゃう! だめっ、これ以上は……! お願い、出さないでえぇ!」

「……………………」


 マルシュは魔剣ちゃんを無視して魔力を放ち続けた。

 最初に激しく、次第に弱く。

 やがて完全に魔力を止めて、マルシュは魔剣ちゃんに向き直った。

 魔剣ちゃんは膝をついて肩で息をしていた。


「はあ、はあ……ご主人……出しすぎですよぅ……」

「…………楽しそうだね?」

「もう、ご主人ってばノリが悪いです!」


 魔剣ちゃんが顔を上げて頬を膨らませる。

 マルシュは内心で頭を抱えた。

 ……目を離していた百年の間に、魔剣ちゃんが良くない方向に変わってしまった気がする。

 一体何があったのだろうか。


「まあそれはともかく、ご主人。魔力をあんなに出して大丈夫なのですか?」


 茶番は終わりとばかりに魔剣ちゃんが起き上がって、疑問を瞳に浮かべる。


「絶対に『隠蔽結界いんぺいけっかい』を突き破っていましたよ。あれじゃあ……」


 そこでハッと気がついたようで、彼女は目を見開いた。


「まさか、が狙いですか?」

「その通り。だけど、ダメだったときのために次の策も考えたいね。魔剣ちゃん、何かアイデアはない?」

「実はあります!」


 魔剣ちゃんがドヤ顔で洞窟の隅を指差した。


「あそこに勇者時代のご主人の亡骸なきがらが埋まっています」

「!? え、あ、そうなの?」

「はい、私が埋葬しました。感謝して下さい!」

「あ、ありがとう……」


 マルシュは何とも言えない気持ちになった。

 礼を告げられた魔剣ちゃんは、嬉しそうな表情で続ける。


「ですので、ご主人の骨を掘り起こして武器にしましょう!」

「…………ん?」

「ご主人の骨を掘り起こして武器にしましょう!」

「今の『ん?』は『聞こえなかった』って意味じゃないよ?」


 理解できなかったって意味だよ。


「鋭くて硬いので、武器になりそうじゃないですか?」

「いやいや。人の骨でそんな事しちゃダメだよ」


 倫理的にアウトだよ。


「それに百歩譲って武器になるとしても、人の骨ではやっぱり竜の鱗相手には強度が足りないよ」

「そうですか……良いアイデアだと思ったんですが……」


 魔剣ちゃんが残念そうな顔をする。


「せめて、ご主人が『付与ふよ魔法まほう』を使えたらっ……」

「『付与魔法』が使えたら、骨じゃなくて普通に石とかに魔力を込めて武器を作るからね?」


 百年前には、石斧を魔法で強化している戦士を見かけた事もある。

 骨に拘らないで欲しい。


「勇者の骨を使った武器だと宣伝したら、高く売れそうだったのに……」

「人の骨で商売しようとしないでね!?」


 ボソッと呟いた魔剣ちゃんに全力でツッコミを入れる。

 魔剣ちゃんがコロコロと笑った。


「冗談ですよ、ご主じ——」




「——魔剣ちゃんっ!」




 マルシュは彼女を抱き寄せて飛び退いた。

 次の瞬間、闇色の雷が降り注いだ。

 轟音が弾け空間が震える。

 着地したマルシュは即座に視線を走らせた。


「ほう、下等生物の割には中々やるじゃないか」


 スタッと、五メートル先の地面に細身の男性が降り立った。

 長い黒髪に真紅の瞳。両耳の上には鋭利な二対の角。


「だが、所詮は下等生物。頭は悪いようだな。あれだけの魔力をこの場で撒き散らすとは、我々に『食べに来て下さい』と言っているようなものだ」


 こちらを見下したような目つきのその男は——紛れもなく、魔人であった。


「それとも、竜相手に魔力を抑えている余裕がなかったのか? まあ、いずれにせよ私の敵ではない」


 侮蔑の視線を向けてきた魔人は、右手に携えた剣を構えた。

 直後、その剣が黒い電撃を帯びる。


「我が名はカルボー。下等生物たちよ。お前たちの血はこの魔剣トニトゥルスのさびに、魔力はこの私のかてにしてやろ——」




「魔剣です! やりましたね、ご主人っ! 魔剣がやって来ましたよ!」

「ああ、魔剣がやって来たね。狙い通りだよ!」




「……は?」


 優雅に語っていたカルボーが、呆気に取られた様子で固まる。

 が、マルシュは彼を無視して「いえーい!」と魔剣ちゃんとハイタッチを交わした。

 それから、ようやくカルボーに向き直る。

 カルボーは不可解なものを見るような顔をしていた。


「お前たち……この私が現れた恐怖で気が触れたか?」

「恐怖するのはお前の方だよ」

「何を言っている?」


 カルボーの眉がひそめられた。


「何故この私が下等生物ごときに——」


 言い終わる前に、カルボーは地面に崩れ落ちた。


「……ッ!?」

「カルボーとやら。お前は既に侵食を受けている」


 その頭頂部に生えた『きのこ』を眺めながら、マルシュは倒れ伏すカルボーに近づく。

 地面に落ちている魔剣トニトゥルスを拾い上げた。


「竜を解体するための魔剣が欲しくてね。適当な魔人に持ってきてもらおうと思っていたんだ」

「ま、まさか……撒き散らされていた魔力は……」

「お前みたいな奴を誘き寄せるための餌だよ。竜を少し上回る程度に制御していたから、お前は俺の本当の力を履き違えていた」


 マルシュはトニトゥルスをカルボーの眼前に突きつける。

 カルボーの瞳が小刻みに震えた。


「魔人は人間の心臓を捕食して魔力を得る事ができる。お前も、多くの人々を喰らってきたのだろう?」


 だからこそ、この魔人はマルシュが振り撒いた魔力に釣られた。

 人間の心臓を食べ慣れているからこそ、魔力という餌に誘き寄せられた。

 その人間が自分を殺し得る存在であるなんて、思いもせずに。

 マルシュは無表情でトニトゥルスを振り上げた。

 カルボーが目を見開いて顔を歪める。


「ま、待てっ……!」

「待たない。報いを受けろ、魔人」


 マルシュは魔剣を振り下ろし、カルボーの頭を叩き割った。

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