第3話 魔剣ちゃん登場!

「両親が五年前に事故で死んじゃってね。十二歳下の妹と二人で暮らしていたの。だけど、半年前に突然妹が倒れて……病院に行ったら、呪いだろうって」

「! ……呪いですか」


 マルシュは視線を鋭くした。


「うん……どうして、妹だったのかな」


 ジャスパーが身体を震わせる。

 マルシュも沸々と怒りが沸き起こるのを感じた。


(魔王……百年経っても、まだこんなにも人々を苦しめるのか)


 かつて自分が討ち果たした魔族の王。

 しかし、その残滓は魔人や魔獣として残っているだけでなく、ときおり死をもたらす闇魔法——呪いとして発現し、病苦のように人類をむしばんでいた。


「お医者さんの話では、あと数日持つかどうからしいの。アニータ……まだ、八歳なのに……」


 ジャスパーが声を湿らせて俯き、目元を抑える。


「『反転解呪はんてんかいじゅ』——呪いの解除には、その系統の呪いを司る魔族の心臓結晶しんぞうけっしょうが必要ですよね。相手は判明しているのですか?」

「竜種らしいわ」

「なるほど」


 魔獣の中でも、一番強力な存在である。

 魔人を頂点のS級とした魔族危険指標で、A級に該当する魔獣。


「竜種の討伐記録はここ数十年なくて、心臓結晶の備蓄もないらしいの」

「だからこそ、俺を脅したのですね。この街にA級は『リベレーション』しかいないから」

「ごめんなさい。他の何を犠牲にしてでも、妹を助けたかったの」


 きっと、マルシュを拾ったときは奇跡だと思ったのだろう。

 だが、それだけではマルシュが命を懸けるほどの恩義にはならないとジャスパーは考えた。

 しかし、竜種の討伐及び心臓結晶の回収を依頼するには、明らかに資金が足りない。それこそ、一般的な社会人が一生涯かけても稼げないほどの金額が必要となるだろう。

 だからこそ、彼は脅迫という暴挙に打って出た。

 あと数日しか生きられないかもしれない、妹のために。


 ——マルシュはその思いが眩しくて、少しだけ羨ましいとも感じた。


 かつて、世界の平和のために守りたかった人をも殺した。

 そんな自分とは、真逆の道だったから。


(俺が守りたかったのは、こういう人たちの想いだったんだ)


 大切な人を守りたいという想い。魔王を倒すと誓った日に、自分が捨てた想い。

 世界に安寧をもたらすまでは決して立ち止まらないと、家族を魔人に殺されたあの日に誓った。

 そして魔王は倒したが、その残滓は今もまだ残っている。戦いはまだ、終わっていない。

 だからこそ、マルシュはジャスパーを助けたいと思った。

 目の前で魔王に苦しめられている人を助ける事は、マルシュが自らに課した当然の使命なのだから。


「分かりました。俺にもお手伝いさせて下さい」

「えっ」


 ジャスパーが弾かれたように顔を上げた。期待と困惑に、その瞳が揺れていた。

 マルシュは彼を安心させるために微笑む。


「あなたのお陰で、俺は風邪を引かずに済みました。殴られた傷も治療して下さったのですよね?」

「ええ、妹のために買った回復の魔道具があったから」


 回復の魔道具は、魔力を込めれば誰でも軽い怪我や病気の治療を行える。

 しかし、妹の呪いには無力だったはずだ。

 魔王の呪いは『反転解呪』の魔法でしか解除できない。それは百年前からずっと変わらない。


「呪いには無意味だったとはいえ、魔道具は決して安いものではないでしょう? 回数制限もありますし。それを使っていただいたんです。俺も相応のお返しをしないと気が済みませんから」

「……でも、麻痺魔法を使ってしまったわ」

「肩凝りが治りました。電気治療ってやつですね。ありがとうございます」


 両肩をぐるりと回して戯けると、ジャスパーは涙目になって顔を歪めた。


「妹を……アニータを、助けてくれるの……?」

「はい、必ず」


 ジャスパーの目から、ボロボロと涙が溢れた。


「っ……ごめんなさい、ありがとう。マルシュ君……!」






☆—☆—☆






 マルシュは暗い夜の森を歩いていた。

 人々を守護する『聖結界せいけっかい』の範囲外。人類が魔族に奪われた領土——せん領域りょういき

 魔王の肉片から生み出された魔獣が彷徨うろついている地。

 更には、普段は異次元の『魔界』にいる魔人たちも、この魔染領域の任意の場所に入り口を生み出し、時折この人間界に出現する。

 その危険性故に狩人以外は立入禁止とされている地を、マルシュは黙々と進む。

 ジャスパーから借りた懐中電灯の白い光に照らされて、パラパラと雪が煌めいている。

 針葉樹が葉を伸ばし、枯れ木には葉の代わりに雪が積もっていた。


(……ルシールを殺したあのときも、こんな感じだったな)


 目の前の風景が百年前の記憶と重なり、罪の意識が毒のように広がった。

 胸の痛みに唇を噛み締める。

 重い足を引きずり、マルシュは目的の場所にたどり着いた。

 切り立った崖の下にある浅い洞窟。その中に踏み入り、突き当たりの岩に手を当てる。

 マルシュはそこに魔力を流し込んだ。岩の表面が光を帯びる。


『合言葉は?』


 岩の向こうから声が聞こえた。くぐもってはいるが、幼い少女のものだと分かる可愛い声。

 百年振りに聞く彼女の声に、胸の奥が熱くなった。

 ルシールを殺した罪に冷え切っていた心が、慰められたような気分だった。

 マルシュはかつて言い渡された合言葉を唱える。


「魔剣ちゃん万歳。魔剣ちゃんは正義。魔剣ちゃんの輝きは世界一」




『——熱意が足りないっ!』




「!? ま、魔剣ちゃん万歳! 魔剣ちゃんは正義! 魔剣ちゃんの輝きは世界一!」

『もう一回!』

「魔剣ちゃん万歳! 魔剣ちゃんは正義! 魔剣ちゃんの輝きは世界一!」


 マルシュが必死に声を張り上げると、岩が光の粒と化して——。


「えへへ〜! お帰りなさい、ご主人っ!」


 奥から幼い少女が、太陽のような笑顔で飛びついてきた。

 マルシュは抱き止めて微笑みかける。

 桃色基調のフリフリの可愛い洋服。マルシュと同じ、白い髪と白い瞳の十歳くらいに見える少女。

 だが、兄妹ではない。この子は所有者に合わせて髪と瞳の色が変化する。


「ただいま、魔剣ちゃん。甘い物を買ってきたよ」

「わーい! 流石ご主人です!」


 その正体は、自身のを忘れた魔剣である。

 あまりにも強力すぎる魔力により、自我と変身能力を身につけた魔剣。

 この子は、百年前の魔王討伐のパートナーだった。


「ああ〜、久々のご主人の温もりです。ちゃんと生まれ直してきてくれたんですね」

「ごめんね、記憶を取り戻すのに十七年もかかっちゃった」

「良いんですよ。またこうして会えたんですから」


 とろけるような笑みを浮かべる魔剣ちゃん。

 そのまま愛でたい気持ちに駆られるが、今はのんびりしている余裕がない。


「魔剣ちゃん。早速で悪いんだけど、あいつはちゃんとまだ封印されているかな?」


 問いかけると、ピクリと反応し魔剣ちゃんは真剣な表情になった。


「はい、今もまだ地底湖に」

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