第45話 予知
忘れた覚えはなかったが、思い返す機会を失っていた記憶。
ジゴー・エルギーは転生者だ。前世の記憶を全て持ち、それ故、その感覚は体の交換に同じだった。
だが、七年も新しい世界にいると、そんなことをも忘れてしまう。
——それを今、押し付けられたように思う。
「目が覚めましたね」
そんな彼に、声がかかる。勿論、エルギー家の邸宅ではない。テントだろうか。布の天上が彼を見下ろしていた。試しに持ち上げてみた手は、相変わらず七歳の子供のものだった。声の主を求めて首を曲げようとすると、伸ばした彼の手が、ぎゅう、と強く握られた。
「誰だ!」
傍に人がいたことはわかっていたが、手まで握られると心臓に悪い。ジゴーは反射的に叫んで身を起こした。すると、相手は彼の声に目を丸くして手を離す。大人げなかったと反省した。相手は『子供』だった――自分と同じくらいの、少女。ジゴーは大きく深呼吸して何とか気を落ち着ける。だが、体だけは、まだあの時、自分を転生者として処分しようとした大人達の声に震えていた。
「ごめん、これは、どうなってるんですか」
努めて冷静に訪ねる。ついさっきまで、転生者として殺される寸前だった。それがどうだろう、縛られてもいないし、体は無事。安全なのは間違いないが、もう周囲は昼らしく光に満ちている。冷静に周囲を分析する自分と、何よりもその後『どうなったのか』を気にする自分が拮抗する――結果、体は動かないが心臓だけが早鐘のように鳴り、脂汗だけが皮膚を濡らす。そんな彼の様子を少女はしばし観察した後、ゆっくりと息を吸い、答えた。
「わたし達は、旅の一団です。わたし達は予知ができます。それに従い、あなたを助けました」
「予知? 助ける?」
彼の言葉に、少女は浅く頷いた。そういえば、領内の近くを旅の一団が歩いているとアルバンが言っていた。旅の一団とは、様々な国を渡り歩き、或いは魔界すら通ってどこにも定住しない、怪しげな集団である。遠くの地の珍品や情報を融通したり、芸に秀でていたりするため、それで日銭を稼ぎ、滞在を許される集団である。国境の概念が強化されつつあるこの時代では、そろそろその存在を禁じられる日も近いだろう。
「わたし達は、予知によってあなた、ジゴー・エルギーを助けることを知りました。故に助け、保護したのです」
目の前の少女は無感情にそういった。妙に大人びている。というよりも、彫像のような表情のぶれなさが空恐ろしい。何を考えているのかもさっぱり掴めなかった。
「礼は言う。でも、それより、僕の家族のことを教えてほしい。あれから、なにが……それと、そもそも今はいつですか。あと、ここはどこですか」
会話ができる、それが分かった途端、疑問と不安が喉から噴き出て、そんなに質問しても答えられるわけがない、とわかっていても止まらなかった。そんなジゴーに対し、少女はまず、首を横に振った。
「あなたの家族は全員死にました。火事が原因です。また、一部の有力者も一緒に焼け死にました。今、グララグ領は諸侯の私兵が囲んでいます。あの火事の日から数えて、二日が経過しました。ここは、グララグ領から十キロ以上南の魔界付近です。ここまでは彼らも負っては来ません」
少女は滅茶苦茶なジゴーの質問へすらすらと答えた。
「帰してくれ。仮にも僕はエルギー家の跡取りだ。家を示す短剣も母から預かっている。僕が帰れば、全て何とかなるはずだ」
「いいえ。それはあり得ません」
「……僕が、転生者だと疑われているからか」ジゴーは唇を噛んだ。わかっている、この世界では、転生者が王に反意した歴史から、そうとわかれば抹殺される決まりがある。
「いいえ。あなたは、このままわたし達と行動すると、そう予知されているからです」
奇妙な答えに、ジゴーは目を丸くした。
「外に出ましょう」
少女はそういって、テントから這い出、ジゴーを手招きした。テントに引き籠っていても何も始まらない。ジゴーは誘いに乗って、外に出た。
「ここは……」
ジゴーは言葉を失った。まるで夕日のような赤い空。だが、夕日とは決定的に違う、不気味なグロテスクさがあった。周囲の木々も、まるで生気を感じない。黒々と変色しており、葉は弱弱しく一枚一枚が小さい。
「ここが、皆様の言う魔界です。戻ることを、引き留めはしません。ですが、子供の身では、わたし達魔女の浄化の術がなければ、二日ともたずに死ぬか、運よく生き延びたとして、肺や目、脳などに重篤な障害が残るでしょう」
「そんな、なんでそんなことをした!」
ジゴーは思わず叫んだ。
「予知です。敢えて理由を付けるなら、こうすれば追手も諦めるから、だとは思いますが」
少女の言葉は尤もだった。危険を冒して魔界に足を踏み入れるより、領主を失った土地に残り、そこの当主として収まるべく別の争いをした方が得になる。転生者討伐の誉れより、目の前の土地のほうが大事だ。
「これから、どうするつもりなんだ。何を考えている」
「どうもしません。わたし達はまた、旅を続けます。これからより南に移動します」
わたし達。その言葉の意味するところを今更理解し、ジゴーはあたりを見回した。
「……」
周囲には、テントが三つ。そして、なにやら道具の手入れでもしているらしい女が、計十名ほどいる。
「わたし達は、予知に従い世界を旅する旅の一団、光の民のムヤナ族。あなたは、予知によると、わたし達と行動を共にします」
困惑するジゴーへ、少女はそう宣言した。
「わたしは、ウトト。勿論、予知に従い、わたし達はあなたを歓迎します。ジゴー・エルギー様」
そういって、少女は自身が纏う、橙色の目立つ外套をふわりと翻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます