第37話 怒れるオーク

『ミュルンヘント総合病院』が怪獣によって破壊、汚染しつくされた事実は、オーク達にとって衝撃だった。


 その一報は、オークの竜騎兵隊隊長〈ゲフォルス〉の耳にも届いた。

 

 二百メートルに達する塔のようなドラゴンの巣。その天辺、彼のドラゴンの部屋であり、執務室を兼ねたそこで、彼は震えながら拳を握った。


 病院はオーク同士の戦争においても、条約で戦闘を禁じられている聖域。対手は言葉も通じぬ怪獣とはいえ、その行いを許すわけにはいかなかった。


 そこには、彼の友人や知人、部下なども多数いた。第四北東基地ザボロドから何とか逃げ延びた仲間達の中には、そこで治療を受けている者も少なくなかった。


 何の意図があって、今度は病院などを襲ったのか。


 怪獣が現れて十年。ついに訪れた新しい破壊に、彼のみならずオーク達は怒った。


 だが、竜騎兵に指示は下りなかった。怪獣を探し、殺せという命令は来ていない。


 代わりに、下されたのは『人間を探せ』だった。


 勿論、家畜化したそれではない。境界線以北、野生の人間が犯人とされる。病院から数十キロメートル離れたところでは、何者かによる斥候オーク達の死体が発見された。他国のオークやゴブリンの仕業の可能性もあったが、周辺の足跡からして人間だろうと推測される。


「■■■■■■■■■(人間が怪獣になる、或いは、呼んでいる)」


 彼は報告書に記された言葉を読み上げた。


 俄かには信じられない説。そして、幾度となく否定され続けた世迷言。だが、ついにその世迷言を信じ、とある部隊が動き出した。『人間を探せ』この指示は、竜騎兵部隊に下されたものではない。


『第一魔女旅団による、怪獣人間捜索、並びに捕獲』


 信用などなく、ただ奴隷として、研究材料として刻まれていた彼らが、野に放たれ、同属を捕らえるために動き出したのだ。彼らだけが、ずっと怪獣の正体を人間と主張し憚らず、その際の拷問で死んだ者も大勢いた。


 だが、それでも魔女達は怪獣を人間であると主張して止まない。それがついに実を結んだのか、ゴブリンやトロール、ドラゴンや巨人族のように、オークへ帰化した魔女達の部隊が、今回の作戦の指揮にまで口を出している。現に、竜騎兵にも命令が下っている。


 なぜ、オークが魔女に従わなくてはならないのか。


 ただそれだけが、〈ゲフォルス〉の体を揺らした。俺であれば、見つけ次第一瞬で消し炭にしてやるのに――否。


〈ゲフォルス〉は外を見る。ここからでは見えないが、北には人間のコロニーがある。取るに足らない大きさの、広さの、文明の場所。今すぐにでも、そこに飛んで行って、ドラゴンの息で燃やし尽くせばいい。


 彼にはそれができるのだ。

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