第36話 そこに湖があるから
「シーン三十」『慈義の檻『ミュルンヘント総合病院』』「特撃、用意」『アアアアックショオオオン!』
——カン!
『上映開始』
タイトル/化学怪獣ラジュード
監督/中屋修一
主演/鹿島十郎
日付/1968.10.2
配給/太宝株式会社
■審査『上映不許可』
■女神特権発動→架想世界←鑑渉開始。権利買収、一部変更強制承認。ウルトラスポンサード完了。
タイトル/化学怪獣ラジュード
監督/ジゴー・エルギー
主演/ジゴー・エルギー
日付/3122.02.19
配給/すてきな女神様
■再審査『上映許可』
――上映が始まる。
●●○3
●○2
○1
『まもなく上映のお時間です。おしゃべり厳禁、前の人の座席を蹴るのもおやめください。ちなみに全館禁煙です。病院ですから、携帯電話、スマートフォンの電源はもう切っていますでしょうか。それでは、夢溢れるすてきな映画の世界をお楽しみください』
ブザーの音が鳴り響いた。
「怪獣壊演!」
〈怪獣壊演〉
ミュルンヘント総合病院の誰もが、聞いたことのない不快な音に身を起こし、或いは窓の外を見たり、周囲を不安そうに見まわした。だが、それは当然館内放送などでも何でもない。
「■(あ)」
誰が漏らしたか、一人が窓の外を指した。汚染物質を沈める役目も持つその湖のど真ん中に、異形の影を認めたからだ。
その時、第四北東基地ザボロドから運ばれてきた傷痍兵のオークは、耳を劈くその音と、影を結び付け、絶叫した。
「■■■!(怪獣だ!)」
その叫びに、一瞬間を置いた後、皆が皆、状況を理解した。そして、一目散にベッドから飛び降り、或いはドアや階段、エレベーターへ殺到した。
——ぎいいいいいいいいいん!
そんな混乱を知ってから知らずか、ついにその、湖のど真ん中にポカンと立つ影が、己の姿を誇示するように叫んだ。その途端、湖全体が大きく波打ち、大きな波となって病院全体にぶちまけられた。エントランスにいた幸運な魔族はちょうど外に出ていて、一瞬で怪獣の最初の犠牲者になった。
湖から突き出た巨大な影。それは全身の四分三、六十メートルを空気に晒していた。病院よりはるかに大きいそれが、一歩、二歩と迫るだけで病院の外壁、コンクリートにひびが入り、足元の湖は沸き立って大波となって病院の外壁を打ち付け、ガラスを割って浸食した。
だが、魔族達も、逃げまどったりするだけでは済まない。建物の奥には、兵隊が駐在していた。だが、それはあくまで対魔族用。怪獣の備えはなかった。武器を片手に飛び出した彼らは、哀れにも大波に飲まれ、病院の外壁に叩きつけられたり周辺の森まで押し流されたりして無力化した。残念なことに、怪獣の視野にも入らなかった。
病院の裏手に患者も医者も看護師も殺到していた。怪獣に対抗することなど誰にもできない。逃げなくては、逃がさなくては。
通院用の無料送迎バスや、車に患者を詰められるだけ詰め、二つしかないトンネルに送り出す。この病院は大きな山脈の切れ間からしか入ることができず、それ故堅牢で、なおかつこの境界付近にあって澄んだ空気の残る珍しい土地だった。それが今、逃げ道の狭い袋小路に似た形になっていた。
病院の前に、怪獣が立つ。怪獣の膝ほどしかない建物はあまりにもか弱く、六階建て二十メートルのそれは、まるで扁平にも見える。ここまで十分も経っていない。逃げ遅れた人々の運命は決まっている。
だが、すでに発信したバスだけは。送り出した医師達が、その背中を見送る。
それが、今、カッ、と眩い光とともに消え去った。
はっとして見上げると、怪獣がその大顎を開き、噂に聞く破壊の光を吐き出していた。遅れて、焼き払われたバスやトンネルから火柱が上がり、破裂して、その欠片が病院の外壁に降り注いだ。また、周辺は暴れまわる炎と熱であっという間に地獄となり、走り回ったり、泣きながら死体を引きずったりする魔族で溢れた。
だが、そんな彼らを焼き払いながら、破壊の光は尾を引いて、ついに病院へ差す。焼ける、溶ける、弾ける、砕ける、そして爆ぜる。肉体は気化し、鉄骨やコンクリートは融解して、全てを巻き込んで爆発する。
怪獣は、まるでこの病院の構造を理解しているようで、正面の一棟を焼き切った後、その奥のもう一つのトンネルを焼き潰した。持ち上がった火柱の深さから、きっとトンネルの中腹辺りには達していたはずのバスや車両も、間に合わなかったことを誰もが理解した。
爆発してなお残る残骸を、尾の一振りで刈り取るように薙ぎ払う。破片は怪獣から向かって右の建物に降り注ぎ、弾けた。そして、そこへ光を吐いて破壊する。
道を塞ぎ、光で滅した建物を尾で、足で、蹂躙する。
残った大地には怪獣の破片が残っており、それがゆっくりと、時間をかけて大地を蝕む。
辺境の地にあった唯一の清浄なる世界は、こうして破壊の限りを尽くされた。
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