第25話 次の目指す先には
「怪獣の力の凄さは身に染みてわかったが、毎回こうして寝てしまうのか?」
ルダンは寝起きのジゴーへそう訊ねた。
「まあ、そうだな。起きてはいると思うんだが、寝てもいる」
それに対するジゴーの返事は奇妙であった。
「その状態のジゴーを、例えば人質にとってわたしに解呪を迫るなら愚かというものです」ウトトは敵対心たっぷりに言う。
「別にそういうつもりではない。ただ、心配なだけだ。いつオークが戻ってくるともわからないし」
「大丈夫ですよ。怪獣の汚染の恐ろしさは魔族が一番よくわかっています。数日は立ち寄りません。多少汚染がましになったら、調査隊を編成してやってくるでしょうが。でも、再び住居とするには向きませんから、破壊の範囲を把握したらいなくなります」
「だとしたら、ジゴーはともかく、なんでわたし達は無事なんだ。魔族だって耐えられない汚染なんて……」
「わたしが浄化の術を使っているからです。といっても、汚染を遠ざけているだけなので浄化でも何でもありませんが」
さも当然、と言わんばかりにウトトは答えた。
「そもそも、わたしがいなければ魔界で人間が三日以上滞在することは困難です。肺炎になったり、視力が落ちたり、下痢が止まらなくなったり……いろいろ大変になります。端的に言って、それ以上の滞在は死を意味します。普通なら、ですが」
「そんな、まさか……」ルダンは絶句した。
「さあ、ジゴー、行きましょう。〈オド〉が使われたのはまた別格の恐ろしさがあります」
「わかってる。荷物をくれ」
ジゴーの申し出にウトトは黙って荷物を突き出し彼に手渡す。奪った食糧でパンパンに膨れたそれを、ジゴーは肩に担ぐ。
「もう行くのか」
ルダンは問うた。しかし、その視線は、久々の晴天を意識しているようで、ウトトはそれが随分とおかしく見えた。
「別に、残りたければそうすればいい」
「いや、そういうわけでは……」
「その前に」
すでに歩き出しているジゴーを含み、スラは声を張った。
「教えてほしいことがあります、ウトト」
「ここに残りたいならそうすればいいです。わたしは……」
「違います。教えてほしいのです。魔族とはいったい何者なのですか」スラは大真面目な顔をして言い放つ。それに対し、ウトトは顔面の困惑を隠さない。
「何者、と言われても……人間ではない別の種族です」歯切れ悪く、曖昧な言葉を返すウトトに、見切りをつけたようにスラはため息をついた。
「では、ジゴーへ問います。魔族はいかにして、あのような快適な生活を送る技術を手に入れたのでしょう。魔術の差ですか。それとも別の要因ですか」
「それは知らない。だが、魔術ではなくて技術なのは確かだ。魔界には送電線もあるし、上下水道もある」
ジゴーは冷静にいう。知らない単語が続いたが、スラには関係なかった。
「それは、人間にも使えますか。いえ、わたしにも、使うことができますか」
「姫!」ルダンはスラの肩を掴んだ。
「魔族の技術は、不穏です。こんなものがなくても、わたし達は生活を送れています。姫、よく考えてください。あれだけ大きな住宅も、あの施設一杯の食料も、過剰ではないでしょうか」
「ですが、一方で、わたしは魔族の技術に心惹かれるものがあります」
スラは、ルダン心配そうな言葉を両断した。
「ルダン。確かにわたし達は成人の儀のため、急ぐ身です。ですが、一方で、これは王国にとってチャンスだと思うのです」
「姫、その考えはあまりにも危険です。それに、本来ならわたし達は急ぎ王宮へ向かうべきです」その先を察し、ルダンは言う。
「いいえ。それでも、わたし達は魔界の、魔族の技術を知り、学び、それを国に持ち帰ることこそが運命だったのではないでしょうか」
「何をおっしゃっているのか、ご自身で分かっておられますか?」
ルダンは縋るように姫へ問う。姫はそれに、深く頷いて答えた。
「ジゴー、そしてウトト。わたしに、魔族のこと、魔界のことを知る機会をお与えください。わたしは、実をいうと、昔から知りたかったのです。魔族が世界を赤く染める理由。そして、その方法を。これはきっと、そういう運命だったと感じています」
姫は縋るように二人の旅人の前に跪いた。
「勝手にすればいいです。わたし達はそもそも、お前を北に届けるつもりもないので。ジゴー、次はどこに行くつもりですか」
「もっと南に、奴らの工場がある。少し歩くが、潰せば少しは打撃になるはずだ」
「工場とは……」
「煙の出どころだ。ついてくるつもりなら、確かにあんたたちは運がいい」
「願ったり叶ったりです。行きます。ぜひ、いったいどうやってあれだけの量の煙を産むのか、見てみたいです」スラは勢いよくそう言い、ジゴーはやや顔を歪ませた。
「別に、近寄ってラジュードを使って潰すだけだ。工場見学なんて……」
「いいじゃないですか、ジゴー。ちょっとだけでも工場見学をすれば」
急にウトトが生き生きとして間に入った。
「姫、お気を付けて。この魔女、企んでいますよ」
「構いません。罠でも何でも。わたしは我が国に持ち帰るだけの価値のある情報が、この先にあると信じています」
スラは、遠くの暗雲を真っ直ぐと見てそう言った。
「ええ。そうでしょう。折角ですから、おまけもつけましょう」唐突にウトトはそう提案した。その言葉に、ジゴーが怪訝そうな顔をする。
「おまけ?」そして、それにすぐに食いついたのは、ほかでもないスラであった。
「ええ。わたしの旅の本当の目的、否、なぜわたしが、わたしの故郷を破壊しなければならないのか。それをお教えします。それに、わたしがあなたを辱める理由も。次の町、彼らの工場を破壊した後で」
ウトトはスラの反応にいたく満足したようで、これまた楽しそうにそういった。
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