第18話 ここがあの魔族のハウスよ


「ウトト、どのような計画で襲うのですか? もう少し詳細を教えてください」


 スーパーマーケットとやらへ足を向ける二人を、スラは呼び止めた。


「裏口から入って、適当にモノを奪って逃げる。それで、頃合いを見計らってジゴーが怪獣になってこの集合住宅を破壊する」当然のようにウトトは答えた。


「そんな滅茶苦茶な!」


 そんな彼女へルダンは声を上げた。


「今までもいろいろやってみたんだが、これが一番だった」


 しかして、ウトトはさも当然と言わんばかり。ルダンの顔が青くなる。


「待て、過去に怪獣は六度、昨日のものを入れれば七度あったが、それはまさか……」


「さあ、何度だったか覚えていません。背に腹は代えられないので」ウトトは首を振った。


「だが、どちらにせよ魔族の町は全て破壊する。遅かれ早かれ、何も変わらない」


「と、言うわけで、あなた達の面倒を見る義理もありませんが、食料補充が終わったら戻ってきてあげます。それで、安全な場所まで逃げます」


 ウトトは憐憫の表情でスラとルダンを見つめ、そのまま背を向けて歩き出した。


「待ってください。その前に、オークの家を見学したいのですが」


 あまりにも突然な発言に、ウトトとジゴーは顔を見合わせた。


「ひ、姫!」


 ルダンは泣きそうな声で叫んだ。そして、素早く自らの口を塞いで大声を出したことを悔やんだ。


「いいですか、姫。わたし達は今、オークに囲まれている状態なのですよ。それなのに、そこからさらに踏み込んで、オークの家に入るなど、あり得ません。本来であれば、一刻も早くここから抜け出して、王宮を目指すべきです」


 声を落とし、ルダンは進言した。仮に今、ほとんどのオークが出払っているとしても、一人もいないというわけではない。


「それに、あの二人が、そんな寄り道、許すはずがありません。ここでそんなリスクを冒すことを許すはずがないのです。余計なことは言わずに、食料を譲ってもらえるだけありがたいと思うべき……」


「いいですよ。お姫様、見に行きましょう」ウトトは快活にそう答えた。


「そんな馬鹿な」ルダンは顔面から血の気が引いた。


「仮にも、敵の家を視察するなど、ここから早く撤退すべきだ」ルダンは慌ててウトトへ進言した。


「別に、お姫様のご要望ですからね」


 しかして、涼しい顔をしてウトトはそう言い、周囲を見回す。


「あの家、鍵がかかっていませんね。その上、中にオークもいない」そしてウトトは楽しそうに歩みを進め、すぐ近くの建物の足元、ポカンと空いた入り口に立った。


 建物の入り口とはいえ、別に戸があるわけでもなく、吹き曝し。その先すぐに階段がある。地味な色のタイルの床、そしてやはり無機質なコンクリートに囲まれている。王宮やそれに準ずる建物のエントランスとは程遠い、あまりにも質素な入り口。ウトトはそこを登る。


「ドアがいっぱい……」


 二階に上がると、コンクリートの壁に貼り付けられたドアだけがずらりと並ぶ、無機質な廊下が四人を出迎える。錆びたドアたちは、まるで永遠に続くかのように奥へと伸びていた。


そして、ウトトはとある一室のドアに目を留めた。


「騎士の言うことにも一理ある。遊ぶのはいいが、ほどほどにしろ」


 ジゴーの言葉に返事をせず、ウトトはドアノブをひねる。開いた。


「さあ、お姫様。こちらが庶民の家です」


 だが、姫より先にルダンが前に出た。何かの罠を警戒してのことだった。スラも、彼女の行動を諫めない。


 魔界の、オークの住処。しかも、庶民だという。だが、その中は、彼らの青黒い皮膚にぴったりの暗いくらい穴倉や、土埃だらけの洞穴とは全く違った。


「思ったより、きれいだ。でも、やはり洞窟みたいに狭い」


その部屋、否、家の中は、思ったよりも清潔だった。ドアを閉め、再び周囲を見渡すと、意外なほど整然としていることに気づいた。フローリングの床はきれいに磨かれ、埃一つ見当たらない。その上に、ルダンは靴底を這わす。


「入口にたくさん靴がありますね。何故でしょう」スラはその玄関で足を止めた。


「オークは玄関で靴を脱ぐんですよ。そっちの方が衛生的だとは思いませんか」スラの疑問にウトトが自慢げに答えた。


「……確かに、そうなのかもしれません」


 スラは、先を行き、土足で廊下を歩く己の騎士を見つめた。騎士は恥ずかしそうに足を止めた。


「靴は履いたままで結構。すぐに出ますから」


ウトトも土足で家に上がる。それに倣い、スラも靴のまま家に上がった。廊下を抜けると、大きなクッションがおかれたソファがあった。そのソファの前には、磨き上げられた木製のテーブルがあり、テーブルの上には数冊の絵本と雑誌が並べられている。


さらに、ダイニング用なのか、大きなテーブルもある。椅子は四つ、すべて整然と配置されている。テーブルの上には清潔なクロスが敷かれ、中央には一輪の白い花が生けられていた。


「オークも花を生けるのか? 数はかなり少ないが……」


「オークだって、見ての通り生活をしています。これくらいは」


 そういって、ウトトはオークの雑誌を取り上げ、ぱらぱらとめくった。色とりどりのページと、ちゃんと綴じられた薄い表紙。王国では見られない形式だった。あんなに鮮やかな印刷は、王都でもまだ確立されていない。


キッチンは機能的でありながらもかなりコンパクトだった。壁に取り付けられた収納棚も、扉を開けると整然とした状態で、食器や調理器具がきれいに並べられている。


もう一度廊下に戻り、そのうちの扉を一つ開けてみる。小さなベッドが二つ。それぞれのベッドは綺麗に整えられている。ぬいぐるみやおもちゃが整然と並べられた棚があり、下手糞な絵が壁に貼られている。机の上には見たこともないペンのようなものが散乱しており、まるで持ち主の帰りを待っているかのようだ。


「ここには、オークの家族が住んでいるのですか?」


「そうです。夫婦と子供が二人、といったところでしょう。あと、ペットもいるかもしれません」


 スラの質問にウトトが答えた。彼女の手には、小さな手の平より少し大きい額縁が握られていた。そんな小さな油絵があるのかわからないが、それで家族構成を察しているのだろう。


「ウトト、本当にこれがオークの庶民の家なのでしょうか。確かに小さい家ですが、かなり清潔です。家の中も埃っぽくありませんし、隙間風もありません。外よりも涼しいですし、まるで外から完璧に遮断されているように感じます」


「そうでしょう。ここはオークの家なので、あなた達王国の家とは作りが全く違うのです。ジゴー、そうでしょう?」少し不安げにウトトはジゴーに訊ねた。


「ああ。断熱もしっかりしてるだろうし。ただの木造や石造りの家とはわけが違う」


「これが、魔族と我々の、技術の違い、ですか」


「トイレも全く違うから見ていけばいい。清潔に保とうとする意識なら、王国の数倍上だ」


「それが、すべての部屋にあるのですか?」


「ほかの部屋も似たり寄ったりだろう。まあ、この家の主はかなり家を綺麗にして出ていったようだが……やっぱり嫌な予感がする。ウトト、この家は綺麗すぎる。準備してから家を出たように見える」


 ジゴーはかなり不安げにそういった。


「考えすぎではないでしょうか?」ウトトは暢気にそう言って、小さな額縁を棚の上に戻す。それを、ジゴーは素早く伏せた。視線が気になるタイプなのかもしれないとスラは思った。


「ラジュードが……怪獣が出たからではないでしょうか。イヴァントだって、他国からの侵略があれば、近隣の民は避難させます」


 スラの言葉に、ジゴーは別の部屋の戸を開けた。大きなベッドが一つ。そして、その中のタンスを躊躇いなく開け、今度は廊下に戻り、その壁にある窪みに手を掛けた。開くと、中には奥行きが浅いものの、何かをしまっていたであろう空間があった。否、一つか二つ、服がぶら下がっていた。


「クローゼットに服がない。箪笥にもだ」


「姫様の言う通り、ラジュードが出たから逃げたのでしょう。そんなに焦るようなことでも?」


「この集合住宅には、多分もうほとんど人が残っていない。それが計画的だとして、だとすると、奴らはどうすると思う。ラジュードが出た場合、だ」


「……あまりその可能性は考えたくありません。さっきだって、ここは無人ではないのですから。でも、急いだほうがよさそうですね」


 なにやらただならぬ雰囲気を二人は纏い始め、ただスラとルダンの顔に影が差す。


 その時だった。


 ぴんぽーん、と、鈴とも楽器とも違う、不思議な音が部屋に響いた。


「これは……」


「静かに。来訪者です。見られていたのかもしれません」


 どんどん、とドアを叩く音がする。もう、玄関から出ることは出来ないだろう。


「■■■■■■?」


 しかも、外の誰かが何かを言っている。勿論人間ではない。オークの声だ。


「どうするのですか?」「ウトト、どうしてくれる」スラとルダンは同時に訊ねた。ウトトは渋い顔のまま、ついに口を開く。


「ジゴー……どうしよう」しかして、飛び出した声はあまりにも情けない。


「居留守でいい。この部屋はちょうど、外に面している。二階だし、ウトトの術で何とかしてくれ」


 いつのまにかベランダにいたジゴーは冷静にそういった。彼は外を見回し、敵の有無を確認しているようだった。


「よし、そうしましょう。ベランダから脱出です」


 途端にきりり、と表情を固めてウトトはジゴーに寄った。ルダンもそれに続くが、ただ一人、スラだけが疑問を口にした。


「ジゴーは、この家に来たことがあるのですか? 箪笥の位置も、クローゼットの位置も、その窓も。全部知っていたかのような動きです」


「いいや。ない。だが、家はどれもこれも似たような形だからな」


「つまり、ジゴーはオークの家に住んでいたことがあるのですか?」


「……まあ、似たようなものだ」


「ジゴー、答える必要はありません。早く逃げましょう。外に回り込まれたら厄介です」


 どんどん。ドアを叩く音に急かされるように、四人はこの部屋のベランダに集まった。


「待て、ルダン。これを持っていけ」


 ジゴーはそう言って、ベランダに何かを落とした。それは、靴だった。だが、ルダンの知っている靴ではない。皮ではなく、布でできているようだが、どことなく見たことのない素材でできている。靴底はやや高く、全体的にがっちりとしている。よく見ると、ジゴーもウトトも似たような靴だった。


「その靴、穴が空いているだろう。こっちのほうが頑丈だ。登山靴だから、これから先も役に立つ」


「ジゴー、そんな場合では……」ウトトは小声で抗議したが、それを遮るようにルダンは靴をさっさと履き替えた。


「サイズも悪くない。ややクッションが利いていて気味が悪いが、まあいいだろう」


 そして、ルダンはそう感想した。ウトトは抗議の視線をしばし送っていたが、それ以上は何も言わない。


そうして彼女は杖をベランダの柵に向ける。すると、ウトトの術はその柵を捻じ曲げ、簡易的な階段を作る。そこからそそくさと四人は部屋を脱出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る