魔境の新天地『ダダバ第三集合団地』

第16話 前略、ドラゴンの巣にて

 魔族境界線以南。通称魔界。だが、オーク達にとってここは、ただの北の辺境、境界などない。ただ、未開拓なだけ。そんな中、一本、と形容すべき異形の建物がある。


 それは、真四角な建物が多い魔界の辺境にあって、その側面を、四重螺旋の溝が渦巻く、捩じれた塔。その先端は針のように尖っている。


 それは、ドラゴンの巣。特筆すべきはその大きさで、なんと地上二百メートルに達する。とはいえ、それは作為的に作られたもの。切り立った崖を好む彼らに合わせて設計された『巣箱』である。


それは、多くのドラゴンを収容するためであるのだが、一方で、どうにも彼は、この形状の建物のほうが、あの真四角な建物たちと違って胸が落ち着く思いがした。


 故に、彼は基地に滞在することを好まず、竜騎兵隊長であることをいいことに、この巣箱によく滞在している。


 今日で、二十一日になる。


 彼は、遠く暗雲と稲光、その向こうに永遠の夕焼けを湛えた窓の向こうを、ぼうっと見ていた。


 部屋の中、その出入り口付近に鎮座する、『それ』を見たくなかったからだ。


 この部屋には、泥に汚れたマットと、油に塗れ、つるつるした天板の机。壁には日に焼け、窓から吹いた埃で汚れた地図が飾られている。


 そんな中、堂々と鎮座する銀の箱。それが、彼の憂鬱の原因だった。その大きさは二メートル四方ほど。これを倉庫でもなく、彼の部屋に持ってくる、上官達の根性もまた気に入らなかったが、何よりも、その無機質な形状が彼を苛つかせる。


 だが、いつまでもこうしているわけにもいかない。彼には、一つ命令が下っていたからだ。懐から紙切れを取り出す。それは、作戦令状だった。


 ——対怪獣用大量破壊兵器の運用について


 先の第四北東基地ザボロドにおいて、二度も現れた怪獣の次の行先の予測を作戦本部が立てた。そこではすでに、怪獣を迎え撃つための用意が着実に行われているという。

 

 彼は、自室にどんと置かれた銀の箱を、改めて注視する。これの目的はただ一つ。


 十年ほど前からオーク達の国に現れ、その中身を引っ掻き回す、あまりにも規格外な全高と攻撃力、そして防御力を持つ巨大な怪物。怪獣。


 この銀の箱は、それを殺すためにある。


 彼は、ため息をついた。すると、それに呼応するように、部屋が大きく揺れた。


 部屋の中を、大きな鼻息が吹き荒び、煤だらけのマットを吹き飛ばす。そして、十メートル以上ある天井すれすれまで、彼の座る椅子と机が持ち上がった。


 彼の足元に、巨大な黄色い瞳の光が宿る。そして、それを囲むのは白く美しく輝く鱗と、乱杭歯。


 そう、ドラゴンの巣に、まともな執務室などあるわけがなく、ここはまさしく、彼の相棒であるドラゴンの洞穴。彼の心中に反応したらしい。


 彼の相棒〈メルゴ〉は、物珍しく思ったのか、目の前の銀の箱を爪で引っ掛け遊び始めた。そんなことで作動するような、単純なものではないだろうが、彼は足で〈メルゴ〉をつついてやめさせる。


 ——作戦時間には早いが、もう移動した方がいいかもしれない。


 そんなことを考えて、彼は相棒に頭を下げさせ、床に降りると、近くの倒れた棚から鎧を引っ張り出して着こむ。


 彼の名はこのオークの国、人狩り竜騎兵隊隊長、オークの〈ゲフォルス〉


 すでに、作戦地域にはドラゴンが放たれ、人間を探しているという。


 ばかばかしい。作戦本部は、本気で怪獣の正体を人間だと思っている。あんな奴らの言葉など、信じるに値しない。


 だが、一方で、ずっと自分達の領域をうろつく、野良の人間がいることは許せないし、この銀の箱を使った余波で、人間が丸っと滅ぶのであれば、それはそれで構わない。


〈ゲフォルス〉は改めて己の相棒に向き合い、その首の付け根に鞍を掛ける。

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