第15話 強かな少女たち
スラとルダンが初めて魔界で夜を明かす。三メートルほど距離を置き、謎の二人の旅人と共に。
ところがその夜半、眠っていたルダンは違和感を覚えて身を起こした。眠る前、スラは宣言通りに、地面に横になったルダンの上に外套を敷き、その上で寝ていた。だが、今、ルダンの上にスラはいない。
「……姫?」
小声でルダンはスラを呼ぶ。月はないが、その代わりに腐った森の奥、木々の間に光を認めた。ルダンの鞄にあったランタンの明かりだと察した。近寄ると、地面に膝をつき、手を組んで祈る少女がいた。スラだ。しかし、その小さな体は、普段よりもっと縮んで見えた。まるでルダンへ役立たずと唾棄したり、或いは魔女を雇おうと言葉を尽くしたりした人間と、同じに見えない。年相応、否、それ以下の弱くか細い、風に揺れる葦のようであった。
「……ルダンか」
「姫。ここは魔界です、わたしの傍を離れないでください」
そういいながら、ルダンはふと、スラの首元が目に入った。寝苦しいからか、彼女は襟を緩めていた。そこに魔女の刻んだ呪いが見える。
――そうだ、自分には『資格』がない。
ルダンは思わず目を反らした。自分に、姫を心配したり、ましてや守る、だなんて言葉を口にしたりすることは出来ない。それ以降、黙りこくった彼女の様子を察してか、スラは彼女の傍に寄り、静かに見上げた。まだ幼く、年相応に薄いものの、母君に似て、形の揃ったその唇から放たれる言葉達が、いかなる軽蔑を含んでいても、真摯に受け止めるつもりだった。
「ルダン。ごめんなさい」
しかして、スラの口から漏れた言葉は、ルダンの予想外のものであった。そしてスラはルダンの前に、許しを請うように跪いた。
「ごめんなさい、ルダン。わたしは今日、とても酷い事を言ってしまいました。あなたの様な誠実な騎士に対し、到底、許されることではありません」
「……姫?」虚を突かれ、ルダンは間抜けな声を出した。
「わたしの使った言葉は、人の中でも、あなたのように勇敢に、わが一族に尽くしてくれている者へ、投げかけてはならないものです」
ぐず、と鼻をすする音がする。泣いているのだ。ますます困惑して、ルダンは硬直してしまった。
「……ですが、仕方なかったのです。わたしが死ねば、あなたの顔に泥を塗ってしまうから」
「……」
「わたしが死んで、あなた一人が国に帰れば居場所なんてありません。それに、あなたが大事にしている家族もまた、危険に晒します。わたしのような、王族の末席とはいえ、それを守り切れなかったとなれば、父上も母上も、あなた達に容赦はしないでしょう。そんなことになったら、わたしは死んでも死に切れません。だって……わたしはルダンが……」姫がより深く項垂れる。
「そんな、姫、わたしは……」
「ごめんなさい、ごめんなさい……本当の役立たずはわたしです。わたしには、ああするしか、あなたに酷い言葉を浴びせるしか能がない、なにも思いつかなかった無能なのです。それどころか、わたしのために、否、わたしのせいで魔族の襲撃に巻き込まれ死んでいった、最も尊い、あなたの同僚の親衛隊や、侍女達にも酷い事を言いました。死者たちにあんな言葉を……これもまた、許されることではありません。これが、本物の無能でなくて、何者なのでしょう。わたしこそ、人を殺すしか能のない、害悪で……」
「いいのです、姫」
ルダンもまた地面に膝をつき、彼女と同じ目線まで身を縮めた。
「姫、わたしにはわかっていました。だから、心苦しかったのです。姫がただの家臣であるわたしを思い、本意にない気持ちを口にされる。それがどんなに無念であったか」
泣きじゃくるスラの目を、ルダンは真っ直ぐ見つめてそう言った。
「ルダン……」
「貴女は誰よりも思慮深く、聡明でおられる。そして、どんな相手にも優しさを忘れない。だからこそ、わたしは貴女にお仕えすると決めたのです。もう離しません。誓います。あなたには命より大切なものがある。だから、あなたが守ろうとした、本当の誇り。それを必ずお守りします」
「……はい。任せました。わたしの騎士よ。共にわれらの宿願、使命のために、旅をしてください」
二人は改めて、強く抱擁を交わした。その頭上、月のない夜空を一羽の角の生えた鷹が飛び、甲高い鳴き声を上げた。
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まだちゃんと続きがありますので、このままお読みいただいてもうれしいのですが、ぜひコメントで感想などなど残していただけるととても励みになります!
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