第14話 旅の始まり
「さあ、わたしの話は終わりです。とっとと例の王宮に行けばいい。そもそも、王宮は北で、ここは南。真逆なのですから」
ウトトは面倒だ、と言わんばかりだった。すでに、ジゴーの外套を摘まんで先に行くよう促している。
「ルダン、食料がないのはわたし達も同じです。魔界の森で、人が食べられるものがあるようにも思えませんし」
彼女の視線は、黒く汚れた森に飛んだ。
「ひとまずウトトの目的もわかりましたし、わたし達は勝手に彼女らについていくべきです」
「わかりました。ついていきます」
「……勝手になさい」
ウトトの言葉に、スラとルダンは目配せした。そして、ついに歩き出したウトトとジゴーの後に続く。ウトトはそれに対し、文句を言うこともなく黙っていた。しばし足が進んだ時、只一人、スラだけが後ろを振り返り、もうもうと砂塵の蠢く基地を見た。
「ジゴー、もしも知っていたらで良いのですが、あの建物、あの魔族の町は何だったのでしょう」
出し抜けに、スラはジゴーへ訊ねた。彼は一瞬スラを振り向き、そして顔を正面に戻す。無視されてしまった、そう思ったが、やがて彼は口を開いた。
「あれは、基地だ。数十年前に、この辺りを開拓するオークを守るため、それから周辺の調査を行うために、オークの兵隊が集められていた場所だ」
「軍事的な、拠点ということでしょうか。人間を滅ぼすための……」
「そのつもりならそうしているだろう。ここはかなり人間の領域に近いからな。でも、別にそんなつもりはない。オークにとって、人間は別に敵じゃない。ただの狼とか猪とかと同じ括りだ」
「じゃあ、何を警戒して……」
「ほかのオークだ。もういいだろう」ジゴーは首を振った。
「いいえ。ならばこそ、必要があるなら、いつかまた、彼らはあの基地を再建して、襲い掛かってくるかも……」
「それはありえません。あの基地は破壊されつくし、なおかつラジュードの汚染に塗れています。あそこは、もう魔族の土地でも、人間の土地でもありません」
突然ウトトの言葉が飛んできた。
スラはもう一度、『基地』を振り返る。もう、二度と再建されない穢土。破壊されつくし汚染されつくした忌地。
――防人の地『旧・第四北東基地ザボロド』特撃完了。
オーク達が、ここから南にある住宅地や、当時周辺を開拓中の民を守るために作ったその基地は、もう二度とその機能を果たさないだろう。誇りも希望も努力も苦労も、全て破壊されつくした。彼らがこの地に戻ってきても、再建する方法は思いつかないだろう。
確かに、怪獣から漏れ出た激しい異臭を放つ泥は、魔族の汚染とはまた違う『破壊』を帯びているとスラは感じていた。
——これが、怪獣のすることだ。
だが、一方でスラは思う。これはきっと、始まりなのだと。
「姫、道が険しい。背負います」ルダンの提案に、黙ってスラは従った。
そうして四人は泥と汚臭に染まった森を歩き、高低差の激しい大地を超え、十メートルほどの高さを持った崖の下に至る。そこで、ジゴーとウトトは足を止めた。ルダンは背負っていた姫を地に下ろす。何事かと近寄ると、ジゴーが理由を説明した。
「今日はここで寝泊まりをする」
「こんなところにか?」ルダンは顔をしかめた。
「当たり前です。もう暗くなりますから」
ウトトは答えた。しかも、寝泊まりとはいえ、周辺に布を渡して天井代わりにしたり、せいぜい石を退かしたりするだけのようだった。彼らは鞄や、そのやや厚手の外套だけで眠ることができるようだった。
「こんなところに姫を寝かせる気か!」
「いいのです、ルダン」スラは首を振った。
「ですが……」
ふかふかなマットレスすらない此処に、いかにして姫を寝かせるべきか。ルダンは困惑した。本人がいい、といっても、承服しかねる。
「お前が地面で眠り、その上にわたしが寝ればいい」
「はい。仰せのままに」
スラはルダンの悩みを察したのか、すぐに解決策を提示した。そんな二人を、ジゴーとウトトは冷ややかな目で見ていた。
「火を焚くと奴らにばれる。これを食ったらもう寝ろ」
ジゴーは鞄から謎の銀色の包みを二つ取り出し、スラに渡した。
「これは?」
「魔族の食べ物だ。乾パン、というか保存食のクラッカーだ……小麦を練って焼いたもの……」
ジゴーは何とかその食べ物の説明をしようとしている。
「大丈夫です。クラッカーはわかります」スラはつい、彼を助ける気持ちでそう言った。
「とにかく、これは人間でも食べられる。別に、食っても死なない」
「でも、これを、魔族が?」
そういいながら、スラは恐る恐る銀色を口に含んだ。すると、慌ててジゴーが手を伸ばす。
「やめろ、それは中を食べるんだ」
「ならそれを先に言え!」ルダンが食って掛かり、それをスラが制する。
「つまりこれは、木の実のようなもの、でしょうか?」
魔界にはこんな植物が? とスラは不思議そうに銀色を眺めまわした。
「違う。中身を作った後、包装したんだ。紙でくるむみたいな……中身を食べろ、外側は、適当に捨てていい。どうせ、そこら中汚れ切ってる」
金属光沢を放ちつつ、まるで布や紙のようにしなやかで薄い、不可思議な包装。しかも、この包装は紐で結んであるわけでもなく、糊か何かでぴたりと密閉されている。開け方もわからない。
助けを求めるようにジゴーを見ると、彼は仕方なく鞄からもう一つ銀の包みを取り出し、それをいとも簡単に破いて見せた。中からは、真っ白な、確かにクラッカーが出てきた。ジゴーは、それを口にし、咀嚼する。食べられる、と言いたいらしい。
そして、スラは改めて、自分の銀の包みに目を落とす。左右に切り込みのようなものが側面についているため、それに指を掛けて引っ張ってみるが、うまくいかない。ルダンを振り見ると、黙って彼女はそれを受け取り、あっさりと引き裂いた。すると、銀の包みの中からばらばらと、砕けた白い何かが降ってきた。あわててスラはそれを手のひらで受け取る。確かに、クッキーの欠片のようなものだった。
「すみません、力加減がわからず……」
ルダンは謝ったが、スラの興味はやはり、その包装と中身にあった。まだ、袋の中に破片がある。
「せめて、お使いください」
ルダンが四つん這いになり、背中を突き出していた。傍には、外套を引いた大きめの石がある。そこに座り、スラは改めて、せめて優雅に食事を摂ることにした。
皿代わりの銀の包装。その上から、クラッカーの破片をつまんで食べてみる。
「……」
まるで味がしなかった。これを魔族が好んで食べているなら、味覚が相当悪いに決まっている。
「おいしくない」
スラは思わずそう独り言つ。
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