第13話 彼女の夢は破壊

「どれくらい寝てた?」


「二時間ほどでしょうか。ラジュードが消えてから、です」


 ジゴーが目を覚ますと、今度こそ瓦礫の上だった。上体をゆっくりと起こす彼を、複雑な表情で見下ろすのはウトト。やってできないことはないだろうが、彼女の腕力で彼を引っ張るよりも、こうして瓦礫を集めて身を隠す、小さな寄る辺を作る方が簡単だった。二人は、瓦礫を寄せて作った壁と、ぼろ布で作った屋根の陰にいた。


「あいつらは?」


 そういいながら、ジゴーはあたりを見渡し、遠くで瓦礫をひっくり返している二人を見つけた。


「なにやってんの」


「コンクリートもアスファルトも珍しいようです。彼らの文明では、コンクリートを作る技術はありません。どんな王宮だって、木や石、漆喰程度です。あと、金属の加工技術も段違いですし」


「なるほど」


 ジゴーは頷き、目を擦った。まだ少し頭がぼーっとしていた。


「ジゴー、起きましたか」


 元気に瓦礫の上を跳ねながらスラが走り寄ってくる。


「これは、何に使う道具ですか」


 走ってきたからか、肩で呼吸し息を弾ませた彼女の手の中に、真鍮を加工した何かがあった。ジゴーは目を細めた。


「それは蛇口だ。捻ると水が出る……いや、今は出ない。それだけじゃ機能しない」


 ジゴーの言われるままに、そのノブ部分をいじり始めたスラへ付け足しながら喋る。


「魔術が切れた、ということでしょうか」


「違う。科学だ。いや、技術というか……」


 魔族のもつ金属加工や上下水道を始めとした建築技術は、科学といっていいものか、ジゴーは迷った。


「魔族は、わたし達よりも優れた技術を持っている、と? 恐ろしい魔術ではなく」


 スラは蛇口をこねくり回しながら言う。


「そうだ。そんなものはない」


「では、あれもでしょうか?」


 スラは遠く、南を指した。真黒な、煙とも雲とも見分けのつかない暗黒の世界。ジゴーは笑った。


「そうだ。魔術じゃない。あの下でたくさんの炉が動いていて、金属を溶かして加工したり、もしくはゴミでも焼いてたりするんだろう」


「まさか。父や先生は、あれで恐ろしい魔術を行い、自分達の生活に都合よく、闇夜を産んでいると聞きました。魔族は日の光に弱いから、ああして自分達の都合のいい世界を作っていると。魔族はああして天気を自在に操る力を持っていて、時に〈オド〉といった、晴天を産み、代わりに大地を焼き尽くす魔術すら持っていると……」


 スラの大真面目な顔に、ジゴーは苦笑いを浮かべた。


「そうかもしれないな。ウトト、次はどこへ行く」スラの問答を無理やり切って、ジゴーはウトトを振り返った。


「食料がほとんどありません。調達してから先に行きたいです」ウトトはつん、とそう言った。


「わかった。いい場所を見かけた」


 ジゴーはさっと立ち上がり、鞄を拾った。話を半端なところで切られ、スラは不満そうに頬を膨らませた。


「待て、どこへ行くのかぐらい教えてほしい」ルダンがウトトの前に立ちはだかった。ウトトよりもルダンのほうが背は高い。それに、騎士として鍛え上げられた彼女の体は、その体格差を強調した。


「どこへ行こうが構わないでしょう」


 ウトトは浅く息を吸ったのち、厳しく言い放つ。そして、その脇を抜けて前に進む。


「いや、ウトト、こっちだ」


 ジゴーは真逆の方向を指す。ウトトは不満げに杖で地面を打ち、


「そうならそうって言ってください」と、漏らし、彼の指す方へ踵を返した。


「話は終わっていない。食料は確かに大事だが、狩りにでも行くのか」ルダンは手を伸ばし、ウトトの肩を掴んだ。


「この辺りにまともな野生動物はいません。食べたとしても、毒があったり、味が悪くとても食べれたものではありません」ぱっと振り返りつつ、ルダンの手を払う。


「では、どうする」


 ルダンは静かに、しかし強く問うた。彼女の背後にはスラがいる。


「決まっていますよ。奪うんです」やれやれ、とウトトは肩を竦める。


「あっちに魔族の集合住宅があった。魔族の家がたくさんある、町のようなものだ。そこに、たくさん食料がため込まれた場所がある。だから、忍び込んで食料を調達する」


 ジゴーは、なんてことない、とでも言いたげな顔をしていた。


「そんな、危険すぎる!」


 ルダンは大声で抗議した。


「嫌ならついてこなければいい」ウトトは冷たく言い放つ。だが、次に口を開いたのはスラだった。


「いいえ、その前に、わたしが訊ねたいことは別です。ウトト、あなたの旅の目的を教えてください」


 スラの言葉に、ウトトはしばし、目を丸くして硬直した。だが、よく見ると、彼女の杖を握る手が震えていた。加えて、感情の見えないジゴーですら、どこか不安そうにウトトへ視線を送っている。無視でもされるかと思われたが、やがてウトトは口を開いた。


「……わたし達は、今や魔界の中に没した、わたしの一族の故郷〈光の大地〉を探しています」


「光の大地?」


 スラは思わず首を傾げた。王宮の図書館の本はすべて目を通し、誰よりもこの国の土地や風習には詳しいつもりだったが、聞いたことがない地名だった。また、光っている土地なども知らない。


「わたしは、それを見つけ、そして……」


 ウトトは顔を上げ、ジゴーを指した。


「彼に、化学怪獣ラジュードの力で、徹底的に破壊し、光の土地を葬ること。そのために旅をしています」


「葬る?」それはスラではなくルダンの口から漏れた言葉だった。


「はい。葬るのです」ウトトはもう一度、はっきりと己の旅の目的を告げた、


「そこに、あなたの親族を招くとか、あなただけでも暮らすとか、そういうわけでもなく……」スラもまた、疑問を口にした。


「違います。二度と人も魔族も住めないよう、徹底的に破壊して、汚染しつくす。それが、わたしの旅の目的なのです」


 ウトトは澱みなくそう答えた。

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