第10話 上映中です、お静かに

〈怪獣壊演〉


 五十ヘクタールに渡って並ぶ、高さ二十メートルから三十メートルの建物群。兵舎、倉庫、指揮所などの建物と、広い広い飛行場を、怪獣は一望していた。


 これは、魔族達の軍事基地であった。彼らの言語の意味するところでは、第四北東基地。三十年前に建造された、新天地調査のために作られた基地である。


 各地より集められた兵や民が、この新天地で斧や鋤を持ち、この地を拓いた。そのあとは、ここを中心にして以南にたくさんの住宅地や工場が生まれた。


 だが、それも数日前の話。突如として現れた怪獣により、倉庫にいたドラゴン十体も、オーク四千、ゴブリン五百、トロール百、合計五千ほどの兵達も、そのほとんどが死滅した。


 それが、今の防人の地『旧・第四北東基地ザボロド』


 そんな、すでに死んだ土地の上に、怪獣は二度目の到来を果たした。怪獣は過去に何度も現れているが、同じ土地にもう一度現れるなどは例のないことである。


 魔族の基地のど真ん中に現れた怪獣は、すでに半壊した、膝下ぐらいまでしかない建物を丁寧に破壊した。


 怪獣の脚先には獣然とした鉤状の爪が生えていて、これがコンクリートだろうが鉄筋だろうがお構いなしに、それらを切断して踏み潰す。それが、計四本。建物の屋上の縁に引っかかっては、その壁面に沿ってバリバリとそれらを咀嚼して、粉砕する。


 そして、怪獣が脚を持ち上げると、掠めた建物はたまらず破片になって飛び散り上空五十メートルほどにまで打ちあがり、そして弧を描いて大地に降り注ぐ。


 これを繰り返すうち、否、大地はそもそも、体重四万トンの怪獣の引き起こす地震の繰り返し耐えきれず、どんどん勝手に潰れていく。あたりには、それらが巻き起こした粉塵が薄い雲のように広がっていき、まるで基地全体が汚い泥色の雲に包まれたようになる。


 その粉塵の雲は、繰り返される怪獣の移動によって攪拌され、上空三十メートルほどを巻き込んで広がっていた。そうして広がった汚れた雲を、怪獣はさらに引き裂いて歩いた。もはや足元の廃墟など目に入らない。ただひたすら、完膚なきまでの破壊を達成するため、基地を執拗に練り歩き、尾を振って平らにした。その尾もまた長大で、怪獣の全高よりも長い。そして、引き摺るだけで周囲を食らう脅威でもあった。


 粉塵の雲の上、赤い陽光の中、暗黒のシルエットだけを見せるそれは、あまりにも不気味であった。怪獣は直立していて、ともすれば人間にも似た影を持っていたかもしれないが、馬のように長い首と、蜥蜴のような頭がそれをすぐに否定した。しかも、その表面は鱗のようなつるつるしたもので全身を覆うことはなく、雨に濡れた岩肌に似ている。そして何より、背から肩、尾の先に至るまで、長い棘がびっしりと生えていた。


 指先には、長い長い爪も生えていて、全長を八十メートルとすると、二十メートル近い。何に使うのかも知れない。つまり、怪獣とは、生物や魔族のように、生きるために作られた形をしていないのだ。


 *


「あれが、怪獣……」


 基地の範囲から、大急ぎで逃げ遂せた人影があった。旅の魔女ウトトと、イヴァント王国の姫スラ、護衛女騎士ルダンであった。


 魔族の森林伐採や汚染された泥土の放棄、或いは排水によって周辺の植物はほとんどが枯れ切っていたがその中に小高い岩山を見つけ、一行はその陰にいた。否、ウトトを除いて、である。スラとルダンはそこから顔を出し、破壊の限りを尽くす怪獣の背を見つめていた。


「話には聞いていましたが、あんな形をしているとは……」


 スラも独り言つ。王国でも、その存在は度々話題になっていた。魔族の領地を荒らす謎の怪物。魔族が用いた大魔術〈オド〉すら跳ね返すという脅威の存在。


一方のウトトは澄まし顔で、しかし走って疲れたのか、黙って鞄から山羊の革の袋を取り出し、そこから水を飲んでいた。


 怪獣はずっと、ただひたすらに基地を練り歩き、そして宣言通りあの周辺を練り潰す気概のようだった。そう、『宣言通り』に、である。


「あの、ウトト……一つ聞きたいのだが」


 ルダンは唾を呑んだ。一瞬迷いが生じる。だが、問わずにはいられない。


「あれは、ジゴーなのか」


「そうだ。あれは、ジゴーだ」


 ウトトも少しは隠すのかと思われたが、あっさりと白状した。


「そんな、魔界で破壊を尽くすあの怪獣が、人間だというのか……」


 ルダンは目を丸くしていた。スラもまた、目を見開いて遠くで暴れる怪獣を見た。


「それか、怪獣が人間の振りをしているのか」


 スラはどこか冷たく言う。はっとしてルダンはスラを見た。彼女の口元はキュッと結ばれていて、その発言の真意は嘲りにあるのか、心底そう思っているのか、単なる問なのか戯れなのかわからなかった。ただ、どこかむっとしたようにウトトは答えた。


「わたしからすれば、お前達も十分、似たようなものだ。むしろ、怪獣のほうが清々する。あれの行動原理は単純で美しい。人の意など介さず、己のままに破壊をするのだ」


「いいえ。ウトトこそ間違っています」


「何?」


 スラに否定され、ウトトは身を乗り出した。


「わたしは、ああやって魔族の土地を侵し、蹂躙しつくす怪獣のことを、ずっとお慕いしていました」


「はあ?」


 ウトトの言葉が尖る。


「ウトトは、怪獣を悪しきものと見ているようです。でなければ、怪獣をわたしと似たようなものとは指さないでしょう」


「この、言葉の綾だ! お前たちに合わせてやったというに、この!」


 ウトトは杖を振り回そうとしたが、その前にルダンが前に立った。


「どけ!」


「いいえ。ウトトのためにもそれは出来ません。ウトトが姫との約を果たすために必要なことで。わたしの命もまた、あなたの手の中です」


「ぎいいいいぃっ」


 ウトトは唸り、声を上げた。


「ジゴー! こっち、こいつらを殺せ!」ウトトは声を張った。


「聞こえていないでしょう」


 今度こそ嘲るようにスラは言った。


「それに、あなたもおっしゃったではないですか。己のままに破壊をする。人の意など介さない」


 怪獣はずっと、ウトトなどには目もくれず、遠くずるずると這うように、練るように、魔族の基地を蹂躙し続けた。ついに巻き上がった粉塵は、地上六十メートルにも達し、怪獣の肩を撫でるほど。それを吹き飛ばすように、怪獣は大いに吼えた。


「あれは、化学怪獣ラジュードだ」


 出し抜けに、ウトトは言った。瞬間、二人は不思議そうに振り返った。それに対し、ウトトはふん、と鼻を鳴らした。


「教えたのだから、忘れるな。お前達がわたし達に付きまとうなら。ジゴーが本当にへそを曲げるのは、あれの呼び方を間違えた時だ」


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ここまで読んでいただき誠にありがとうございます!


まだちゃんと続きがありますので、このままお読みいただいてもうれしいのですが、ぜひコメントで感想などなど残していただけるととても励みになります!


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