第7話 というわけで、代わりに女騎士が脱ぐ

「断ります」


 ウトトはそう言って、杖を地面に突く。


「先に言った通り、お前達のことは、いつでも滅ぼせます。でもそうしないのは戯れです。その呪いもそう。お前があまりにも滑稽だから、すぐに殺さず呪いを掛けたまで。調子に乗るな」


 そう言って、スラの首筋を杖で指す。


「ですが、わたしだって、命を差し出しました。約束もしたでしょう。あなた様には、わたしの傍にいて、使命を果たしたその時に殺していただきたいのです」


 そう言って、姫は無能の横腹を蹴り、そして改めてウトトの足元に着く。


「お願いです、魔女様。あなたの手の内にある命を、わたしの人生の絶頂である、婚姻の済んだその日に、奪ってほしいのです。それとも、魔女様は嘘つきですか? 使命を果たす前に殺したり、もしくは果たした後も延々と、わたしを生かしたりするおつもりですか」


 その言葉に、ウトトは困惑した。目の前に跪く、頬を紅潮させ目に涙を浮かべる子供に、なんと声を掛けたらいいかわからなかった。


「わたしを殺したらその呪いはすぐに棘の形になる。旅を共にし、寝首を欠こうとしても無駄です」


「滅相もございません。すでに、命を売った身ですから。魔女様のお考えはわかりませんが、王族は嘘をつきません」どこか恍惚した表情で姫はウトトを見つめる。


「こいつ……」ウトトの声からストレスがはみ出た。彼女の眉間が何度も引きつる。


「あ、あの、じ、ジゴー! そう、ジゴーはどう思う?」困惑して、ついにウトトはジゴーに意見を求めた。表情もすっかり困り顔。それを隠す余裕もないようだった。


「知らん。困るなら、今すぐ殺せ」ジゴーは退屈そうに欠伸をする。


「もう……」


 ウトトは困惑していた。呪いなど、先を考えて掛けたものではない。あまりにも惨めだから興が乗ってしまっただけである。てっきり、呪いを掛けた後は、気が向いたときに殺してやろう、ぐらいにしか考えていなかったのだ。それなのに、改めてこんな風にいわれては、反故にすることなどできない。実に浅薄なことをしたと、今更ながらに後悔した。


 ウトトは、つい口から漏れそうになった、どうしよう、という情けない心の声を何とか飲み込んだ。


「どうしよう」ところが、うっかり出てしまった。それほどまでにウトトは追い込まれていた。ジゴーのため息がまた、ウトトを煽る。ウトトの首筋を嫌な汗が伝っていく。


「……お前は、怖くないのか」


 そうして彼女から絞り出された問いは、あまりにも奇妙だった。それは、すでに生き死にが決まった少女が、あまりにも気丈に、死に向かって生きようとしていることへの疑問だった。


「本来なら、怖いです。でも、それは当たり前ことです。永遠のものなどなく、人は必ず死にます」


 自分よりも幼い彼女は、しかしてはっきりとそう言い切った。ジゴーが乾いた笑いを浮かべるのを、ウトトは感じた。それが彼女の胸をかき乱す。


「ですが、それでも恐ろしくないのは、わたしが死なないからです」


 その言葉にジゴーは眉を顰めた。


「何故か。それは、わたしには役目があるからです。役目に真摯なものは、生きることを諦めません。役目だけが、人の命を長らえさせる。役目を果たすためなら、人は友を裏切り悪魔に魂を売るでしょう。そうして命を長らえ、恐怖を遠ざける。先に見える死にも立ち向かえる。わたしには、イヴァントを支え、国内外の厄災を退けるという使命があります。それが、わたしを、殺させはしないのです」


 ウトトは思わずジゴーを振り見た。しかし、そんなこと知らずにスラは続ける。


「わたしはなんとしてでも使命のために生き続けます。そして、使命と共にある限り、わたしに死の恐怖は通用しない。折れも砕けもいたしません。当然、それでも不死には至れません。ですが、それでも、この一時、使命を追い続ける間だけ、わたしは泡沫の夢がみたいのです」


 その言葉は、全く無関係なジゴーの眉を顰めさせた。


「王族として、否、一人の人として。終わりと共にあるものとして、誇り高く、使命を果たし、あなたとの約束を守って、人生の絶頂で息絶える。あなたと出会い、それが、わたしの役目と知りました。どうか、わたしが婚姻を結ぶその日まで、わたしをお守りください」


「……断る。わたしに益が一つもない。お前を殺すのは、そうだな、気分だ。しかし、一応、約を違えないよう、お前の国のことは少し気にしてやろう。お前がデギドの王子と結婚したと聞いたとき、お前を呪いが貫こう」


「でも、それでは……」


「わたしからも頼みたい!」


 それは、ルダンの声だった。


「姫の願いを聞いてほしい。命令でもあるが、その通りに、わたしの持てるもの、すべてをお前に捧げる。だから、頼む。姫の願いを聞いて、守ってほしい」


 ウトトもジゴーも姫の言葉ばっかり気にしていたため、何の気なしにルダンを見た。故に、そこにいた彼女の姿に思わず驚いた。


 ——ルダンが服を全て脱いで立っていた。


下着の類まで全て脱ぎ棄てていて、騎士として十七年間の絶え間なく鍛えられた、女にしては骨に筋肉の乗った四肢と、それでもなお拭いきれない、女性らしく柔らかな脂肪が詰まった胸や腰。そして髪すら解いてそこに彼女は立っていた。日焼けもなく、ただ真っ白な肌が、魔界の赤い怪光に染まって、妙に艶めかしい。


「な、お前! 何をしている! あ、こら、ジゴーは見るな! 変態!」


 ウトトは慌ててジゴーへ、まるで体当たりをするように彼を突き飛ばした。あぶ、とジゴーは変な悲鳴を上げて倒れた。


「なんなんだ、お前らは! 王族はみんなそうなのか!」


 今や、ウトトのほうが顔を耳まで真っ赤にしていた。


「姫に、倣ったまで、だ。もし、靴、を舐めろと、いうならそうする」


 ルダンは堂々とそう言いたかったが、言葉だけはたどたどしい。前線に出される兵士ならともかく、ルダンは由緒正しい王宮を守る騎士を務めてきた貴族の家の出。やはり彼女も、男どころか侍女以外のものに肌を晒す機会すらなかったのだ。


「おのれ、穢れた一族どもめ! どこまでも蛮族だ! 服を着ろ! 急に脱ぐな! お前らみたいな奴らに、なんで……」


 ウトトは吼えた。だが、それ以上は何もできず、ルダン以上に拳を震わせたまま硬直した。


「わたしには、もうあなたしか縋るものがないのです」


 スラはさらに身を縮め、より低い位置からウトトに懇願した。ウトトは視線を切って、そっぽを向いた。


「わたしからも……」


「く、どいつもこいつも……」ウトトの目が泳ぐ。だが、彼女に決断は出来なかった。否、したくなかったし、するわけにはいかない。どんな理由がつけられようとも、自分が結局、王族の言う通りになるなど、あってはならないのだ。


「ああああ! もう、面倒くせえ!」


 ウトトに突き飛ばされ、しばし不貞腐れたように地面に座っていたジゴーは、背を向けたまま立ち上がった。


「全部、ぶっ壊せばいいんだろう、もういい、終わらせる。次のシーンに移ろう。いいな、ウトト」


「ジゴー! ちょっとそれは……」ウトトは慌てて彼を向く。


 ジゴーは黙って外套の内で何かを取り出そうとごそごそやっていたが、その時、全く別の異変が形と衝撃を伴って現れた。


ジゴーが向いていた方の壁の一部が粉砕され、一体のトロールが現れた。四メートルを超す大きな体に、革の鎧は最低限。筋肉の塊である腕も足も覆うものはなく、その皮膚だけで構わない、という様態だった。ただ、囂々と筋肉のついた腕と、その先についた膨れた手には、コンクリートを加工した棍棒を持っている。


『■■■■■■■■・■■■■■■(すでに攻撃許可は下りている。各自の判断で攻撃せよ)』


 トロールの兵の胸元の通信機が静かに喋る。彼らの言葉だが、ウトトにはその意味が理解できた。


『■■■■■・■■■■・■■■■■(これは狩りである。繰り返す、これは、狩りである)』


 ジゴーは素早く、捨て置いていた鞄から短剣を取り出し、構える。だが、ウトトは慌ててジゴーの服を引っ張った。


「まだ包囲されていない。こいつだけ先走ったみたい」


「そうか。なら、とりあえず距離を取ろう。高いところに出て、逃げ道を探す」


 ジゴーはぱっと振り返ると一目散に逃げだした。当然ウトトもそれに続く。


「ルダン」スラは彼女の名前だけを唱え、指示を出した。ルダンはいつの間にか服を着直していて、スラに向かって頷いた。


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