6(魔女の秘密)

 ある日の休日、わたしは友達といっしょにデパートまで遊びに出かけた。

 家からは少し遠出したところにある、駅前のデパートだった。古くて、大きくて、歴史があって、それからおしゃれ。周辺一帯は繁華街になっていて、当然だけど人通りも多い。

 いっしょの友達というのは、学校でよくいっしょにいる五人だった。前日の会話で、一人がちょっとした買い物があるのがわかって、みんなでそれにつきあうことになったのだ。

 当日は昼間、現地の駅前で集合して、デパートまで歩いていった。それぞれの私服についての講評やら、通りのウィンドーショッピングやらを行いつつ、女子高生らしい賑やかさで目的地に向かう。

 メインの買い物をすませてしまうと、デパートの店を冷やかして歩いた。お金なんてそんなに持っているわけじゃないし、見るだけだ。いくら世の中が世知辛いといったって、それだけで金品を要求したりはしない。

 有名ブランドの服や、高級コスメなんかを横目で眺めつつ、心の涵養をはかってみる。どこかのキツネとは違って、手の届かないブドウはそれほどすっぱそうには見えなかった。

 それから、地下の食品売り場を散策する。絵に描いたのが餅に変わっただけみたいではあったけど、絵にだっていろいろな種類は必要だ。

 お弁当やお惣菜やパンやお菓子、むやみと食欲を刺激するフロアを歩いているとき、ふとケーキショップの前で足がとまった。

 ガラスケースの中には、いろんなスイーツが澄まし顔で並んでいる。定番のショートケーキやロールケーキ、シュークリームやエクレールといったお菓子のほかに、小さなおもちゃ箱みたいな、一口サイズのタルトなんかも陳列されていた。

 そのタルトを見たとき、わたしはふと椎屋さんがいつも出してくれるお菓子のことを思い出していた。まったくのところ椎屋さんの作ったお菓子がここに並んでいたって、何の遜色もなかっただろうと思う。わたしはあらためて感心しなおしていた。

「どうかした、清美?」

 そんなわたしに向かって、一人が訊ねてくる。

「あ、うん――」

 わたしの隣に立って、その子は貪欲な商人みたいな目でガラスケースを眺める。もちろん、その子が椎屋さんのことを考えているわけはない。

「もしかして、三時のおやつでも食べたくなった?」

「まあ、そんなとこ」

 あたりまえだけど、椎屋さんのことを説明したってしかたがない。

「じゃあさ、私はそこにあるオレンジのムースケーキがいいかな」

「いいよ――隣にあるレアチーズを奢ってくれたらね」

 わたしはにこやかに返事した。

「……そっちのほうが高いんだけど」

「損な取り引きはしない主義だから」

「世知辛いなぁ」

 そんなたわいのないやりとりをしながら、わたしたちはデパートをあとにした。やっぱりそこは、一介の女子高生にとって分相応な場所とは言いがたかった。あんまり長居したところで、得られるものが多いとはいえない。

 もうちょっと身の丈にあったお店を探そうかと、わたしたちは駅前のアーケードにある商店街を目指すことにした。そこなら、もう少しお手頃価格の品物が見つかるかもしれない。

 休日のこの時間帯、大通りはなかなかの人で賑わっていた。若者やお年寄り、派手な格好の人やスーツ姿の人、友達と連れだって歩く人(わたしたちもそうだけど)や家族らしい子供連れの人。

 春の真ん中みたいな陽気が、世界を覆っていた。さすがにまだ半袖になるのは早いけど、そんな日が遠くないのを予感させる一日ではある。

 そうやってわたしたちが歩いている途中、ふとある人に視線がとまった。

 別に、おかしな人というわけじゃない。ちょうど大きなビルから出てきたところで、きちんとしたスーツを身につけている。より、もう少し立派なくらいかもしれない。特に急いでいるわけでもなく、ことさらゆっくりにでもなく、その人はタクシー乗り場のほうへわたしたちの前を横切っていく。

 それがおかしかったのは、それがおかしくないということだった。

 ――何しろ、その人は椎屋さんだったから。

 はじめは、それが志仄さんのうちのお手伝いさんだとは、まるでわからなかった。どう見てもそれは、別人にしか見えなかったから。口元の特徴的な黒子がなかったら、やっぱり信じられなかったと思う。

 椎屋さんといえば、煮ても焼いても、蒸しても茹でても食べられないみたいな、そんなイメージの人だった。白雪姫に紐や櫛やリンゴを売りにきた、おばあさんみたいに。でもその椎屋さんは全然そうじゃなくて、身なりや態度もそつがなくて、むしろ有能で親切そうにさえ見えてしまうのだった。

 だからわたしは、その人が同一人物なんだということを、なかなか納得することができなかった。どう見ても長さの違う棒線が、ぴったり一致してしまうみたいに。

 結局、椎屋さんは(たぶん)わたしのことには気づかず、ちょうどやって来たタクシーに乗ってどこかへ行ってしまった。あとには何の痕跡もなくて、そこだけはいつもの椎屋さんと同じだった。

 わたしはしばらくのあいだ思考停止で、身体だけが勝手に動いている状態だった。

「どうかした?」

 不審に思ったらしい友達が、そう話しかけてくる。でもわたしは歯車の切れた時計みたいに、「何でもない」と答えるのが精一杯だった。


 ――次の日、志仄さんの家を訪ねたわたしを出迎えてくれたのは、椎屋さんだった。

 それはいつも通りの無愛想な椎屋さんで、わたしはますますよくわからなくなってしまった。

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