ダブルソード 第一章 ～銀髪の剣士編～

第13話 出発の朝

「ん……」

翌朝、和哉は鳥たちの鳴き声で目を覚ました。

窓の外に目をやると、小鳥たちが朝の光の中で戯れて遊んでいるのが見えた。

「ん～～～」

大きく伸びをしてベッドを抜け出し窓辺に歩み寄った和哉は、窓を開け放ち外の空気を吸い込んだ。

少し気だるさが残ってはいるものの、肩の痛みも全く無く気分は爽快だった。

ひんやりとした空気が和哉の頬を撫でていく。

ふと視線を上げると空は雲一つなく晴れ渡っていた。

どこまでも広がる澄んだ青空を見上げながら、和哉は昨日の事を思い返してみる。

（まさかこんな事になるなんて……）

正直まだ信じられない気分だった。

（本当に夢じゃないのかな？）

そう思いながら和哉は自分の頬を抓ってみたが、ちゃんと痛みを感じて現実なのだと実感した。

これからギルランスと組んで冒険者になれるのだ――そう思うと嬉しくて仕方がなかった。

自然と頬が緩んで来てしまい、一人ニヤついていた和哉だったが、ふと我に返り、自分の姿を見下ろしてみた。

昨日まで布団の中にいたため、意識していなかったが……怪我の治療で上半身裸のうえに、下はヨレヨレの袴を身に着けている――しかも、袴は腰のサイドが大きく開いているので、上衣が無いと横から下穿きも丸見えなのだ。

（うっわ……こんな恰好じゃ外にも出られないなぁ……どうしよう……）

そんな事を考えていると、部屋のドアが開き後ろから声を掛けられた。

「起きてたか」

振り返るとそこにはギルランスが朝食が乗っていると思われるトレーを持って立っていた。

「あ、ギル！おはよう！」

和哉は満面の笑みで声を掛けた。

だが、何故かギルランスは一瞬目を見開き固まった後、すぐに今度は眩しそうに目を細めたかと思うと、ぶっきらぼうに「おう」と短く返事をしながらフイと顔を逸らしてしまった。

（あれ？どうしたんだろ？）

不思議に思い首を傾げる和哉に目を向ける事無く、ギルランスはスタスタと歩いてきてテーブルの上にトレーを置きながらボソリと呟いた。

「……すげぇ恰好だな……」

その言葉を受け、和哉はやっと彼の変な態度に納得した。

（ですよねぇ～……そりゃ、目も背けたくなるよな……）

和哉は苦笑いを浮かべつつ、どこか居心地悪そうにしているギルランスへ聞いてみる。

「そういえば――ギル、僕の服知らない？」

「――あ？ああ……あの血まみれのぼろ雑巾みたいなやつか？一応洗濯してそこに置いてあるが……まぁ……あれだ……」

なにやら歯切れの悪い口調でサイドテーブルを指差すギルランスにつられてそちらに目を向けると、そこには綺麗に畳まれた和哉の服が置いてあった。

「洗ってくれたんだ！？ありがとう！」

和哉は洗濯をしてもらった事に感謝しつつサイドテーブルの上の服を手に取り広げてみる。

それは確かに洗濯済みなのだが落としきれなかった血のシミが残っていた――だが、それ以前に問題なのは、あの時、怪物の爪に切り裂かれた所為でズタズタに破れていて、それはもはやただの布切れのような状態だったのだ。

（……うん……確かにこれはぼろ雑巾だ……）

「う～ん……これじゃもう着れないよね？」

和哉は苦笑しながらギルランスに向き直り、服の切れ端をヒラヒラと振って見せた。すると、漸くこちらに目を向けたギルランスはそんな和哉につられるように苦笑いを浮かべた後、申し訳なさそうな表情をみせた。

「……悪（わり）いな……俺を庇ったせいでそんなんなっちまって……お前、それしか着るもんねぇだろ？……で、新調しようとも思ったんだが……」

そこまで言って言葉を濁す。

「――けど？」

和哉が続きを促すと、ギルランスはバツが悪そうな顔で頭を掻いて言い難そうに続けた。

「…………金が無ぇ」

「――！？」

「……長引いた宿代とアミリアに治療費をしこたまふんだくられて……すっからかんだ」

それを聞いて和哉はサアッと血の気が引いていくのが分かった――そう、全ては自分が怪我を負ってしまったせいなのだ。

「ぼ、僕のせいじゃん！ごめんなさい！！！」

謝りながら勢いよく頭を下げる和哉にギルランスは慌てて否定する。

「い、いや！お前のせいじゃねぇっつったろ！？ この前も言ったが、今回の事は俺の油断が原因なんだ、お前が気にする事じゃない！」

そう言って、ギルランスは徐に自分の荷物袋をゴソゴソと漁ったかと思うと、中から取り出した物を和哉に手渡してきた。

「とりあえずこれで許せ――いつまでもそんな恰好されてたんじゃじゃこっちも困るしな」

「これは……？」

それは、少し使い古された感はあるものの、綺麗に洗濯をされた服一式だった。

白いシャツに黒いズボン、それからフードの付いたモスグリーンのコートだ――どれもシンプルで動きやすそうなデザインの物だった 。

「俺が昔使ってたやつだ――サイズが合うか分かんねぇし、俺の使い古しだが我慢してくれ」

「え！？ギルの使ってたやつ！？」

和哉は思わず目を丸くしてしまった。

（それって……つまりギルが今まで着てた服って事だよね？）

まさか推しキャラの私物を譲ってもらえるとは思っていなかったのだ――和哉にとってそれは『サッカー少年にとってのＪリーガーのユニフォーム』であり、『アイドル好きの女子にとっての推しメングッズ』に等しかった。

「嬉しい……本当にいいの！？」

予想外の出来事に驚きながらも、憧れの勇者が着ていた服を手にした和哉は、興奮を抑えきれず声が上ずってしまった。

そんな和哉の様子にギルランスは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに苦笑いを零す。

「……気にすんな……使ってくれるなら本望だ」

（うひゃぁ～！！）

和哉は満面の笑みで「ありがとう！」と礼を伝えると、逸る気持ちのまま早速着替えようと袴の腰ひもをシュルリと解いた――その時だった、慌てたようなギルランスの声によって和哉の動きがピタリと止まる。

「お、おいちょっと待て！」

何事かと驚き振り返る和哉に、ギルランスはどこか困惑したような表情で続けた。

「あー、あれだ、俺は廊下にいるから着替え終わったら声をかけろ」

そう言うとそそくさと部屋から出て行ってしまった。

（え？なんで出て行っちゃうんだろ？）

訳が分からず首を捻りながらも和哉は着替えを済ませる――袖を通してみた感じ、自分にはやはり少し大きいようだった。

まずはズボン丈だ。

ギルランスの足が長いのか和哉の足が短いのか……とにかく裾が余り過ぎて引き摺りそうなほどだった。

（くそぅ！脚長さんめ！僕だってもうちょっと身長が伸びれば……）

などと、心の中で毒づきながら、和哉はズボンの裾を折り曲げる。

そしてシャツや上着もまた然りで、袖丈もさることながら全体的にダブついていてしまっていた。

だがしかし、和哉にとってはそんな事は些細な問題でしかなかった――そう、何と言ってもこれは『推しキャラの服』なのだからだ！

とは言え、自分の貧弱な体格を思い知らされるのも事実である。

（僕ももっと鍛えないとダメだなぁ、筋トレとかしたほうがいいよな？）

少しでもこの服の主である『勇者』に近づけるよう――そして何より、自信をもって彼の横に立てるくらい強い男にならなければと、一人 ひっそりと決意を固める和哉だった。

「ギル～、着替え終わったよ～！」

少し長い袖を捲くり上げながら和哉が部屋の外へと声を掛けると、すぐに扉が開き、ギルランスが部屋へと入って来た。

彼は和哉の上から下まで視線を走らせると、少し申し訳なさそう顔を見せる。

「……わりぃ、やっぱ、ちっとデカかったみたいだな」

「ううん！大丈夫だよ！これぐらいの方が動きやすいしね！」

そう言って和哉が元気よくブンブンと腕を振って見せると、それが滑稽に見えたのか、彼はクツリと喉を鳴らして笑みを零した。

（あ、笑った）

今日はまだ彼の笑顔を（苦笑い以外）一度も見ていなかった事に気付き、和哉は嬉しくなる。

いつも険しい顔をしている事が多いギルランスが、ふとした時に見せる柔らかな笑顔はとても優しげなのだ――和哉はその笑顔が自分だけに向けられていると思うとなんだか胸の奥が温かくなってくるのを感じた。

（なんかいいなぁ、こういうの）

ついつい顔がニヤけてしまう和哉だった。

その様子を不審に思ったのか、ギルランスは少し怪訝な顔をして覗き込んで来た。

「どうした？変な顔して？」

「い、いや……そ、そういえば冒険者ってどうすればなれるのかなって思ってさ！」

慌てて話題を変える和哉の態度にギルランスは訝しげな表情を浮かべつつも、その問いかけに答えてくれる。

「ん？あぁ……じゃあ、朝飯食いながら説明するか」

言いながらギルランスが指さした先のテーブルの上には、もうすっかり冷めてしまった朝食が並んでいた。

二人同時に苦笑いしながら席に着き、和哉は「いただきます」と匙を手に取る。

「おう、食いながらでいいから聞いてくれ」

ギルランスの言葉に頷いて答えると、彼は早速説明を始めた。

ギルランス曰く――冒険者になるためには、まず冒険者ギルドという所に行って登録する必要があるらしい。

登録が済めば晴れて冒険者となり、ギルド等でいろいろな依頼を受ける事が出来るようになるとの事だった。

依頼には討伐系や採取系など様々なものがあり、報酬を受け取るにはその都度受付で手続きが必要になるのだそうだ。

依頼内容はC～SSまでランク分けされていて、それぞれの難易度に応じた報酬金額が設定されているらしい。

因みに、ギルドはどこの町や村にでもあるわけではなく、ある程度大きな街にしか無いという事だった。

ここから一番近い所が、当初からの目的地である王都『アドラ』にあるため予定通りその街へ向かう事となった。

そこでまずは冒険者として登録して、活動しながら今後の資金を貯める事にするようだ。

＊＊＊＊

朝食を済ませた二人は、準備を終えるとさっそく出発する事にした。

部屋を出て宿屋の入口へと向かうと、そこには宿の女将が笑顔で待ち構えていた。

「あんた達、これから旅立つのかい？」

そんな女将の声に、ギルランスはいつもの無愛想顔で「ああ」とだけ言ってさっさと行ってしまったのだが、和哉は自分が怪我をしたとき世話になった事を思い出し、足を止め女将に深々と頭を下げた。

「はい！お世話になりました」

「そうかい……寂しくなるねぇ……あんたら、うまくやってくんだよ！せっかく良い仲になったんだからさ！」

「――え？な、なんの事ですか？」

（なんだ？急に何を言い出すんだ？この人……僕が男だってもう知ってるよね？）

怪我の治療中、上半身裸だった和哉の姿を女将は何度も見て知っているはずなので、もう二人がカップルだという誤解は解けているはずなのだが……。

キョトンとした顔で和哉が問いかけると、彼女はニヤッと意味深な笑みを浮かべた。

「またまたぁ～！とぼけちゃってぇ～！ほら、これ持っていきな、アタシからの餞別だよ！」

そう言いながら差し出してきた物は、何かの小瓶だった。

受け取ってみると、中には透明な液体が入っているようだが……水にしては粘度があるような感じだ。

「これは？」

和哉が手にした瓶を観察しながら聞くと、女将はニヤニヤしながらそっと耳打ちしてきた。

「潤滑油だよ――男ならコレがないと始まらないからね（笑）」

（へ？？）

彼女の言っている意味が分からず呆然としている和哉に、女将は少し驚いたような顔をした後またニヤリと笑った。

「なんだい、まだだったのかい！？――まぁ、いずれは必要になるだろうから、持っていきな！」

「――え、あ、はい……ありがとうございます？」

グイグイと瓶を押し付けてくる女将の圧に、思わず礼を述べる和哉だったが、まだ頭の中が混乱していて女将の言葉の意味を理解する事が出来ない。

（え？ 潤滑油？必要になるってなに？？）

女将の言っている意味は一ミリも分からなかったが、和哉は首を傾げつつもそれを懐に入れ、そのまま出発しようとすると、最後に女将から声を掛けられた。

「いいかい？ 二人とも初めてなんだろう？ 最初は大変だと思うけど頑張りなよ！ アッハッハ！」

（――だから、何なんだよ！？）

またもや意味不明の事を言われ、更に混乱して頭を捻る和哉に、既に宿の入口を出て待っているギルランスが扉の外から声をかけてきた。

「カズヤ、何してんだ！ 置いてくぞ！！」

「あっ！ ごめん！ 今行く！」

和哉は女将にペコリと頭を下げ慌ててギルランスの後を追っていった。

「いや～、初々しいねぇ！ おまけにどっちも男前だってんだから……いい絵面じゃないか！眼福、眼福♪」

二人を見送った女将は一人、嬉しそうに呟くのだったが、当然ながら和哉たちがそれに気付く事はなかった。

＊＊＊＊

宿を出た二人は、ルカの待つ厩舎へと向かっていたのだが、その途中ギルランスが「見て驚くなよ」と意味深な事を言いながらニヤリと笑って見せた――どうやら何か秘密があるようだ。

一体何があるのだろうと和哉がワクワクしながら付いて行くと、なんと、ルカが馬車を引いて二人を待つ姿がそこにあった。

「うわ～！ 馬車だ！！」

思わず和哉が驚きの声を上げると、ルカはどこか得意気にブルルッと鼻を鳴らした。その様子を見てギルランスも満足そうに頷く。

その馬車は二輪式の二人乗り用で、前向きの座面に折り畳みの幌が付き、後ろには荷物を置いたりする事が出来る台が付いている、いわゆるカブリオレ型だ。

どことなく日本の人力車を思わせるデザインで、馬一頭で引くのに適した小ぶりなサイズなので、これならルカも難なく引いていく事が出来るだろう。

「すごい！！どうしたんだよこれ？――ってか、ギル『お金ない』って言ってなかったっけ？」

和哉は馬車へと駆け寄り、まるで新しいおもちゃを買い与えられた子供の様にペタペタとそれを触りながら興奮気味にギルランスへと話し掛ける。

「この前の魔獣から村を守ったお礼とやらで、ここの村人たちがくれたんだよ」

「えっ！？じゃあ、僕達のために？」

「ああ、最初は断ったんだが、『どうしても』ってな……だからありがたく貰うことにした」

確かにあの怪物から救ったとはいえ、それで村人全員の命が助かったわけではないだろう。

それでもこうして感謝の気持ちを伝えてくれた事に対し、和哉は嬉しくなった。

「そっか……じゃあ、大切に使わせて貰おうね！」

「ああ、そうだな――」

和哉の言葉に頷いた後、ギルランスはニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべながら言葉を続けた。

「――まぁ、これでお前も移動の度にギャーギャー喚かなくて済むしな」

その言葉に和哉は思わずウッと言葉に詰まる。

「なっ！ あれは別に騒いでたわけじゃ……初めて馬に乗ったんだからしょうがないだろ！」

「分かった分かった」

必死に言い訳と反論をするが軽くあしらわれてしまい、和哉は悔しさを覚えつつもそれ以上何も言えずにただムッとした顔で睨みつける事しかできなかった。

そんな和哉の様子にクスリと笑った後、ギルランスは改めて表情を引き締め、真剣な眼差しを向けてきた。

「さて――そろそろ行くか……」

「うん、そうだね」

二人は頷き合うと、馬車に乗り込み、王都『アドラ』に向けていよいよ出発する事にする。

手綱を握るギルランスの隣に座った和哉は、気の引き締まる思いで前を見据えた。

そして、村人たちに見送られながら、二人を乗せた馬車はゆっくりと走り出し、ガラク村を後にしたのだった。

――こうして和哉は、奇妙な運命の中出会ったギルランスと共に、冒険者としての道を歩み始めたのだった――。

～銀髪の剣士編　完～