第12話 パートナーシップ

アミリアが去ってしまった後、部屋の中は再び静寂に包まれた。

二人はなんとなく顔を見合わせるとどちらからともなく笑みを浮かべた。


「……なんだか嵐のような人だったけど、明るくていい人だね」


「まったくあいつは……」


ギルランスは頭をガシガシと掻きむしり、苦笑いを見せながら和哉のベッドの端に腰を下ろすと窓の外へ目を向けた。

その表情は穏やかでどこか優しいものだった。

つられて和哉も外に目をやり、ギルランスの視線の先を追う。

外はすっかり日も暮れており、あの魔獣襲撃が嘘のように静かな夜の風景だった。

すると、暫く外を眺めながら何やら考えていた様子のギルランスが不意に動いたかと思うと、ベッドの脇に立て掛けてある弓を手に取った。

そして「使え」と言いながらそれを和哉に差し出してきたのだ。


(――えっ?)


突然の事に戸惑う和哉が驚いて顔を上げると真剣な眼差しのギルランスと視線が絡んだ。


「え……でも……」


「いいから使ってくれ」


訳が分からず固まっている和哉に痺れを切らしたのか、ギルランスは強引に弓を押し付けてきた。

和哉は慌てて首を横に振った――この弓はギルランスの師匠の形見だと前に話してくれていたからだ。


「ダメだよ!これはギルの大切な物だろ!? 理由もなく受け取るわけにはいかないよ!」


必死に訴える和哉に対して、ギルランスは眉尻を下げながら笑みを見せた。


「理由?んなもんねぇよ。ただ、俺が持ってても宝の持ち腐れだ……それに、これはお前が使うべき物だと俺が思ったからだ――いいから受け取れ!」


真剣な眼差しでそう言われ半ば強引に弓を手渡された和哉は、どう答えれば良いのか分からずに思わず黙り込んでしまった。


「お前ならこれを正しく使ってくれるだろ――だから使え」


そう言うギルランスの目は真っ直ぐで一切の迷いが無いように見えた。


(これは僕が受け取っても良いのか……?)


そんな疑問が一瞬和哉の頭を過るが、そこまで言われてしまっては断る理由などない。

そもそも武器すらまともに持っていなかった和哉にはありがたい申し出であった。

そしてなによりも、ギルランスが大切にしていた物を譲ってくれるというのは信頼の証とも取れるのだ――嬉しくないわけがない。


「……そこまで言ってくれるなら……うん、大切に使わせてもらうよ――ありがとう」


嬉しさを噛み締めながら弓を受け取り礼を述べると、ギルランスは満足そうに頷き目を細めながら微笑んだ。

今迄見せた事のないその優しい笑顔に何故かドキリと胸が高鳴るのを感じながらも、和哉は改めて受け取った弓へと視線を落とし、まじまじと見つめる。


(……すごい……なんか、不思議な弓だな……)


先の戦闘では無我夢中で使っていたため、あまり気にする余裕はなかったが、弓が発する存在感というかオーラのような物をひしひしと感じるのだ。

本体は朱色を基調とした弓幹の所々に金糸で装飾が施されており、弦には特殊な素材が使われているようで不思議な光沢を放ち、どこか気品のようなものを感じさせる美しい弓だった。

そして、戦闘時とても使いやすかった上に、何より非常に和哉の手に馴染んだのだ。

まるで長年使い込んできたかのようなフィット感と一体感が感じられ、持っているだけで体の奥から力が湧いて来るような、そんな不思議な弓だった。


(なんだろう……まるで僕がこの子に選ばれたような、そんな気にすらなってくるな……)


そんな事を考えながら弓を色々な角度から眺めている和哉に、ギルランスが話しかけてきた。


「あー、それでだカズヤ……ひとつ相談があるんだが……」


なにやら言い淀むギルランスの様子に、なにか良くない事態にでもなっているのかと和哉は不安になる。


(なに?……なんか問題でも……?)


「……相談って……?」


おずおずと問いかけると、ギルランスは頭を搔きながら話し出した。


「当初の予定じゃ次の街――『王都アドラ』までお前を送ったらそこで別れようと思っていたんだが――」


「うん……」


何を言われるのかと緊張気味に頷く和哉に、彼は少し逡巡した様子を見せた後、意を決したように顔を上げた。


「――お前、冒険者になんねぇか?」


「……え……?」


それは思わぬ提案だった――ギルランスの言葉に一瞬何を言われたのか理解できず、和哉は彼をただ呆然と見つめ返すことしかできなかった。


(え?え?……それって……まさか……?)


徐々に言葉の意味を理解して来た和哉はゴクリと唾を飲み込む。

次に彼の口から告げられる言葉に否が応でも期待してしまう――和哉の心臓の鼓動はどんどん早まっていき、息が苦しくなる程だった。

そんな和哉の様子を察しているのかいないのか、少し照れくさそうに鼻の頭を掻きつつギルランスは言った。


「……お前さえよかったら……俺と組まねぇか?」


その瞬間、和哉の頭の中が真っ白になった。

確かにそれは和哉が期待していた言葉ではあった――だが、実際に彼の口から聞いても俄かには信じられなかったのだ。


(今、何て……?僕が、冒険者に……?)


聞き間違いでなければ、今信じられない言葉がギルランスの口から発せられたような――そんな混乱した頭で和哉は呆然と彼を見つめ返した。


(まさかそんな……ギルと一緒に……?)


夢なら覚めないで欲しい――和哉は心の中でそう願った。

それ程までにそれは和哉にとって嬉しい言葉だったのだ。

次の瞬間、目の前で照れ臭そうにこちらを見ているギルランスの姿が滲んだかと思うと、ツゥ――と涙が頬を伝う感覚がした。

それに気付いた和哉はゴシゴシと慌ててそれを拭うが、次から次へとこぼれ出る涙を止めることは出来なかった。

突然泣き出した和哉に、ギルランスはギョッとした様子で慌てている。


「お、おい!?なんで泣くんだよ!?――そんなに俺と組むのがイヤかよ!?」


焦った様子で覗き込んで来るギルランスを見て和哉はまた涙が溢れてくるのを感じながら首を横に振る。


(違う……嫌なわけないじゃん……!)


「ちが……違うよ……」


なんとか言葉にしようと口を開くが、嗚咽で上手く話す事が出来ない自分へのもどかしさを感じながら、和哉は懸命に声を絞り出した。


「……ご、ごめ……嬉しすぎて……っ、涙が……」


しゃくり上げながらも必死にそう伝えると、ギルランスは少し驚いたような顔をした後、照れたように頬を掻いた。


「そうかよ……ま、まぁあれだ……そんなに泣くほどのことじゃねぇだろ」


「うん……そうだね……ごめん……」


ようやく落ち着いてきた和哉は小さく深呼吸をして涙をぬぐい、気持ちを切り替えて顔を上げる。

すると心配そうな眼差しを向けるギルランスと目があった。

どうやら和哉が泣き止むのを待っていてくれたようだ。


「大丈夫か?」


優しい声色で尋ねられ、和哉はコクリと小さく頷く。


「ありがとう……もう大丈夫だよ」


その言葉に安心したのか、ギルランスもホッとしたような表情を見せる。

そして、再び真剣な表情に戻り再び問い掛けてきた。


「――んじゃあ改めて聞くぞ、どうする?俺と一緒に来るか?」


夢みたいに嬉しい申し出の筈のその問いに、和哉はすぐに答える事が出来なかった。

なぜなら自分のせいで彼の『勇者』としてのステータスに傷を付けてしまうかもしれないと思ったからだ。

自分なんかよりもっとふさわしい人がいるのではないだろうか――そう思ってしまうのだ。

和哉は正直な気持ちを言葉にして伝えた。


「ギルにそう言ってもらえて凄く、凄く嬉しいよ……でも……僕なんかでいいのかな?……足手まといになるかもしれない、迷惑かけてしまうかもしれない――」


そこで一旦言葉を区切ると、和哉はギルランスから目を逸らした。


「――君には君にふさわしい人が……僕じゃなくても他にもいるんじゃないか?って考えてちゃうんだ……」


それを聞いたギルランスは少し困ったような表情を見せた後、頭をガシガシと掻きながら溜め息をついた。


「はぁ〜……ったく、お前はまたそんなくだらねぇ事考えてんのか」


呆れたような声で言われてしまい思わずムッとする和哉。


「くだらない事って……僕は真剣に悩んでるんだけど!?」


ムキになって反論するも彼は全く動じていない様子だ。

それどころか呆れたように苦笑いする始末だ。

それがなんだか悔しくて剥れて顔を背けると、ため息混じりの声が返ってくる。


「あのなぁ……俺はお前だから誘ってるんだ、他の誰でもないお前にな」


そそれを聞いて和哉の心臓がドクンと跳ねる。

胸の奥が熱くなるのを感じながらゆっくりとギルランスの方へと顔を向ければ真剣な眼差しに射抜かれてしまう――その琥珀の瞳からは逃れられなかった。

そして、次に彼の口から発せられた言葉もまた、和哉を驚かせるものだった。


「いいか、カズヤ……お前は強くなる」


ギルランスが自信に満ちた表情で言う。


「だから俺は、お前と組みたいと思ったんだ」


(僕が……強くなる……?)


和哉にはその言葉の意味がよく理解できずにいた。

自分が弱い事は自覚しているし、だからこそ強くなりたいとも感じてはいるが、彼から見て自分がそれほどまでに強くなるとは思えないのだ。

思いもよらない言葉に困惑している和哉に構わずギルランスは続ける。


「今はまだ弱いかもしれねぇ、だが必ず強くなれる――俺が保証してやる!俺と一緒に来い」


力強くハッキリと言うギルランスの訴えに、和哉は胸が熱くなった。


(なんだろう……この気持ち……ギルの言葉が心に響く……)


抱えていた不安がスッと消え、逆に熱い思いが湧き上がって来るようだった。

なんの根拠もなく突拍子もないと思える言葉なのだが、彼が言うと不思議とそう信じられるのだ――和哉はいつの間にか頷いていた。


「分かった……ギルと一緒に行くよ!僕も強くなってみせる!絶対に君に相応しい男になってみせるよ!!」


和哉の決意を聞いたギルランスは、嬉しそうにニッと笑って見せた。


「よし! 改めて、宜しく頼むぜ、相棒 !」


「こちらこそ 、宜しく!」


和哉は差し出されたギルランスの手をしっかりと握り返しながら、その手から伝わる温かさを感じていた。

そして、何よりこれからも彼の隣に居られる事に心から安堵し、喜びを感じている自分自身に気が付いた。


(そうか……僕はこの人と一緒に居たいんだ……)


胸の奥が熱くなるのを感じながら、和哉は笑顔で力強く頷いた。

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