悪口


 二人の男がレストランへ行った。彼らは会社の同僚で、仕事終わりに連れたって夕食を食べるのが恒例だった。普段は大衆居酒屋にしか行かないため、たまにはイタリア料理でも食べようと、レストランへ行くことなったのだ。


 レストランの中では、ジャズのBGMが流れていた。周りのお客さんたちも、居酒屋とはちがい、騒ぐなどということはない。さすがお高いレストランである。


 席に着くやいなや、片方の男が悪口を言い始めた。頭をポマードで固めた彼は、決して人の悪口を言うのを恐れない。胆力があるといえばそうなのだろうが、結局の所、性格が悪いのである。


「おい、ちょっと見てみろよ」


 ポマードの彼は、隣のテーブルに座っている家族を指さした。


「とんでもないデブ家族だ。夫婦と子供二人、全員だ。家族揃ってあんな太ってちゃあ、家の中はさぞかし家畜臭いだろうな」

「おいおい、そのへんで止めとけよ」


 もう片方の男が窘めたが、彼の悪口は止まらない。


「おい、あっち見てみろ!」

「次はなんだ?」

「あのテーブルに座っている奴ら、みすぼらしい格好をしてやがる。汚い服だ。正直、食事中はあまり目に入れたくないな。ほんとに、出てってほしいよ」

「それは同意だな。貧乏人はここのレストランに来る資格がないよ。せめて俺たちみたいにスーツを着るとか、身だしなみはしっかりしないとな」


 この二人が友人なのは、きっと価値観が合うからなのだろう。普通の人間であれば、ポマードの彼の発言ですぐに帰りたくなってしまうだろうから。


 それからも、二人は静かなレストランで派手に悪口を言い続けた。しかし不思議なことに、周りの客たちは一切知らぬ存ぜぬであった。することといえば、たまに物珍しそうな顔をして二人のことをちらっと見るだけ。二人は何も言ってこない客たちを良いことに、さらに悪口を重ねていく。


 しばらくして、一人の店員が二人に話しかけてきた。どうやら店長らしかった。


「お客さん、あなたがたは出禁とします。見ていてとても不快です」


 手の動きを止めて顔を青くしている二人を見て、店長はさらに続けた。


「全員が手話を理解出来ないと思ったら大間違いですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る