神の声

 とある山の奥深くに、集落があった。その集落は崖の横に位置しており、外部の人間と接触することはなかった。昼は狩りをし、夜は火を囲んで歌う。三十人ほどの人間が、ひっそりとそこで生活を営んでいたのである。


 しかし、充実した生活の中でも、一つだけ恐ろしいことがあった。それは、不意に山を駆ける、不気味な声である。


 ときおり聞こえるその声は、集落の人間たちを震え上がらせ、縁起の悪いものとして忌避された。声が聞こえる度に住民たちは耳を塞ぎ、身を寄せ合う。二、三日に一度、必ず聞こえるものだから、彼らの心は疲弊していった。


 そんなある日、村長がポロッと言った。


「これ、神様の声なんじゃない? きっとお腹が減ってるんだよ」


 御年八十になる村長の一言は、絶大な影響力があった。村人たちは「そうだったのか!」と勝手に納得をし、翌日から神様の声が聞こえると、お供え物をするようになった。


 はじめはリンゴをお供えした。村長が言うには、崖に向かって投げれば届くということだったので、村人たちは必死でリンゴを崖に投げた。


 しかし、それから一週間しても声は止まなかった。だから、お供え物をグレードアップすることにした。木の実やらキノコやら。たまには服やら。もっとたまには狩ってきた鹿やら。きっと神様はハゲているだろうという子供の提案で、集落の人々の髪の毛やら。


 それは次第にエスカレートしていった。神様信仰に熱心な派閥が、自分の指を切り落として崖に放り投げ始めたりもした。そして良くなかったのは、こっちの派閥に村長がいたことであった。


「お前たち、神様に命捧げたほうがいいよ」


 もう一度言うが、御年八十になる村長の一言は、絶大な影響力があった。確かに、神様は絶対だよな。そんな雰囲気が集落に漂い始め、挙げ句の果てには、住民を生け贄にする案が出た。


「それめっちゃいいじゃん。声、止まるよ」


 重ねてもう一度言うが、御年八十になる村長の一言は、絶大な影響力があった。生け贄にゴーサインが出たことで、翌日からは村人が一人ずつ投身自殺をし始めた。


──ちゃんと身を投げる時は、神様に聞こえるように、大きな声を出しながら落ちること。


 そんなルールも作られて、村人たちは、神の声がする度に、さらに大きな声を出して落ちた。はじめは数日間隔が開いていた神の声も、この頃になるとなぜか間隔が狭まり、ほぼ毎日聞こえるようになっていた。

 だから、ほぼ毎日村人が死んだ。


  ***


 あ、僕の趣味ですか? 実は僕、山登りが趣味なんです。あ、あなたもお好きなんですか? そっか、ぼ、僕たち、気が合いますね。け、結婚してもいいほどに……あ、あ、すみません。初めての婚活パーティーで緊張しちゃって、変なこと言っちゃいました。


 え、趣味の話を? そうですね、すいません。


 山登りですね。実は最近ちょっと行けてないんですけど、最盛期はほんとに毎日行ってたんですよ。ちょっと異常ですよね。でもね、とっても面白い現象があってね。


 特に山登りの中ではまっていたのが、『山びこ』なんです。そうそう。ワーって叫ぶと、自分の声が跳ね返ってくるっていう。まあ普通だと何回かやれば飽きちゃうし、そんな大したものでもないんですけどね、僕が行ってた山はちょっと違ったんです。


 僕のおじいちゃんが山を持ってて。え、羨ましい? えへへ。そんなことないですよ。


 その山はかなり田舎の方にあるんです。なんでこんな山を買ったんだろうと思うくらい。それでね、その山は前の持ち主が山登り好きだったらしくて、手作りの登山道みたいなのがあって。頂上のところも木が伐採されてよく景色が見えるんです。標高もまあまあ高いし、山びこもよく響く地形だったんですね。


 最初はただ好きで登ってました。数日おきくらいでしたかね、そんな頻度で登って、山びこを楽しんで帰るみたいな生活だったんですけど、一ヶ月くらいたってからですかね、山びこの様子が変わったんです。


 やだな、そんな興味深く聞かないでくださいよ。照れちゃうな。大した話じゃないですよ。


 どんな風に変わったかって言うと、帰ってくる山びこが、僕の声よりも大きく返ってくるようになったんです。しかも、ほとんど叫び声みたいなんですよ。地形が変わったのかな? 不思議なんですよね。


 しかも毎回微妙に音が変わるんです。女性とか子供の声みたいに聞こえる日もあるんですよ。毎日音が変わる山びこって面白いでしょう? だから私、そこから毎日行くようになりました。行くたびに返ってくる音が変わってね。飽きませんでした。


 でも、それも三十日、まあ一ヶ月ですね、そのぐらいしたらめっきり山びこが元に戻っちゃって。急に面白くなくなって、今はあんまし行ってないです。高級寿司店に言ったら回転寿司で食べられなくなる、あの現象ですよ。


 え、本当に人が叫び返してたんじゃないかって? そんなわけないでしょう。あんなとこに人なんていないだろうし、もしそうだとしたら気持ち悪いですよ。きっと地形か、気圧とか、そんなものだと思いますけど。


 それじゃあ、あなたの話も聞かせて下さいよ。


 ん、私の仕事ですか? そんなの無職に決まってるでしょう。だって毎日山登ってんだからさ。


 あれ、なんで席立っちゃったんですか? ちょっと、どこ行くんです? ちょっと、ちょっと待ってよ! 僕はもうアラフォーなんだ! 後が、後がないんだあああぁぁぁ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る