第18話
手当てを受けた幼竜ことラリマーは、今エイルと情報を共有している。どういった原理で互の視覚や情報を交換しているのか、召喚魔法を使えず使い魔を持たないリュージには理解することはできない。ラリマーはその小さな顔をエイルの額にぴたりとつけ、エイルもまた目を閉じてそれを受け入れている。
(ルシードと視覚を共有していると言ったが……それでどこまで情報を得られるかだな)
インウィディアは転移魔法を使用しているため、根城への道中などはわからない。なにか断片だけでも情報を掴めれば、それを洗って場所を特定できる可能性はある。
執務室の中ではその様子をリュージをはじめ、2人の将軍と宰相が固唾を飲んで見守っている。
「……古い、聖堂? 氷柱……」
一通りの情報共有が済んだのか、エイルがそっと目を開ける。
「その傷はインウィディアの追手にやられたのか。よく生きて戻ったなお前」
ラリマーを労うように、エイルはその身体を撫でてやった。
「エイル、こちらにも情報の共有を頼みます」
「はい、セドリック様。ルシード様は朽ちた古い聖堂の中にいます。恐らく、凍結領域のどこかです」
「古い聖堂……そのような場所、凍結領域には」
あの雪国はそれなりに広い。聖堂をひとつひとつしらみつぶしに探している時間は惜しい。
「エイル、他になにが見えた」
「ルシード様の視覚情報は、その聖堂のみです……」
「その幼竜の視覚はどうだった」
「こいつの飛ぶスピードが早すぎて、断片的にしか見えませんでしたが」
「構わん、お前が見えたところだけ教えてくれ」
そう問えば、エイルは少し顔色を悪くしながらも見た景色を答えてくれた。どうやらこの視覚の共有は身体に負担が大きいらしい。
「ステンドグラス、吹雪、氷柱、追手の堕天使……ほんの一瞬ではありますが、髑髏、墓地のようなものも見えました」
「わかった。感謝するぞエイル、ラリマー。お前さんはたち少し休んでくれ」
「すみません……少しだけ、休みます」
「エイル、視界を少し遮断した方が良いですよ。ほら、濡れタオル」
「セドリック様、感謝します」
執務室のソファーにエイルを横にさせ、セドリックはその目の上にタオルをかけてやる。ラリマーもエイルの腹の上で丸まって眠り始める。
断片でも情報が掴めれば良いと思っていたが、思いの外多くの情報を得られたことである程度の的が絞られた。
「凍結領域の詳細な地図はあったか?」
「今すぐにご用意いたします」
書庫棚から持ってきた地図を机の上に広げ、彼らの情報を元に場所の特定を急ぐ。
「墓地とステンドグラスがある古い聖堂、ね」
「私は凍結領域の地理には詳しくないので、なんとも言えんのですが……村外れの墓地などになるのでしょうか」
広げられた地図を確認しながら、メイナードとイザベラが該当する場所を探す。元来この凍結領域は町や村の数が少なく、該当の聖堂もすぐに見つかるだろうと踏んでいたが、中々にその条件に当たる聖堂が見つからない。
「地図から消えた廃村にある可能性も高い。セドリック、あちらと通信を取りながら情報の共有をしてくれ」
「かしこまりました。閣下、先ほどクレジオ将軍と通信が取れ……すぐにこちらへ戻るとのことです。では私はあちらへ」
「わかった。頼んだぞ」
通信魔法で連絡を取り合っている部下の元へと向かうセドリック、彼と入れ違いで執務室に入ってきたのは、今まさに話に上がっていたジュリアス・クレジオその人だった。
「閣下、遅くなり申し訳ございません。ジュリアス、ただいま帰還いたしました」
「……さっき戻ると連絡があったばかりだと聞いたが」
「はい、なので転移魔法を使用して戻ってまいりました」
「そうか……よく戻ってくれた」
金髪の柔らかなウェーブのかかった髪をふわふわと揺らしながら、その新緑の瞳を細める。どこかの国の王子ではないかと思わせるそのルックスは、部屋の中に見当たらない男を探し、眉をひそめた。
「本当にいないのですね、ルシードは」
「あぁ……戻ったばかりですまんが、お前さんもあの妖魔の根城を探すのに協力してくれ」
「閣下の仰せのままに」
イザベラとメイナードが今までの経緯をジュリアスに話す。その間も、リュージは情報を整理しながら地図を睨んで場所の特定を急いでいた。
(身体への負荷が大きい視覚共有を使えると言うことは、ルシードはまだインウィディアには堕ちていない)
あの時点であれほどまでに疲弊していたにも関わらず、まだインウィディアの精神魔法に抗っているルシードを思い、リュージは苦虫を潰したような顔になる。
「閣下、あまり気を病まぬように」
「あぁ、すまんな……顔に出てたか」
「そのご様子だと、あのあとなにかありましたか?」
気を使ってか、イザベラが少し話を逸らしてくれたが……どうしてそちらの話に持っていこうとするのかと、リュージはぐっと返答に詰まってしまった。
「イザベラ様。情報では、下流区でルシード様が閣下にプロポーズをして困らせていたと聞きました」
休んでいたはずのエイルまでもが会話に加わりだした。恐ろしいことに、その情報はあの場にいた人間にしか知りえないものだ。
「――エイル、それはどこからのタレコミだ」
「ヴィルヘルムから、ですかね」
3人の子供の顔が瞬時に浮かんできた。その中でも大人しく、1番賢そうな子供がヴィルヘルムだったはず。あのとき弱い者いじめをするなと言っていたイヴァンとアルバは、状況を理解していないようだったが、どうやらヴィルヘルムは理解していたらしい。賢い子だと喜ぶべきか、とても悩ましいところだ。
「ほう、閣下……中々隅に置けませんなぁ。よし、イザベラ……俺たちも結婚しよう」
「私より酒に強くなってから出直してくるんだな、メイナード」
いつもの見慣れた茶番が始まり、リュージはふっと笑みを零す。そんなリュージの様子を見て安心したのか、イザベラたちもホッとした表情を浮かべていた。
「それにしても、私が留守にしている間にそこまでの進展があったなんて。早急にルシードを取り戻して問いたださなければ」
「やめろ。お前とルシードが2人その辺りの酒場に揃ってみろ。店主に迷惑がかかる」
「あー……そうだな、やめとけ。俺ならいくらでも付き合ってやるから」
「んー。メイナード殿と飲みに行くと、イザベラ殿が嫉妬するんですよね」
「阿呆が。そんなことあるわけがないだろう」
ぎゃあぎゃあと騒がしくなる執務室。この中にルシードがいないことは悔やまれるが、それでも皆いつも通り振舞う様にリュージは思わず笑ってしまう。
「相変わらず仲がいいなぁ、お前さんたちは」
「はいはい、仲がよろしいのは結構ですが、そろそろ本腰を入れますよ」
談笑していて気が付かなかったが、セドリックが戻っていた。彼はパンパンと手を叩いて場を静める。
「さあ、情報を整理しなおしてさっさと閣下の大事なハイス将軍を取り戻しますよ」
こいつ廊下で立ち聞きしていたなと、喉まで出掛かった言葉を飲み込んでリュージはシレっとしているセドリックをジト目で睨んだ。
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