第17話

 執務室にはリュージ1人が残っている。執務室の窓からは暮れ始めた空に照らされる白く大きな月が見えた。それを窓際にもたれかかるような体勢で眺めながら、物思いに耽ける。


(あれから1日……なんの収穫もなしとはな)


 初動が遅かったわけではない。むしろあの後すぐに動ける人員は全てが動いたはずだった。同じ人間相手ならまだしも、相手は人ならざるもの。こちらの常識や小手先などは通用しない。だからこそ、長い間あの妖魔と決着がつかずにいる。


「1日、か」


 以前この執務室でルシードと話したのはいつだったか。確か、討伐任務から帰還した際にここで報告を受けていた記憶がある。

 そのときにルシードは、3日会えないだけで堪えるものがあると言っていた。あのときはたった3日だと軽く流していたが、今になってその言葉の意味を理解することになろうとは思いも寄らなかった。


「今ならあのときのお前さんの気持ちが少しはわかるよ」


 ズキリと小さく痛む胸。その場所を服の上から誤魔化すようにくしゃりと握る。この痛みが部下を目の前で奪われた不甲斐ない上司としてのものなのか、ルシードを慕う気持ちなのかは正直わからない。ただ、この状況でルシードを慕う気持ちが芽生えてきていることに、リュージは少し困惑していた。


(俺は押しに弱いのか)


 昨日珍しくグイグイと押しの強さを見せたルシードと、そんな彼の意外な一面を知ってしまったことも関係しているのだろう。要は絆されたのだ。


(年食うとそういうもんに弱くなっていかんなぁ)


 連れ去られた現場に残されていたルシードの刀。それを手に取り、柄をそっと撫でる。


『――!』


 突如部屋の外が騒がしくなり、リュージは思考を切り替えた。誰かが情報を得たのか、はたまた別の面倒事が増えたのか。どちらにせよ、物思いに耽ける時間は終わりのようだった。


「こら! ラリマー!」

「おぉ……? どうしたお前さん」


 ノックもなく勢いよく執務室に飛び込んできた青い塊は、リュージに向かって一直線に向かう。それをあとからエイルが追うように走ってくるが、青い塊がリュージの腕に飛び込む方が早かった。


「も、申し訳ございません閣下……こいつ、言うこときかなくて」

「構わんが……大丈夫か、エイル? お前さんの真っ赤な顔はどうした……」

「……急に、こいつが、飛び込んできまして」

「落ち着いてからでいい。喋れるようなら状況の説明を頼む」


 ぜぇはぁと息を切らせ項垂れているエイル。随分と急いでここまで走ってきたのが伺える。勢いよく顔面でこの幼竜を受け止めたのか、顔を上げたエイルの顔面は赤くなっていて見ていて痛そうだった。実際エイルも我慢はしているのだろう。

 腕の中に収まった生き物となにか関係しているのか、エイルが落ち着くのを待って説明を求めた。


「閣下、その幼竜はルシード様の使い魔です」

「っ」


 抱えた塊を見れば、ルシードと同じアクアマリンの色をした幼竜だった。なにかを訴えるようにリュージを見つめているその小さな身体は、よく見れば至るところ傷だらけだ。


「なにか掴めたのか」

「はい。そのラリマーが持ち帰ってくれました」


 はやる気を抑え冷静を保ちながらエイルの言葉を待つ。


「今そのラリマーはルシード様の視覚を共有している状態です。その場所を特定できれば……」

「この幼竜とルシードが?」


 攫われて尚もこうして情報を国に持ち帰ろうとするルシードの優秀さに、リュージは呆れ顔になってしまう。それと同時に笑いがこみ上げてしまい、エイルに不思議な顔をされてしまった。


「閣下?」

「いや、すまん。お前さんの上司の辣腕に少し呆れただけだ。それで、その共有している視覚は誰が確認できる」

「おれ……私なら可能です」

「わかった」


 腕に収まっている幼竜に視線をやれば、小さく鳴いてリュージを見つめている。この幼竜も自分の使命を理解しているのか、協力的な様子だ。


「ラリマーだったか? お前さんもよく戻ってくれたな」


 そっと撫でてやれば気持ちよさそうにリュージの手に擦り寄ってきた。その愛らしい仕草をもう少し見ていたい気持ちはあるが、リュージは気持ちを切り替えて指示を出す。


「エイル。ラリマーの手当てが終わり次第、お前さんはこいつの視覚情報を確認してくれ」

「はっ! 承知いたしました!」

「どこまで情報が得られるかはわからんが、今はお前さんたちだけが頼りだ。頼んだぞ」

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