第16話

「これと言った手がかりは、なしですか」

「ダテに数百年鬼ごっこしてねぇってことだな」


 インウィディアの襲撃から丸一日が過ぎようとしていた。兵たちが手を尽くしてくれてはいるが、未だに有力な手がかりは見つけられずにいる。

 セドリックの許可が下りてリュージも捜索本部へと合流し、今は中心となって執務室で捜索の指揮にあたっていた。


「索敵や捜索はジュリアスが得意だったんだがなぁ……まだ戻らんか」

「国境線の討伐任務にあたっていますからね。彼からの情報も欲しいので連絡は取っていますが、ちょうど抗戦中らしく繋がらないのですよ」


 ジュリアス・クレジオ将軍。将軍の中で随一の索敵スキルを持っており、こういった場面ではよく活躍してくれる。タイミング悪くセレニア帝国領と隣国の国境線まで遠征に出ているため、今彼の力は期待することができない。


「あのちゃらんぽらん、こういう時に限って……」

「いないもんは仕方がない。今いる人員でどうにかするしかないさ。ほら、そんな顔をしてたら美人な顔が勿体無いぞ」

「お前は、もう少し真面目にやれんのかメイナード」

「まぁまぁ」


 ジュリアスのことをちゃらんぽらんと言ったイザベラは、眉間に皺を寄せながらごちる。それを宥めるようにメイナードがイザベラの横に立ち、彼女を宥める。


「近隣の街や廃村、森や山岳地帯は過去調べ尽くしているからな……まだ可能性が残されているとすれば」

「シザ山脈の先にある凍結領域、もしくは閉鎖領域」


 王都クラトリアから北にあるシザ山脈。そこには鉱山やドワーフが住む街が存在し、過去に彼らの強力も仰いでインウィディアの拠点がないことは確認済みだ。その先の山は氷山になっており、そこを越えれば凍結領域と呼ばれる万年雪国になる。その先は閉鎖領域といって、人はおろか普通の魔物は住めない極寒の領域だ。


「ザンナの町の亜人や獣人たちは、あまり協力的ではありませんからね」

「町長は気の良いヤツなんだがなぁ」


 定期的に協力を仰いではいるが、生き抜くのも厳しい土地柄のせいもあるため、クラトリア軍の捜索部隊に貸し出される人員は少ない。リュージ個人としては、町長を務めている獣人と仲が良いためあれこれ良くしてもらっているが。


「凍結領域の駐屯部隊からはなにも情報はないか?」

「通信魔法で随時連絡はとっていますが、目新しい情報は特に……」

「そうか」


 ギシリと音を立てながら椅子の背にもたれ掛かり、腕を組みながら帝国領の地図を眺めた。

 あの妖魔は転移魔法を持ち合わせている。帝国軍にも転移魔法を使用できる者はいるが、魔力の消費が激しいためインウィディアのように何度も使用することはできない。

 転移魔法から魔力の痕跡でも掴めればいいのだが、生憎と警察犬のように鼻が利くわけではないリュージには無理な話だ。実力のある魔術師たちに全力で探らせてはいるが、今まで逃げおおせてきたあの妖魔だ。それで尻尾が掴めれば苦労はしない。リュージは小さく溜息を吐き出す。


「閣下、まだ本調子でないのでしたらお休みになられた方が」

「問題ない。逆に今は動いていないと落ち着かん」


 元来身体を動かす方が向いているのだ。刑事であったときも、現場で動き回っている方が多かった。

 あの頃はどうやって情報を集めていただろうか。ひたすら資料を漁り、聞き込みで駆け回り、泥臭く走り回っていた記憶しかない。


「こうして椅子に座っているのは性に合わなんな」

「だからといって、勝手に外に行かれても困ってしまいますよ閣下」

「立場くらい弁えるさ……もどかしいもんだ」


 深い溜息は静かな執務室の中によく響く。


「失礼いたします、閣下」

「開いていますよ、どうぞ」


 そんな中、兵士が一人申し訳なさそうな面持ちで執務室に入ってきた。


「どうした」

「閣下、大変申し上げにくいのですが……」


 リュージと他の将軍、宰相のいる場では一般兵は気が引けてしまうようで、敬礼こそしているが中々要件を口に出せない様子だった。


「かまわん、言ってくれ」


 それを見かねたリュージが、兵士に要件を伝えるよう促す。すると、相変わらず緊張した様子ではあるがぽつりぽつりと話を始めてくれた。


「議会の上層部が、下流区での戦闘行為や市街の損壊の件で説明を求めたいと仰っておりまして」

「上層部には報告書を上げたはずだが?」

「ご納得いただけていない様子でした」

「……あんのじじい共、俺が気に入らんからそんなことを言ってごねているんだろう」


 この王都クラトリアは、その名のとおり王政の国。国王を中心とし、議会で政を行っている。その中には長命種族などもおり、異世界人であるリュージが軍総帥の座にいることをよく思っていない者も少なからず存在している。そういった連中が度々こうした嫌がらせにも似た行為をしてくることは、リュージの頭痛の種でもあった。


「陛下はなんと?」

「上層部の連中に陛下の指示なのかを問うても、このような些末事に陛下が出るまでもないと」

「些末事ねぇ……」


 妖魔に国内へ攻め入られた挙げ句、将軍を1人欠く事態にまでなっているというのに、上層部はそれすら些末事と言ってのける始末。この機に乗じてリュージを総帥の座から引き摺り下ろしたいといった下心が丸見えだった。


「まぁ、いつもの上層部の独断だろう。陛下が関与していないのであれば、ヘタは打ってこんだろう」

「上層部には、用があるのでしたら閣下を総帥に任命した陛下に話を通してから来るようにお伝えください」


 リュージは顳を押さえながら先程より更に深い溜息を吐き出した。それを見かねたセドリックが兵士にそう言伝を持たせる。


「もしそれでご納得いかないようであれば、この宰相セドリック・ラグレーンが直接お話に伺うと付け加えておいてくださいね」


 そう言ったセドリックは、とても良い笑顔を向けていた。兵士は口元を引きつらせながらも、セドリックからの言伝を承知と受け取り頷く。


「かしこまりました。上層部にはそのようにお伝えしてきます」


 笑顔でここまで相手を威圧できる男を、リュージはセドリック以外知らない。ルシードも中々にそういったところがあるが、セドリックほどではない。

 兵士が執務室から出て行ったことを確認すると、リュージはセドリックに向けて苦言を零した。


「お前さん、俺にあんなことを言っておきながら自分も相当じゃないか」

「今は生産性のない無能な老害たちを相手にしている場合ではないもので。時間があるなら構って差し上げますよ? それこそ、二度と減らず口が叩けなくなるまでじっくりと」


 表情はにこやかなのに、口から出てくる言葉は刺々しい。そのミスマッチさに、流石にイザベラとメイナードも苦笑している。


「宰相殿もお疲れと見える。閣下、一度休憩を挟みましょう」

「そうだなぁ。うちの宰相も休ませてやらんとな」


 大きく腕を上に伸ばし伸びをする。緊張状態が続いていたため、身体は大分凝っておりよく音が鳴った。


「各自休憩してくれ。一時間後、再度情報を洗い直して対策を考えよう」

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