第15話
目の前でルシードを奪われたことに対しての不甲斐なさに、リュージは無言で拳を地面に叩きつけた。こうでもしなければ行き場のない怒りが溢れてしまいそうだった。
「閣下!」
「すまんな、イザベラ……ルシードを奪われた」
「我らこそ、力及ばず申し訳ございません」
「お前たちは悪くないさ、メイナード。よく来てくれた……正直お前さんたちが間に合わなけりゃ危なかった」
あの数十体のアンデッドをものの数分で片付けた2人がこちらへ走ってくる。顔は冷静さを保っているが、未だ収まらない感情を持て余しながらもリュージは2人を労う。
「直に宰相殿とエイルも駆けつけます。その傷の手当てを……」
「あぁ」
「この場の処理や市民に怪我人が出ていないかの確認は、我らの部下にお任せください」
「すまんな、頼む」
自分より余程冷静な2人の将軍は、到着した後援の部隊に的確な指示を出していく。その様子を眺めていたリュージは、1つ大きく深呼吸をする。
「お前さんたち、よく頑張ったな。怪我はしていないか?」
未だ呆然と立ちすくんでいる子供たちに声を掛ければ、リュージを見て安心したのか静かに泣き出してしまった。ギョッとしたリュージは、慌ててひとりひとりの頭を撫でてやり落ち着かせる。
「本当によく耐えてくれた。それと、坊主……ルシードを庇ってくれてありがとう」
「でも、ルシード兄ちゃんのこと……まもれなかった!」
「あの状況で俺は動けなかった。お前さんだけが、あの場で動けたんだ。それは凄いことだぞ?」
ぽろぽろと溢れてくる涙。それを拭おうと目元をゴシゴシと擦る。真っ赤になった目で、子供たちはリュージをジッと見つめた。
「お前さんたちも、よくルシードの名を呼ばずにいてくれた……お陰で、あの場でルシードがインウィディアの傀儡にならずに済んだよ」
精神魔法は相手の名を知っていると、より効果が現れると聞いたことがある。名前とはそれほどに重要で、より深くまで精神を掌握したいのならば必須になってくる。
あのとき、誰か1人でもルシードの名を呼んでいたら。きっと事態は変わっていたかもしれない。より最悪な方に。
「そういや、まだ名前を聞いていなかったな」
「おれはアルバ」
「ぼくはイヴァン」
「ヴィル……ヴィルヘルム」
「改めて、俺はリュージだ。アルバにイヴァン、ヴィルヘルム……お前たちに感謝を」
子供たちに視線を合わせるようにしゃがみこんだリュージに、3人が飛びついてくる。
「おじさん! ルシード兄ちゃんをたすけて!」
「おじさんほんとうは強いんでしょ? ルシード兄ちゃん、たすけてあげて!」
「かっか……って、そうすいかっかのことでしょ? じゃあ、おじさんこの国で1番強いんだよね! ルシード兄ちゃんを、おねがい!」
口々にそうお願いをされてしまい、リュージは3人に向き直り真剣な表情でそれに応える。
「大丈夫だ。必ずルシードを連れて帰る。約束しよう」
リュージの返事を聞いた子供たちは、小さく頷いて返す。
そのタイミングで、後援の部隊が到着するした。
「閣下! 到着が遅くなり申し訳ございません。すぐに手当てを……」
「助かるよ、セドリック。エイル、この子供たちを看てやってくれ」
後援の人員をまとめて率いてきたセドリック。その中にエイルを見つけ、こちらへ手招きする。
「承知しました。この子供たちは巻き込まれたんですか……」
「ルシードの弟子だ。お前さんの弟分になるかもしれんなぁ。しっかり頼んだぞ」
「は? え?」
状況を把握できず戸惑うエイルを余所に、リュージは子供たちの頭をポンポンと叩いて笑顔を見せる。
「おじさんはこれからルシード兄ちゃんを助けに行く準備をしなきゃらなん。あとはこの兄ちゃんにしっかり家まで送ってもらってくれ」
「うん!」
「いい返事だ。流石将来の将軍候補だな」
子供たちをエイルに任せ、リュージは城へ向け歩き出す。
あとのことはイザベラとメイナードの部下がどうにかしてくれる。子供たちもエイルに任せたので心配ない。一刻も早くルシードが連れ去られた先、インウィディアの拠点を探さなければならない。
「閣下、ハイス将軍は……」
「インウィディアに奪われた」
「では、城に戻り次第捜索部隊を編成し、各所へ派遣します」
「助かるよ」
死竜との戦いで負った傷や、瘴気の影響を受け爛れた皮膚を魔法で治療しながら、リュージの足並みに合わせ歩くセドリック。リュージのその一言で察してくたのか、頭の中で今後のことをあれこれ考えて思考を巡らせてくれているのだろう。
「そろそろあの女との決着を付けにゃならんなぁ」
あのときに感じた怒りが沸々と湧き上がり、リュージは強く拳を握り締めた。
「閣下、お気持ちはお察しいたします……ですが、兵の前では泰然自若たる態度を心掛けてください」
「わかってるさ。取り乱したりはせんよ」
「では、拳を握り締めすぎて傷を増やすのもお止めくださいね」
「あー……すまん」
自分でも気がつかないほど強く握っていたようで、セドリックの言う通り手の平には真新しい傷ができている。セドリックからは笑顔だがチクチクと刺さる視線を向けられてしまった。
「思いの外腹が立っていたみたいでな」
「そのようで」
その傷もセドリックが綺麗に治してくれる。
「戻られたら、閣下は一度お休みになられてください。インウィディアの根城の捜索は、こちらで対応いたします」
「しかし」
「休めるときに休まれてください。根城が見つかれば飛び出していくんでしょう?」
「……わかったよ」
未だに気を張って警戒態勢を解けていないリュージを案じたのか、セドリックは呆れ顔をしながら頑なに休めと進言する。
「気遣い、感謝する」
「いいえ、側近の務めなのでお気になさらず」
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