第14話
「やったか!」
無数の光の槍に貫かれた死竜は、そのまま地面へと倒れこむ。未だ動こうと身体を動かす素振りをみせているがそれも一瞬のことで、その巨体は完全に動きを停止した。
「……よくやった」
「ほんと、よくもやってくれたわ」
「っ!」
死竜を倒したルシードを労おうと振り返れば、彼の前にはインウィディアが立ちはだかっていた。彼女の額や身体の所々からは出血が伺え、先程のルシードの攻撃に巻き込まれたのだと推測できる。
「あなた、わたしも同時に狙ったでしょう?」
「残念……致命傷にすらならなかったか」
「随分と手癖の悪いペットねぇ。でも、その気の強さは嫌いじゃないわぁ」
器用にも、ルシードは死竜とインウィディアの2体を同時に狙って魔法を放ったようだ。死竜こそ仕留めたが、インウィディアには致命傷を与えることは叶わず終い。傷を負わせることが限界だった。
(やはりあの白い羽が神聖魔法を軽減させているのか)
それよりも、あの間合いでインウィディアになにかされてしまえば、リュージが駆けつけたところで間に合わない。子供たちは突如インウィディアが目の前に現れたことにより、その恐ろしさから大きな瞳には大粒の涙が浮かび上がっていた。
「ねぇ、リュージちゃん。やっぱり、この子わたしにちょうだい」
「だめ!」
「っ、下がれ!」
「お前なんかに、兄ちゃんはやらない!」
勇敢にもインウィディアの前に飛び出したのは、1番元気がありルシードに飛びついていた少年だった。震えながらもルシードを庇うように両腕を広げ、インウィディアを睨みつけている。
「なぁに、この子供? わたし子供は嫌いなのよ……邪魔ねぇ」
「やめろ! インウィディア!」
リュージが叫ぶも、インウィディアは手を前に翳して躊躇いなく魔法を放った。
「くっ、そが!」
「あらぁ、当てたつもりだったのに。すごいわねぇ、あなた」
咄嗟にルシードが刀を抜いて、その魔法の起動を無理矢理変える。的が外れた魔法は、近くの石壁に当たり大きな穴を開けてしまう。あの魔法が子供に直撃していたらと考えだけでゾッとした。
「ふふ、でも……それじゃあ、これはどうかしらねぇ?」
「っ、あ……」
インウィディアが人差し指をルシードの眉間に当てる。すると、ルシードは途端になにかに耐える苦悶の表情を浮かべて片膝をついた。
「兄ちゃん!」
「お前、たちは……今すぐに、逃げろ」
「まだ喋れるの? あはははは! 本当に面白いわぁ、あなた! どこまで耐えられるかしらねぇ」
インウィディアの中では余程面白いことだったのか、珍しく大きな声を上げて笑い出す。そして空高く移動し、ルシードの様子を舌なめずりをしながら伺っている。その目は宛ら、獲物が弱り果て食らうタイミングを伺う捕食者だった。
「おい、しっかりしろ!」
「っ、リュージ、さ……」
インウィディアが子供たちとルシードから距離をとったことで、リュージが彼らの側へと駆けつける。ルシードは額に大量の汗を浮かべながら、苦しそうに肩で荒い呼吸を繰り返す。その様子が尋常ではなく、リュージはインウィディアを睨みつけた。
「……っ、ふふふふ、そんなに覇気を出したところで、もう手遅れよぉ。その子はわたしのものになるの」
「精神魔法か……くそっ!」
今ここでルシードが精神魔法に屈してしまえば、インウィディアの傀儡に成り果てる。それにより、リュージに勝ち目はなくなってしまう。
「耐えろ、お前がここで堕ちたら皆死んじまうぞ」
精神への干渉で意識が朦朧としているルシードの肩を抱き、リュージは声を掛け続ける。子供たちも泣きながらルシードに声を掛け、辛うじて踏み止めている状態だった。
「……嫌な女がきた」
ふいに、インウィディアがそう呟き身体を少しずらす。間髪入れずにインウィディアがいた場所に火炎が渦を巻いた。
「チッ、お前の方が余程嫌な女だよ」
「あらぁ、あなたにだけは言われたくないわね」
現れたのは赤い髪を揺らしながら鎧に身を包に勇ましく佇む女性、イザベラだった。どうやらルシードが飛ばした使い魔が、無事に援軍を引き連れてきたようだ。
「援軍か!」
「ご無事ですか、閣下!」
「あぁ、助かった!」
援軍到着により事態は好転しそうだが、状況は未だ悪い。援軍を呼んだ立役者であるルシードの使い魔である幼竜は、彼の瞳と同じアクアマリンの身体を主人に寄せて身を案じている。その小さな頭をルシードがひと撫ですれば、幼竜の姿はスッと姿を消す。
「こちらは無事ではないようだな……早めにカタをつけるぞ!」
「心得た! ってことだ、大人しく観念しやがれインウィディア!」
イザベラの背後から勢いよく飛び出してきたのは、メイナード。身の丈ほどある大きな斧を軽々振りかざしながら、民家の屋根に飛び上がる。そのまま足場を利用しながらインウィディア目掛けて飛び掛る。
それを避けるも、イザベラからの追撃の炎がインウィディアを襲う。
「ちょっとぉ……服が焦げちゃったじゃないのぉ」
「次は丸裸にしてやろう」
どうやらイザベラはインウィディアを一等嫌っているようで、その炎の魔法は容赦なくインウィディアに放たれる。
「冗談じゃないわ。これを作るのにどれだけ時間をかけたと思ってるのぉ? せっかくだから、あなたたちにも遊び相手を出してあげる!」
三度現れた召喚の魔法陣。そこから現れたのは、無数のアンデッド兵。数はざっと数十体いる。強さは先程の堕天使や死竜よりは劣るが、如何せん数が多い。
「我ら相手に舐めているのか? このアバズレが……」
「油断するな! 何かの時間稼ぎかもしれんぞ!」
「いいのよぉ、だってリュージちゃんの言う通り、ただの時間稼ぎですもの」
次の瞬間、横に居るルシードの身体に地面から生えた茨が巻き付いた。引き剥がそうにも、魔力が込められているのかびくともしない。
「なっ!」
「はぁい、リュージちゃん。言ったとおり、この子は貰っていくわねぇ」
イザベラとメイナードがアンデッドを相手にしている隙をつき、こちらへと移動してきたインウィディアは、ルシードの首に手を回しながらしな垂れかかる。その表情は恍惚に満ちており、リュージは腹の奥から煮え滾るような感情を覚えた。
「じゃあね、リュージちゃん」
インウィディアの後ろに再び魔法陣が現れ身構えるが、どうやらこれは召喚の陣ではないらしい。もはや抵抗もできないほど衰弱していたルシードは、そのままインウィディアと共に魔法陣へと消えていった。
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