第19話
「では、情報を整理し直します」
今まで得た情報と、新たに手に入れた情報を合わせながら、紙に情報を書き出していく。
「凍結領域の駐屯部隊からは、町や村の周辺には該当する聖堂はないと回答が返ってきておりますが……」
「古い墓地と聖堂でいいんですよね、宰相殿? ひとつだけ心当たりがあります」
「そういえば、クレジオ将軍は雪原の街クリニエーラの出身でしたね」
「ジュリアス、心当たりでも噂話でも良い。話してくれ」
ジュリアスは凍結エリア地図のある一点を指さす。そこは閉鎖領域と呼ばれる立ち入りが禁止されているエリアだった。
「その場所は……」
「数百年前、まだこの場所が閉鎖領域になる前の話です。この辺りに地下共同墓地があったと祖父が話していました」
「地下共同墓地……カタコンベ」
今はもう誰も近寄ることのできない閉鎖領域内にある地下の共同墓地。もし本当にこのカタコンベが実在するのならば、これほどまでにインウィディアが身を隠すにちょうど良い場所はないだろう。
「この情報の信ぴょう性はどのくらいですか。クレジオ将軍」
「あくまでも私の祖父の昔話です。ただ、祖父は神父だったのでその辺のことを知っていても不思議はないかと」
「あぁ、だからお前さんも神聖魔法を使えるのか」
「えぇ、叩き込まれてきたので一通りのものは使えます。威力はルシードには叶わないですがね」
神父が教会や聖堂、墓地の場所を把握しているのはなんらおかしいことはない。この情報は恐らく当たりだ。
「そのルシードが不在だ。お前さんの魔法は頼りにしているぞ」
「ご期待に沿ってみせましょう」
周りに女性でもいれば卒倒しそうな笑顔をリュージに向けるジュリアス。普段から顔の良い男を見慣れ過ぎているため、リュージはこの程度では動じないが、イザベラは不愉快そうにしている。
「そういうところが好かんのだ、お前は」
「では、イザベラ殿に好かれるよう戦場で挽回いたしましょう」
まるで紳士のように胸に手を当てて礼をするジュリアスに、イザベラは更に渋い顔をしていた。
「閉鎖領域となれば、また面倒な手続きが必要になりますよ?」
セドリックが危惧する通り、この領域へは許可なく立ち入ることはできない。それほどまでに危険な場所であり、本来ならば近づくことすら禁止されているエリアになる。
「わざわざ議会の連中に頼み込んでガサ札を出してもらわなくても、こちらで勝手にウチコミに行けば良い」
「ふふ、ガサフダとウチコミというのは閣下の世界の言葉でしょうか。それが出てくるということは、気合が入られているご様子で」
「すまんな。昔のクセが出た」
誘拐犯を追うようなことをしているからか、つい刑事であった頃のクセでそういった用語が飛び出してきてしまった。ひとつ咳払いをして誤魔化し、改めて言い直す。
「俺の権限でどうとでもする」
普通ならばとても面倒な手順を踏み、時間を掛けて上から許可申請を取らなければならない。だが、総帥の権限ならばリュージの言う通りどうとでもできるのだ。危険な魔物がその場所に住み着き、討伐に向かうという名目で。
ニヤリと口の端を持ち上げながら悪い顔をするリュージに、とても良い笑顔で応えるセドリック。
「かしこまりました。議会の連中は私が黙らせます」
「お前さんが参謀で本当に助かるよ、セドリック」
軍のトップとその参謀の悪巧みに似た会話に、部下たちは揃って待ってましたと言わんばかりの顔をした。唯一エイルのみが胃を抑えて苦い表情を浮かべている。そんなエイルに小さな身体を摺り寄せ、ラリマーが慰めていた。
「目的地が閉鎖領域になると……流石に遠いな」
山脈を越え、雪原を行くとなると、徒歩や馬では下手をすると数週間掛かってしまう。かと言って、この中で転移魔法を使用できるのはジュリアスのみだ。
「ジュリアス、お前さん何人までなら一緒に移動できる」
「私の転移魔法ですと、せいぜい2人が限界ですね……女性だけなら両腕に抱えて移動してみせますが」
その発言にイザベラの方から鋭い視線が飛んでくるが、リュージは構わず話を続ける。
「わかった。ジュリアス、そこのエイルとラリマーを抱えて一緒に転移してくれ」
「承知いたしました」
「え」
エイルが驚いた表情でこちらを見ている。なぜ自分も出陣のメンバーに入れられているのかといったところだろうか。
「お前さんとラリマーでなければ、その場所が本当にルシードの視覚で共有した景色なのかわからんだろう」
「そうですが……しかし、戦闘面では閣下や他の将軍の足でまといに」
「いや、その回復魔法と腕っ節なら大丈夫だ。期待している」
リュージにそう言い切られてしまえば、エイルは頷くしかできない。彼には申し訳ないと思いながらも、リュージは話を進めていく。
「セドリック、軍にいる転移魔法を使える者たちで、この頭数をどの距離まで移動させられるか分かるか」
「術者たちの頑張り次第ですね。雪原のど真ん中にでも放り出されたら困りますので、座標の共有を徹底しておきます」
「そこは任せる。あとは誰をここの守りで残すか、だな」
正直な話、ここにいる全員でインウィディアが根城にしているカタコンベを攻めたいとこではある。しかし、全ての将軍が国を空けた上に総帥不在となると、万が一に対応ができない。ジュリアスは魔法の属性関係上必要不可欠なため、外すことができない。イザベラかメイナード、どちらかに残ってもらうことになる。
「閣下、私は行かせていただきます。あのいけ好かん女、今度こそ燃やす」
「ってことは、俺が留守番になるわけだな」
イザベラの並々ならぬ覇気に、メイナードは潔く残る選択肢を選んだ。
「すまんな、メイナード。帰ったら約束通り、飲みに行くぞ」
「あぁ、イザベラ。待っているぞ」
話がまとまったところで、セドリックが場を仕切る。
「では、出発は明朝。必要なアイテムや装備の調達はこちらで行います。今回は少数精鋭での突入となりますので、今はしっかりと身体を休めておいてください」
この場は一度解散となり、各自各々の自室へと戻っていく。執務室に残されたリュージは、大きく息を吐き出しながら凝った首を動かし鳴らす。
「お疲れ様です。閣下も……休めといったところで聞かないのでしょうが、少しでも体力を温存しておいてください」
「あぁ、すまんなセドリック。お前さんにはいつも色々と面倒ごとを任せちまって」
「それが私の仕事ですので、お気になさらず」
にこりと微笑んだセドリックは、このあとの準備のために執務室を後にする。
「ふぅ……」
いつの間にか空は漆黒に染まり、随分と長く話し合っていたのだと気付く。だが、それだけ得るものが多く実のあるものだった。
(セドリックの言う通り、これは気が高ぶって寝られんなぁ)
明日は恐らくインウィディアとの戦闘が控えている。あちらの戦力がどの程度あるのか、未知数の状態で挑む事になるため、体力の温存は必須だ。だが、どうにも落ち着かず気が逸る。
「こいつの手入れでもしてやるか」
ルシードの愛刀、その刀身を抜いてみれば刃こぼれ1つしていない美しい刀が現れる。ここまで大事に使われているのを改めて知ってしまうと、少々気恥ずかしいものがある。が、この間の戦闘から手入れをしていない刀が可哀想なため、その感情を押し殺しながらリュージは眠れない夜をやり過ごした。
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