第7話
「下流区にはあまり来たことがなくてな。美味い飯屋があったら教えてくれ」
そうリュージがルシードに頼めば、ふたつ返事を返してきた。
そんなルシードは、緩めのシャツとズボンに青紫の髪を一纏めに結っている。腰に帯刀こそしてはいるが、普段よりとてもラフな恰好だ。その姿をマジマジと見ていれば、向こうからも同じようなことを言って返された。
「閣下……リュージさんのそんなお姿だって、私は初めて拝見いたしましたよ」
「おっさんの私服姿なんざ、見ても楽しくはないだろう。それと、その敬語も外して良いぞ?」
下流区の街中を2人並んで歩く。流石に街中で閣下などと呼ばれてしまうと面倒なことになりそうなので、リュージはルシードに名前で呼ぶように頼んでいる。
「敬語は……無理、ですね。リュージさん相手にはもうクセになっているので」
「そりゃあ残念だ」
「あぁ、でもそのお召し物は素敵ですよ? 今度私から服を送らせていただいても良いですか?」
「お前さんの服のセンスは良さそうだからな。喜んでお願いするよ」
その言葉の意味を知らず、ルシードの社交辞令だと思ったリュージはにこやかに返事を返す。その返事にルシードはにこりと笑顔を返した。
そんなやり取りをしながら歩いている市場の並ぶ通りは、貴族が住んでいる上流区とは違い規模は小さいながらも人々の活気があって見ていて楽しい。中々こういった場所に来る機会のないリュージは、物珍しそうに辺りをキョロキョロとしてしまう。
「リュージさん、こっちですよ」
「お、おぉ……すまん」
どうやら店は路地を曲がった先にあるらしく、ルシードは真っ直ぐに直進してしまいそうだったリュージの腰を抱いて誘導をする。それに少し驚いたリュージだったが、その手を払うことなく大人しくルシードについて行く。
「本当に、私のよく行く店で良いのですか?」
「あぁ。それをお前さんが美味いと思うなら、俺も食ってみたいからな!」
「なら良いのですが。あぁ、こちらです」
その店は市場通りから少し路地を行った場所にこじんまりと建っていた。外観こそ周りと似た建物だが、一見して飲食店だとは判別がつき辛い店だった。
「穴場の店ってやつか」
「ここの店主は目立つのが嫌いだと言っていまして……店が開いていても、看板すら出さないんですよ」
貧困層とまではいかないが、この下流区に住む人々は皆日々を生きるのに一生懸命だ。貴族の多い上流区の店ならまだしも、この区域の飲食店にしては珍しいことではないだろうか。
「こんにちは、ヤマトさん。今日は開いてる?」
「あぁ、ルシード坊やか。いらっしゃい。開いているよ」
慣れた様子で店の扉を開けて入るルシード。店主も慣れたもので、人の良さそうな笑顔を浮かべながらルシードを見ていた。
リュージと同じ年頃の男性は、白髪混じりの髪を後ろでひとまとめに結っており、柔らかな表情に似合う眼鏡をかけている。雰囲気としては喫茶店のマスターに似ている。
「珍しいもんだ、ルシード坊やが人を連れてくるなんて」
「ヤマトさん。坊やはそろそろやめてください……俺も、もう30なんですから」
「あんなに細っこい坊やが、今や軍人さんとはねぇ。年を取ったわけだよ」
会話から察するに、幼少期からここの店主の世話になっていたのだろう。ヤマトとルシードは、まるで親戚の子か近所の子供とのやり取りに近いものがあった。
「あなたは初めましてだね、いらっしゃい。口に合うかはわからないけど、食べていくといい」
店内はテーブル席が3つにカウンター席が3つと、こじんまりとした内装だ。だが、それと同時にどこか懐かしい雰囲気を感じてしまい、リュージは首を傾げた。
「ここはなにを出す店なんだい?」
「メニュー表ならここにありますよ」
どこか含みのある笑みを浮かべながら店主にメニュー表を手渡された。その流れを苦笑しながらも、慣れた様子でカウンター席に座るルシード。その横に並んでリュージも座る。メニュー表を見たリュージは、先程から感じているその懐かしさの正体に気がついた。
(こいつは驚いた)
そのメニュー表に書かれていた言語は、この世界では使われることのない異世界の文字だった。しかし、どちらかと言えばリュージはそちらの文字の方が馴染み深い。思わず口元に笑みを零せば、ルシードが不思議そうにこちらを見ていた。
「この文字、リュージさんは読めるのですか?」
「読めるもなにもなぁ」
かれていた白い文字は見間違えるはずもなくリュージが元いた世界の文字だった。
「ヤマトさん、あんた日本人か」
「おや……まさか、あなたもですか」
これにはヤマトも驚いたようで、一瞬大きく目をに開いたあとにくしゃりとシワのある顔で笑みを浮かべた。
「こんなところで同郷に会えるとはなぁ……嬉しいよ」
「私もですよ。よろしければ、今日は同郷のよしみでサービスしますよ」
「そりゃあ嬉しいな! じゃあ、この店主のオススメで頼むよ」
「かしこまりました。ルシード坊やはいつものでいいかい?」
「ええ、いつもので」
二人に気を使って静観に徹しようとしていたルシードだったが、ヤマトの気遣いによりその輪に加わることとなった。
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