第6話
エイルに教えられた場所は、街の下流区にある住宅街の民家だった。およそ将軍が住んでいる邸宅には見えない、下流区にありふれた住居の中の1つ。そこにルシードが住んでいるらしい。
(こんな場所を隠れ家にしてるのか)
リュージからしてみれば、元住んでいた家は借家だったため、どちらかと言えばこういった質素な造りの建物の方が好ましい。今与えられている執務室の横にある私室でさえ、リュージからしてみれば広すぎて未だに少し落ち着かないところもある。
コンコンと軽くノックをしてみるが、家主は出てくる気配がない。何気なくドアノブに手を掛けてみれば、驚いたことに鍵が掛かっていなかったようで、すんなりとドアが開いてしまった。
「おいおい、無用心にも程があるだろう」
開けてしまった自分が言うのもなんだが、いくら並みの強盗など相手にもならないとは言え些か無用心が過ぎると心配してしまう。
しかし、開けてしまった手前このまま無施錠の状態を見過ごすことも出来ず、よろしくないとわかっていてもリュージはそのまま家の中に1歩足を踏み入れた。
「これは……シャツか」
少し進んだ先の床に落ちていたのは、脱ぎ捨てられたのか……放置されたシャツが落ちていた。その先を見ると、階段の途中に上着やズボンといった他の服も落ちている。階段を上がりその服を拾い上げて進んだ先にあったのは、こんもりと膨らみを帯びたベッドだった。
(中々に、貴重な光景かもしれんなぁ)
脱ぎ捨てた服を放置してベッドでシーツに包まり眠る姿など、リュージの知るルシードからは全く想像のつかない姿だ。服はいつもキッチリとしていたし、うたた寝をしているところすら見たこともない。物腰もいつも丁寧で、気遣いも出来る。その反面、戦場に出れば勇ましく戦う姿は同じ男であるリュージすら惚れ惚れするほどだ。
それほどまでにリュージの前では気を使っていたのかと思うと、いい年をした男性に対して使うには間違いかもしれないが、少し可愛らしく思えてしまった。
手近な椅子に腰を下ろし、暫くその姿を眺めて楽しむリュージ。それでも、ルシードは起きる気配もなく寝入っている。
(ここはルシードが気負わずに安心して休める場所っていうことか)
それならば邪魔をするのも申し訳ない気持ちが勝り、リュージは日を改めようと立ち上がる。その際に小さな物音がしてしまい、それに反応してルシードから声が漏れた。
「……エイルか……? 用があるなら使い魔を飛ばせと言っただ……ろ?」
「よう、おはようさん。エイルじゃなくてすまんなぁ」
もぞもぞとシーツから顔出したルシード。まだ眠た気な双方は、リュージを目にした途端に大きく見開かれた。
「閣下……?」
「おう。悪いな、勝手に邪魔してるぞ」
「……エイルか……」
事態が飲み込めずに一瞬固まったルシードだったが、持ち前の頭脳ですぐに状況を判断し、この状況を作り出した犯人を特定した。
「エイルを叱ってやるなよ? 興味本位でお前さんの居場所を聞いて、ここに来たのは俺の意思だからな」
「閣下……貴方に好意を抱いている男の寝室へおひとりで来られるなんて……もう少し危機感をお持ちになってください」
それは入り口に鍵すら掛けていないお前には言われたくない。と言ってやりたかったが、余りにも深い溜息とともに項垂れながらそう言われてしまい、リュージは乾いた笑いしか出てこなくなってしまった。
「お前さんに限って、そんな間違いを犯すとは思えんがなぁ」
「私も男ですので、好いた相手と寝室で2人きりとなれば、間違いも起こしかねませんよ」
片手で顔を覆い、そのまま髪を掻き上げる仕草は流石色男と言うべきか絵になっている。
「そう言った意味でも俺を見れるのか……」
「幻滅しましたか?」
「いやぁ……少し読み違えていた」
向けられる好意は幼い頃助けた刷り込みのようなものだと、そう言い聞かせていた。その読みは少しどころか、かなり外れていたようだった。そうなると、今までのルシードに対して随分と素っ気ない態度で返してしまっていたと、心の中で少し反省をした。
(そりゃあ、周りから袖にしているだなんだ言われるわけだ)
周りの連中の方が余程、ルシードがリュージに向けている想いに気付いていたということになる。それに気付けなかった己の鈍感さは中々だと、リュージは少しばかり落ち込んだ。
「あの、閣下、その腕の中にある衣類は……」
「あぁ、床に落ちてたんで拾った」
「……申し訳ございません、そのような物を拾わせてしまい」
リュージの腕の中にある衣類が自分の物だと悟ったルシードは、慌ててベッドから飛び起きてリュージが抱えている服を奪い取った。
「まぁ、疲れてるときはそんな恰好で寝ちまうよなぁ。お前さんも俺と同じか」
下着姿1枚のルシードを見て、リュージは豪快に笑う。将軍のこのようなあられもない姿など、中々にお目にかかれない貴重な光景だ。
「幻滅、されましたか……?」
しゃがみこんで小さくなってしまったルシード。いつも余裕と自信に満ちている顔はいま、捨てられた犬のような顔をしてリュージを見ている。
「いーや。寧ろ親近感が湧いてきたよ」
そんなルシードの寝癖の付いている頭を撫でてやれば、顔を赤らめ衣類にその顔を隠してしまった。
今日は色々な表情のルシードが見られて面白いと思いつつも、忘れていた本来の目的を思い出して口に出す。
「ルシード、着替えたらメシでも食いに行かんか?」
「喜んでお供させていただきます」
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