炎の残滓
ざわめくクラスの中、いまだに息が整わない輝姫は、机に突っ伏していた。今までの人生であれほど必死に走ったのは、今日が初めてだったかもしれない。
「大丈夫?」
朝に弱いため、午前中はあまり自分から話しかけてこない前の席の透馬までが心配して来るほどに、輝姫の息は荒かった。
「え、えぇ…大丈、夫…」
とても大丈夫に思えない元気さだが、輝姫はそれでも笑顔を見せた。
「寝坊したんでしょ?飽きないね〜、今年入って十回目だっけ?」
突然頭の上から降ってきた声に顔を上げると、友達の朱音がニヤニヤと笑いながら輝姫を見下ろしていた。ぷくりと頬を膨らませて、なんとか起き上がる。
「ひどいっまだ一回目よ!」
くすくすと笑い声を漏らし、朱音は輝姫の右隣の席に座った。不満げな輝姫の視線を無視して、朱音は透馬を盗み見た。何やら耳が赤い。
「で、昨日のテストどうだった?」
透馬はため息を漏らし、輝姫はいつも通りの笑顔を浮かべた。つまり、いつも通り透馬は文系科目だけできて、輝姫は特に間違えたところも思いつかなかったのだろう。
「今回こそは百点取りたいんだけど…」
涼しい顔でそう言ってしまえる輝姫に、いつも通り朱音は呆れた。ちなみに、朱音はいつも赤点ギリギリである。
「輝姫の頭、どうなってんの…」
大体理系科目では平均点を取る透馬にとって、輝姫は全てできる驚きの人物である。朱音からの勉強に関する評価は、言わずもがな。
「なんとなく楽しいのよ、勉強って。知らないことを知ることができるのよ、楽しくない?」
輝姫は生き生きと勉強への楽しさを語った。その時点で、すでに朱音は遠くを見ている。輝姫はさらに話を続けようとしたが、寸前で透馬に止められた。
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。」
輝姫はぷくりと頬を膨らませて、再び机に突っ伏した。勉強の話をしていたので忘れていた疲労を、再び思い出したようだ。
「でもでも、私運動はできるもんね!」
輝姫が黙ったことで元気が復活した朱音は、二人を放っておいて一人でボーボーと燃え盛っていた。
数学、国語のテスト返しと続き、次は家庭科の調理実習だった。ガスコンロの青色の炎が、窓から入ってきた風で揺れる。その光景に妙に既視感を覚えて、輝姫は眉を寄せた。
「師匠…」
意図せず出てきた言葉に、輝姫は目をわずかに見開いた。なぜそんな言葉が口から出てきたのかと記憶を手繰り寄せる輝姫は、隣にいた朱音が不審そうに見ていることに気が付かなかった。
「パンケーキそろそろ焦げそうだよ?」
透馬の声に我にかえり、輝姫は慌ててパンケーキをひっくり返した。いつもなら綺麗な狐色に焼けるのに、今回は少し焦げてしまっていた。
「ありがとう、亜麻王くん。少し上の空だったみたい。」
透馬は顔を少しだけ赤くして、俯いてしまった。どうやら自分の作業に戻ったらしい。彼は今回フレンチトーストを作ると言っていたので、そんなに難しい作業ではないはずだ。透馬の様子に内心首を傾げながら、輝姫はパンケーキの様子を見た。そろそろ焼けている頃合いだ。焼け具合を確かめて、輝姫はパンケーキを皿の上に乗せた。そして、パンケーキを焼く前に切っておいたイチゴやバナナ、ブドウなどのキラキラ輝いているフルーツを取り出す。イチゴを食べたくなる気持ちを抑えながら、輝姫はパンケーキの上にフルーツを乗せ始めた。輝姫の頭の中からは、先ほどの言葉は抜け落ちていた。
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