空が晴れたら、夢よ咲け

華幸 まほろ

長針の動く音

 指がぱちん、と鳴った。同時に、目の前の木に火がつく。

「成功だ、さすがだな。」

隣にいた人が頭を撫でてくれた。黒い髪にサファイアのような瞳、端正な顔立ち。それを見せれば人気だろうに、黒いフードを深く被り、襟を立てている。瞳にはチラチラと揺れる炎が映り込み、その美しさを余計際立たせていた。

「あなたは…」

視界が歪んだ。気持ち悪さにギュッと目を閉じる。体がどこかに吸い込まれていきそうで、体を掴むように両腕を掴んで身を縮めた。

 「誰?」

引き込まれるような力がなくなり、喉の途中まででかかっていた言葉が不意に漏れたが、全然違う声にパチリと目を開いた。白い天井と、灯りのついていない丸いライト。

「…夢?」

今のはなんだったのだろう、と思考を巡らせつつ輝姫こうきは上半身を起こした。春のうららかな朝だ。暑くも寒くもない、ちょうど良い気温。チラリと時計を確認すると、いつも起きる時間よりも1時間早かった。

「寝ようかしら。」

目覚まし時計がきちんとセットされていることを確認して、布団に潜り込む。

「おやすみ。」

目を閉じて一度深呼吸をすれば、すぐに眠りに落ちる。はずだった。

「…寝れないわ。」

目を閉じれば簡単にわかった。今、輝姫の体は眠気を一切感じていない。昨日は特に早く寝たわけでもないのに不思議なこともあるものだ。再びむくりと起き上がり、今度は布団から出た。目覚まし時計のスイッチを切り、二つ並んでいるうちの小さな茶色のクローゼットの扉を開ける。そこには、制服が何着か並んでいた。隣のクローゼットには普段服が入っているため、そちらは少し大きめである。ワイシャツを取り出し、ボタンを留める。いつもは息苦しいと感じる硬い襟は、今日はそれほどそう感じなかった。

「…?」

少し違和感を覚えながらも、今度はズボンを手にとる。次はネクタイ。クローゼットの扉に取り付けてある鏡を見ながらキュッとしめると、もう学校に行く準備はほぼ整った。と言っても、まだ水筒を準備していないが。

「ん…?」

輝姫は首を傾げ、再びを時計を見た。よく見ると、ハッと気がついた。

「止まってるー!?」

思わず叫んで、輝姫は鞄を掴み、部屋から転がり出た。部屋の外の壁にかかっている時計を見ると、いつもならすでにご飯を食べ始めている時間だった。

「わー!」

もう一度叫び、ダダダダッと階段を駆け降りる。リビングへと続く扉を開けると、鞄を乱暴に置いて冷凍うどんを冷凍庫から取り出した。レンジに入れて、三分の加熱を開始する。その間に麺つゆに水を入れて薄め、揚げ玉と器を準備すればいつもの朝ごはんの準備段階はでき上がりだ。三分は意外と長いもので、輝姫はじりじりとしながら待った。

チーン ガチャッバタン

出来上がったことを知らせる音が鳴ると同時に扉を開け、うどんの内袋の端を掴んですぐに閉める。そして器にうどんを開け、ゴミを捨てて麺つゆを入れればうどんの出来上がりだ。箸置きから箸を掻っ攫うようにしてとり、ドタバタとテーブルについた。

「いただきますっ!」

ざーっと揚げ玉をいれ、カリカリが残っているうちに食べ尽くす。うどんを二本口に含んで噛み締めると、もちもちとした食感と麺つゆで味付けされたうどんの味で頬が落ちそうになった。名残惜しく感じながら、ごくりと飲み込む。

「美味しい…じゃなーい!」

今日寝坊したことを思い出し、慌てて次のうどんを口に含んだ。もきゅもきゅと噛んで、ちょうど良いところで飲み込む。

 一人前を食べ終わり、時計を見るともうそろそろ出発していてもおかしくない時間だ。

「やばっ!」

箸セットと水筒を高速で準備して鞄に突っ込み、ダダダ、と足音を立てて玄関まで走り抜ける。慌てすぎてローファーの紐を結ぶのも難しい。

「行ってきまーす!」

なんとか紐を結び、ドアを開けて玄関から転がり出るように走り出した。いつものバスの遅れ具合からすると、あと一分で来てしまう。そしてバス停まではどんなに必死に走っても一分半。

「今日だけは遅れてー!」

いつもならば早くきて欲しいと思っているのに、こういうときだけこんなことを思う輝姫だった。

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