第3話 対となるもの
小説の中で、一人の男が、いつも被害妄想で悩んでいた。
一つ気になっていたのが、
「当事者には、なかなか分からないこと」
ということだったのだ。
ある日、一人の少女が、道を歩いていた。その少女は、小学生で、学習塾が終わっての帰りがけだった。
時期としては、秋に入りかかった時、それまで、セミの声ばかりが聞こえていたのに、気が付けば、秋の虫の声が聞こえる。そう感じたのは、汗を掻いていたはずなのに、日が暮れた状態で吹いてきた風が、身体を冷やしているように感じたからだ。。
「思わず身体が震えているかのようだった」
と彼女は思ったのだが、その時に感じた震えは、どうも寒さだけではなかったような気がしたのだ。
セミの声は、昼間に聞くと、これほどうるさいものはない。だが、日が暮れてからでは、そこまでうるさくはないのだが、その変わり、
「湿気を帯びた生暖かさ」
というものを感じさせるのだった。
ただ、日が暮れてからであれば、夏の時期であっても、秋口であっても、風は吹いてくるものだ。
それだけ、セミの声でも、秋の虫の声でも、そこに違いのようなものはなく、ただ、セミと秋の虫の鳴き方の違いを感じさせられるのであった。
「秋の虫というのは、まるで音楽を奏でているように、規則的に、脈をうつかのように、聞こえてくる。しかし、セミというのは、ただ、うるさいだけ」
ということで、
「どちらが耳障りか?」
と聞かれると、
「セミの声」
というのを、迷うことなく答えるに違いない。
夏の暑さを、
「ジリジリと感じる」
と言われるが、セミの声は、まさにそんなジリジリとした暑さを、容赦なく、身体にぶつけてくるかのように感じるものだった。
秋の虫というのも、鈴虫であったりコオロギなどのように、
「羽をすり合わせるようにして、音楽を奏でる」
というものに対し、セミというのは、
「声帯を震わせるかのような音を立てる」
と思えていた。
だから、ジリジリとした暑さと、マッチして聞こえるのであって、
「もし、セミの声が聞こえない中、暑さだけに耐えなければいけない」
と思うと、実際に、
「シーンとした静寂の中で、暑さだけが醸し出される」
という雰囲気であれば、そこに、風もなく、暑さだけが、滲んでいて、まるで、
「巻貝を耳に押し当てている」
というような雰囲気に、耳の奥の空気が振動もせず、熱だけが籠っているかのように思えるのだ。
そうなると、
「熱さを逃がすことができない」
という、密閉された空間の中で、次第に熱中症になりながら、真空状態から抜け出すことができず、呼吸困難になって、そのまま動けなくなってしまうと思えてくることであろう。
そんなことを想像していると、
「セミの声というのは、喧騒とした雰囲気であるが、それは、静寂からの密閉した暑さを和らげてくれ、暑さを発散させるための、発汗作用を、もたらしてくれるものではないだろうか?」
と感じさせる。
やはり、
「夏には夏の、セミの声というものが必要なのだ」
と感じさせられた。
最近の夏は、10月くらいまで暑い。最高気温は30度を超えるなど、当たり前のようになってきて、
「秋分の日」
と言われる。お彼岸が、まだ、夏真っ盛りというくらいなのである。
歩く道すがら、
「彼岸花と呼ばれる曼殊沙華が、申し訳なさそうに頭を垂れて、深紅に近い色を醸し出している」
ただ、この花を見た時。
「どこかで見たことがある」
と感じたのだが、それが、以前、中学時代に好きだった探偵小説で、旧家の家の家宝が入れてある、漆黒の漆塗りの偃の表に書かれていた絵が、この、曼殊沙華であったことを思い出した、
何といっても、戦後に書かれた小説で、舞台の始まりは戦前であったことから、製薬会社の経営を手始めに、手広く全国で、会社を展開し、大財閥の一つに数えられるところであった。
そもそも、
「戦前における。製薬会社」
というと、当時、一番力を持っていた、
「軍部」
との癒着があったことに、ほぼ間違いない。
歴史で習う時など、
「満州事変」
や、
「226事件」
などという事件をきっかけに、軍部が力を持っていたように勘違いしている人がいるかも知れないが、あくまでも、軍は、最初から力を持っていて、事件や事変を中心にのし上がっていったのは、
「暴走ともいえる、独走があったからだ」
と言われるが、それは間違いないことだ。。
当時の日本は、天皇を中心の、
「立憲君主国」
だったことから、軍部というのは、
「天皇直轄」
ということで、政府が口を出せないところであった。
しかも、
「軍部の秘密は、国家機密」
といってしまえば、当然、暴動するのも、仕方のないことだといってもいいだろう。
しかも、軍部は、武器を買ったりするのに、アヘンまどの密売などで、力をつけていったという側面もある。
アヘン密売に、当然軍部が絡んでいるのは当たり前で、製薬会社ともなれば、その軍と密約を結び、アヘンで儲けた金で、事業をどんどん展開したりすることで、会社の方も力をつけていったということであろう。
そういう意味では、
「軍部と、製薬会社は、一蓮托生」
ということであり、それこそ、時代劇でいう。
「悪代官と、越後谷」
というような関係だったことだろう。
これがもし時代劇であれば、悪代官と、製薬会社の結託のその場所に、正義の味方が現れ、彼らを成敗することになるであろうが、軍部以上の力を持っている人間というと、天皇しかいない。
天皇が、どこまで知っていたのか分からないが、国家の国防であったり、治安を守るということであれば、ある程度の
「行きすぎ」
というのも、若干仕方がないというところもあるということになるだろう。
製薬会社を元手に、軍需産業であったり、重工業などに手を染めたりしていたことで、「戦争機運が高まるということは、我々が儲かるということだ」
と、会社の方とすれば、軍と結ぶことは、決して損になることはないといえるのではないだろうか?
その製薬会社が、軍需工場などと結んで、一つの財閥を作っているのだから、社長が、軍を掌握したりして、金儲けにも、一躍買っていた時だったということであろう。
もちろん、今の時代では、そんなことが通用するわけはない、しかし、当時の軍部は、アヘンだけでなく、
「生物兵器」
などというものも研究していたようで、それを裏で操っていたのは、この財閥における、製薬会社だったのだ、
当時の日本には、
「財閥」
と呼ばれる企業はいくつかあった。
この会社以上に、金を持っているところもあっただろうが、結局、戦争に負けてしまうと、占領軍は、
「軍国主義となった原因の一つに、財閥の存在がある」
ということで、戦後、
「財閥の解体」
というのが行われた。
それは、
「軍部の解体」
つまりは、武装解除と同じくらいに大切なことであった。
それにより、軍や政府の、
「戦争犯罪人を裁く」
ということになったのだ。
だが、日本においては、
「生物実験の研究」
あるいは、
「化学兵器の製造」
などということが行われていたということが、
「公然の秘密」
であった。
しかし、戦争が終わってみると、
「それらの開発をしていた」
という証拠は、一切残っていなかったようだ、
研究資料は、すべて、償却されm、残っていた捕虜も、皆殺し、
そうしないと、
「生き証人を残してしまう」
ということになり、
「しゃべられては、すべてが終わり」
となってしまうからだった。
だから、敗戦ということになった時、軍の命令で、
「徹底的に証拠を残さないように、すべてを闇に葬る」
ということが至上命令ということになったのだ。
当時の関東軍とすれば、
「とにかく証拠を残さない」
ということで、焼却炉は、書類の焼却や、標本などでいっぱいだっただろう。
少し残っている捕虜の始末を考えた軍とすれば、まず、自分たちが入ることになる穴を掘らせて、さらに、
「捕虜同士に殺し合いをさせる」
ということで、捕虜の数が減ってきたところで、今度は、
「少なくなった捕虜を殺す」
という方法を取ったりしたのだった。
だが、莫大な量の資料や、研究材料を、結構広い研究所自体、何もなかったかのように破壊しなければいけなかったのだ。実際には、一切の証拠を残さなかったということになっているのは、考えてみれば、不思議なことだった。
もちろん、証拠が残っていないからだろうが、その舞台にいた人間の誰も、
「戦争犯罪人」
として、逮捕、起訴されたわけではなかったのだ。
「実際には、どの部隊が、研究をしていたのか?」
さらには、
「誰がいたのか?」
などということも、すべて分かっていたというではないか。
それを考えると、誰も戦犯になっていないというのは、絶対におかしい。
さらに、
「研究員のうちの数名は、敗戦後、研究所から、アメリカに渡ったという話も残っている。
さらに、研究所にいた、しかも、幹部と目されている人たちは、その後、できた製薬会社であったり、血液銀行などの、会長に収まっていたり、取締役になっていたりしていたのだ。
これらのことと、その後の世界情勢を考えると、
「取引が行われた」
ということもあったのかも知れない。
その後の世界情勢というと、
「アメリカを中心とした、資本主義による西側陣営」
そして、
「ソ連を中心とする。社会主義による東側陣営」
というものが、睨みあうという、
「東西冷戦」
という構図ができたのだった。
世界大戦中から、アメリカも、ソ連もお互いに睨みを利かせていて、ソ連がベルリンを陥落させた時、いち早くナチスの科学者をソ連に連行し、そこで、アメリカに対抗する兵器開発をやらせていたのだった。
アメリカも、それくらいのことは分かっていた。
「ソ連が、ベルリン侵攻した時点で、ドイツが終わりだとなると、ソ連はいち早く。東西冷戦をにらむことになっただろう」
といえる。
そして、ソ連はアメリカが、
「核開発に成功した」
ということは分かっていたはずだ。
だからこそ、ソ連は焦っていたことだろう。
それは、結局、
「核開発競争」
を引き起こし、
「核による抑止力」
という神話めいたものが語られるようになり、
「それが、迷信だった」
ということに気づくまでに、かなりの時間が掛かることになるに違いない。
「もちろん、アメリカも、ソ連が簡単に原爆を作り上げるまではできないだろう」
と思っていたに違いない。
しかし、アメリカも。
「核の優位」
がなくなったということで、さらに、強力な核兵器の開発と、それだけではない、他の兵器の開発も考えていたことだろう。
それが生物兵器であったり、化学兵器であった。
それが、いわゆる、
「伝染病などの金をばらまく」
ということであったり、
「毒ガスなどによって、相手を殲滅する」
という恐ろしい兵器である。
「貧者の核兵器」
と、いずれは呼ばれるようになった、特に、
「ゲリラ戦などで用いられる兵器開発に使われる」
のであった。
そんな時代において、当時日本が研究していたとされるものは、実に有効だった。
特に相手は、
「ナチスの科学者」
を連れていっているわけで、彼らは、
「ホロコースト」
のために、毒ガスや化学兵器の開発を行っていたので、彼らに対抗するためにも、それらの兵器に対しての情報を持っている、
「日本の科学者」
というのは、重宝されたのだろう。
日本という国は、何といっても、
「資源に乏しい国」
ということである。
当然、資源に乏しいわけなので、
「貧者の核兵器」
と言われる、生物兵器、化学兵器の開発は、必要不可欠だったのだ。
日本は、ゲリラ戦にもたけていたので、日本兵の中には、
「利用価値のある」
という人はいっぱいいたのかも知れない。
しかも、彼らには、軍人としての、愛国心であったり、忠誠心というものも当然あったであろうが、それよりも、科学者としての誇りや、考えがあったに違いない。
それを思うと、
「日本は負けたんだ」
ということになると、さっさと気持ちを切り替えて、
「相手が、俺たちに研究を続けさせてくれるというのであれば」
ということで、それまで、敵だった国に協力するということもありえなくもない。
実際に、本土では、軍隊は解体させられ、自分たちは、帰るところを失ったのだから、
「それなら、敵だったとはいえ、研究をやらせてくれる」
という自分たちの生きる道を与えてくれたということで、協力する気になったとしても、それは無理もないことであろう。
だから、彼らは戦勝国に協力することになるのだろう。
そういう意味で、国内の財閥が軒並み解体されて、弱小化していくようになっていくにも、かかわらず、この財閥は、すたれることはなかった。
むしろ、
「唯一残った財閥系の会社」
と言わんばかりで、発展をつづけた。
他の財閥も、朝鮮戦勝特需などで、完全解体を免れて、財閥としての権威はなくなったが、何とか、国のトップクラスの企業を保っていたのだ。
なぜ、この財閥だけが、発展をつづけたのかというと、
「まず一番は、この財閥が、製薬会社から立ち上がったものだ」
ということだ。
他の財閥は、他の産業から成金のようになり、そのまま財閥化したところが多かった。貿易であったり、重工業であったり、軍需というのもあったが、連合国が本当に欲しいのは、
「化学兵器や生物兵器」
という戦争に使う、
「裏の兵器」
というものだったのだ。
だから、戦勝国との関係も良好で、欧米にもたくさんの支店を出したりすることで、外国からも、融資を受けて、製薬会社の力がどんどん。大きくなっていった。しかし、そのうちに、この財閥の力が強くなりすぎた。
彼らが、政府に口を出したり、戦勝国に対して、いろいろな条件を出したりするうちに、会社の方とすれば、
「いずれは、日本政府だけではなく、欧米を牛耳ってやろう」
などということを考えるようになった。
そもそも戦争に負けた国であり、そんな大それたことを考えられるはずのない立場なのに、それでも、
「国会だけではなく、内閣も、手中に収めよう」
というくらいに財閥は考えるようになった。
元々の先代は、
「そんな背伸びは絶対にダメだ」
といっていたのだが、その会長が、老衰でなくなると、今度はそこから、
「血みどろの遺産相続」
というものが起こったのだ。
しかし、実際には、その裏に、国家が絡んでいて。ただの遺産相続のための、犯行ではないというような、話になってきたことから、
「社会派探偵小説」
ともよばれたが、実際には、
「トリックや謎解きを重視した」
と言われる、
「本格派探偵小説」
と呼ばれるものが、本当のジャンルだったのだ。
そんな探偵小説の中で、一つ気になったのが、事件をミスリードする形の内容のもので、一つの殺人計画メモというものが存在していた。
その街には、不思議と昔から対となるものが存在していて、その内容というのが、
「それぞれの職業であったり、立場であったり、宗派であったりなどの代表者がそこに書かれていて、実際に最初に殺された人間の名前のところが、墨で縦棒を敷かれていたのだ。
そもそも、この殺人は、
「財閥における、血みどろの遺産相続のはずだったのに」
ということで、この殺人メモが大きくクローズアップされて、警察は、
「遺産相続からも、この殺人メモに書かれている内容からも両方、捜査をする必要に駆られた」
ということであった、
実際に、当時この事件の捜査を内偵していた、一人の探偵がいたのだが、そのことは、探偵と仲がいい警部だけが知っていたのだ。
しかも、探偵は、
「警部、申し訳ないが、守秘義務なので」
ということで、今の時点では、何も言えないが、依頼人の求めに応じて、最初から、この事件にかかわっていたのだった。
さすがに、第一の殺人を防ぐことはできなかった。
第一の殺人は、探偵が内偵どころか、着手すら、準備段階だったことで、本当に虚を突かれたものだった。
しかし、探偵としては、非常に悔しがっていた。
というのは、
「私にだけ、この事件を未然に防ぐことができたかも知れない」
といって、地団駄を踏んで悔しがったのだ。
しかし、警部としても、
「いやいや、あなたのせいではありませんよ。今回の事件は、誰にも防ぐことはできない。何といっても、我々は犯人像どころか、動機の所在がまったく分かっていないんですからな。しかも、この事件というのが、本当にこの財閥における殺人事件を予見しているものかどうか分からなくなってきたからですね」
と、警部が言った。
「ああ、あの殺人メモなるものの存在ですか?」
ということであったが、探偵は、ある程度落ち着いていて、そのメモを失念まではしていないようだが、あまり興味を持っていないようだ。
何といっても、あの不気味なメモは、実際に最初の殺害された人の名前を予見していて、しかも、そのメモが置かれていた時には、まだ、事件になっていなかったからである。
「誰が何の目的で、そんなメモを書いたのか?」
あるいは、このメモに書かれているように、第一の殺人が的中してしまったということなので、
「これは、犯人が書いたものに違いない」
ということであるが、
「それで、本当に間違いないのだろうか?」
と考えられる。
となると、
「このメモを書いたのは、犯人ということになるが、こんな大切なメモをなぜ、簡単になくしたりするのか?」
ということであり、実際にこのメモは、分かりやすいところにあったという。よく見ると、この街の特徴といってもいい。対になる人がいるこの街の特徴を書いただけのものだともいえるが、問題は、
「第一の被害者が、線で最初から消されていた」
ということだ。
すると。もう一つ気になるところであるが、
「このメモを書いた人間と、墨で第一の被害者に線を入れた人間とが、果たして同一人物なのか?」
という問題であった。
実際には、被害者が誰なのか分かっていたのは、普通に考えると、
「犯人しかいない」
ということになり、
「そのメモの存在が、いろいろと考えられるようになる」
といえるだろう。
最初に考えられて、一番可能性が高いと思われるおは、
「殺人計画メモ」
ということである、
このメモにおいて、唯一の動的な事実として、
「殺人事件が発生し、最初に殺害された人物の名前が、墨で縦棒を入れられていた」
という事実であった。
その事実だけを考えると、
「殺人計画メモ」
と思わずにはいられない。
しかも、時系列から考えても、
「犯人が、計画通りに第一の犯行をやってのけた」
ということかであった。
第一の犯行が、本当に、
「計画通り」
ということだったのか、結果だけで判断すれば、
「犯人が、殺害計画に基づいて、事件が発生し、それを速やかに成功させ、警察や探偵の出鼻を見事に挫き、愚弄している」
ということになるのだった、
警察としても、探偵としても、
「予知できていなかった」
ということであったが、実際には、
「殺害予告なるものが、事前にあって、それを警察も探偵も、防ぐことができなかった」
ということを言われ、新聞にも、ハッキリとは書かないが、それらしきことを書いて、捜査当局をかく乱するには、十分だったといってもいいだろう。
警察の、捜査本部の方でも、
「こんなに簡単に事件を起こされてしまっては、警察のメンツは丸つぶれだ。一刻も早く犯人を検挙しなければいけない」
ということで、はっぱをかけてきたのだ。
しかし、この事件は、捜査関係の人間のほとんどは、
「このままでは終わらない」
と考えていた。
考えてみれば、見つかったメモというのは、犯人にとっての、殺害計画メモということになる。
それを警察は、防ぐことができなかったことで、県警本部としても、プライドがあるので、頭の中では、
「今起こった事件の解決に全力を注ぐ」
ということで、本来であれば、
「次に誰が狙われるか?」
ということで、狙われやすい人間、つまり、そのメモに書かれている、殺された人以外のすべてに、警備をつけておく必要がある。
実際に、捜査本部では、それをしようと考えていたのだが、上からの至上命令で、そうもいかなくなった。
探偵は口にこそ出さなかったが、
「ああ、これが、この事件の、計画だったのではないか?」
ということである。
わざわざ、殺人メモを残して、犯人が、それでも、第一の犯行を行ったのかということを考えると、
「誰が狙われるかということを示しておいて、それを警察が全員を守るということができないその隙をついて、どんどん、犯行を重ねていくとした場合、考えられることとして、犯人の本当の目的というものを、分からなくしようという意図が含まれている」
と思うのだった。
実際に、
「今度の犯行において、あまりにも、できすぎているところが多い」
ということを、探偵は危惧しているのだった。
要するに、
「最初から、犯人の計画通りに、自分たちが動いている」
ということで、犯人にとって、探偵や警察は、自分の描いた殺人計画といえるであろう、シナリオの、
「重大な、名脇役」
だといってもいいのではないか?
ということであった。
実際に、脇役として、この事件にかかわっていくと、探偵が行うべく、捜査方針として考えられるのは、
「内偵」
ということであろうと、思うのだったが、
この内偵というのは、犯人に知られていようといまいと、探偵によっては、どちらでもよかった。
知られていないのであれば、それをいいことに、独自に事件を捜査すればいいことであり、
「逆に知られているということであっても、それが、自分にとって、相手よりも、先に進んでいるということを相手に示すことで、相手を焦らせて、ボケ痛を掘らせる」
という計画も、探偵は考えていた。
しかし、それにはいくつかの考え方というものがあるというもので、
「まずは、犯人の今度の殺人メモというものが、我々が考えるような、本当の殺人メモであり。ただ、その存在意義として、警察の捜査をかく乱させるというところにあるのか、それとも、他に何かがあるのか?」
ということを明確にさせる必要がある。
何といっても、今回の犯罪において、今のところ、唯一の手掛かりになるのは。このメモであった。
ただ、このメモの存在というのは、かなり大きなものであり
「犯人の目的が何かということ以前に、犯人を特定するためには、まず、このメモの秘密を解き明かす必要がある」
ということになるのではないだろうか?
探偵は、警察よりも、いくつか先に進んでいた。
それは、事件の依頼をしてきた依頼人がいるということで、
「探偵を雇ってまで、まだ事件が起こっていない状態で、何かを探ろうとした」
ということだから、依頼人にとっては、どこまで予知できているのか分からないが、少なくとも、じっと何もしないでいることができなかったということであろう。
何しろ、探偵料というのも、ただではない。
特に私立探偵ともなれば、はした金で動くものではない。
それを分かっていて、雇うというのだから、犯行の有無が、そうも簡単に考えられているということもない」
と思っていたところでの、あのメモの存在であった。
当然、依頼人も、そんなメモが飛び出してくるなどということまで予知できるわけもない。
ただ、警察が知ることができない、探偵が持ち出した
「守秘義務」
ということを言われると、いくら警察とはいえ、それを聞き出すことはできなかった。
それはさすがに殺人事件が勃発しても同じことで、
「これは、まだ、もう少し警察には言わないでいただきたい」
という、依頼人の意志なので、当然、警察にいうわけにはいかない。
「依頼人裏切ったら、終わりなんだよ。この世界は」
と、よく探偵が言っているセリフをテレビで見たことがあったが、
「まさにその通りだ」
ということになるのだった。
「殺人事件とはいえ、探偵には依頼人がいて、その依頼人の意志が働いている以上、探偵にはそれに逆らうことはできない」
といえるだろう。
警察の捜査とは、一線を画したところで進めなければいけないということで、今回の犯罪は、今までのように、警察と、
「二人三脚」
というわけにはいかない。
もっとも、事件が発生してしまうと、探偵と依頼人の間の、
「守秘義務」
というのも、
「警察に話しても構いません」
と、依頼人も、殺人事件ということを憂慮して、当然のごとく、
「情報公開」
しなければいけないということになるだろう。
そこが、今回の事件の特徴であり、そのための、
「殺人予告メモ」
の存在であると言えなくもないであろう。
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