12話 初任務 終
12話 初任務 終
『ノノ様。到着致しました』
Kと”雨宮”を見送り、街の喧騒をボンヤリと眺めながらキャリーケースを脇に置いてしばらく待っていると、接近を知らせる自動音声通知が頭の中に響いた。
”脳内会話”による通知の通り、ノノの愛車であるバイクが頭上からゆっくりと、警告音を鳴らしながら降下してきた。
「飛行モードはそのままにして」
『かしこまりました』
目の前でフヨフヨと浮かぶバイクの荷台にキャリーケースを載せ、超簡易拘束魔法をロープ代わりに括り付ける。
キャリーケースがしっかりと固定されている事を確かめたノノは、バイクに飛び乗った。
久しぶりに跨ったバイクは、身体と一体化したように馴染んだ。
この心地良さを味わうと、Kの運転する車の助手席がいかにヒドいモノなのかを考えさせられる。
一度アクセルを捻れば、けたたましく魔導エンジンが唸りを上げ、”やたらと重いキャリーケース”を載せていることなど一切感じさせない素晴らしい加速を見せた。
ノノの乗ったバイクはあらゆる障害物を縫うように避けながら、宙に白線を描いた。
「ショーグン様は大変忙しいため、本日は私がショーグン様の代理として対応致します」
キャリーケースを”解放軍”の拠点まで持ってきたノノは、応接室で初めて会う女と対面していた。
眼鏡を掛け、男のように短い髪をしているが、立ち振る舞いと声質は明らかに女だった。
「これが依頼のキャリーケース。言わなくても分かるだろうけど、私達は開けてないから」
「見れば分かります。ですが、念の為に中身の確認をさせていただきます」
女がキャリーケースに視線を移したので、ノノはキャリーケースを女に手渡した。
”見た目よりかなり重いキャリーケース”を渡されれば、普通は落としたり体勢を崩すものだが、女は”キャリーケースが重い事を最初から知っていた”かのようにしっかりと取っ手を握って受け取った。
「申し訳ありませんが、別室で確認させていただきます。このままお待ち下さい」
「えぇ。分かったわ」
キャリーケースを持った女が襖の向こうに行き、ピシャリと音を立てて襖が閉まった。
それから三分もしない内に、女が無表情のまま戻ってきた。
「中身に問題はありませんでした。確認致しましたので、前金の支払いと同じ口座に成功報酬をお支払いしました」
『リスピー。報酬の確認をして』
ノノは女に悟られないように脳内会話をリスピーに送った。
『ちょっと待ってよ。うん、オーケー。最初に言われた金額とピッタシ振り込まれてる』
『そう。ありがと』
ノノはリスピーと”脳内会話”をしながら、口を開いた。
「ちょっと、聞きたいことがあるのだけれど」
「何ですか?」
「今回の依頼。相手の魔法使いは一人だと聞いていたにも拘らず、魔法使いは二人いた上に獣人までいたのだけれど」
女は首を傾げた。
「そうですか。それがどうかしたのですか?」
「前情報と違ったのだから、チップを乗せるぐらいして貰わないと割に合わないわ」
女はもう一度首を傾げた。
「何故? 今回の依頼は『キャリーケースを持ってくること』。ただそれだけですよね? 討伐対象が急遽増えたのでしたら報酬を追加しますが、今回の依頼の内容と相手の人数に一体何の関係があると主張するつもりですか?」
「ッ!?」
想定内の回答ではあったものの、一番引きたくない回答だった。
その回答をされてしまっては、これ以上争うのは得策ではない。
「それもそうね。今の発言は撤回するわ」
「それではお引き取りください。何かと忙しいもので」
踵を返そうとした女に向かって、ノノは口を開いた。
「あぁ、もう一つ言いたいことが」
女は明らかに不機嫌な表情を浮かべながら、ノノの両目をジッと見つめた。
「何でしょう?」
「次の依頼はありませんか?」
「ありません」
女は吐き捨てるように即答した。
「そう、ですか。何かあったら連絡ください」
「えぇ。”何かあれば”連絡します。それでは」
女は一方的に話を区切ると、会釈することもなく部屋を出て行った。
まさか、次の仕事に関する話が全く貰えないとは思っていなかった。
解放軍は南北と戦争状態なのだから仕事は続けざまに貰えると甘く見ていた。
信用を得られなかったのか、どこの馬の骨とも知れない外部の人間に任せられる仕事は無くなったのかは分からないが、先程の反応からして、すぐに仕事の連絡が来ることはないだろう。
『当分の間、解放軍から仕事は入らないかもね。次のアテを探さないと』
”脳内会話”でリスピーに愚痴を零すと、リスピーの気不味そうな雰囲気が伝わってきた。
『そ、そうなんだ。ボクの方でも探しておくよ』
『えぇ、お願い。今日は無理そうだから明日、顔馴染みに会って情報共有しに行こうかな』
『それが良いと思うよ。あ、そうだ。ついでに雨宮君も連れて行ったら?』
”雨宮”か。
まだこの街の事を全然教えられていないし、連れて行くのも悪くないが、一人の方が動きやすいというのが本音だ。
『明日は一人で行こうと思う。”まやみあ”には危険な所にも顔出そうと思うから』
『そうなんだ。雨宮君にヘウンデウンの事を教える良い機会だと思うけどなぁ』
『別に、リスピーが連れてってやれば良いじゃない』
『え、ボクが?』
不自然な沈黙を挟んでから、リスピーは返事をした。
『明日はリスピーの仕事があるんでしょ? 仕事は無理でも、荷物持ちぐらいにはなるでしょ』
再び不自然な沈黙を挟んでから『うぅん。そうかな? うぅん、そうかも。そうしてみようかな』とリスピーは溢した。
リスピーとの”脳内会話”を切り上げたノノは、溜め息をつきながらエレベーターのある方へと歩き出した。
それから数時間後。
場所は解放軍の拠点にある研究室。
普段は交代制で研究をしているため全員が集まることはないのだが、この日は研究者全員が集められていた。
研究者達はいつもと違う雰囲気に集中力を掻き乱され、資料の同じ文を何度も読み直したり、とっくに空になったコップに何度も口をつける者もいた。
ノックの音が研究室に響いた直後、研究室には滅多顔を出さないショーグンと、髪の短い女がノックの返事も待たずに現れた。
「おぅ、お前等。いつもご苦労さん」
ショーグンは研究室をグルリと見回し、ポカンと口を開けて自分を見つめる研究員達全員と目を合わせた。
「ショーグン様ッ!」
部屋の一番奥の机に座っていた研究室の室長が立ち上がりながら一際大きな声を出すと、研究員達も慌てて立ち上がり、ショーグンに向かって頭を下げた。
室長は床を擦るように足を滑らせながら、ショーグンへと歩み寄った。
「ショーグン様にわざわざ足を運ばせるようなことをしなくても、我々一同お迎えに参りますというのに」
「時間の無駄だ。先に室長にだけ用がある。他の者達は仕事を続けろ」
ショーグンがそう言うと、研究員達はホッとしたような表情を浮かべながら作業に戻った。
一方、室長は次々と浮かび上がる脂汗をハンカチで拭った。
「そ、それで、ショーグン様。見て貰いたいモノがあるということは聞いているのですが、それは一体何でしょう?」
ショーグンは顎髭を弄りながら小さく唸った。
「どうせ後で全員に見せる事になるが、最初はお前だけに見せたい。此処だと面倒だ。”拷問部屋”に行くぞ」
「ご、”拷問部屋”ですか?」
物騒な単語がショーグンの口から出たために、研究員の意識は研究対象から離れ、会話を盗み聞く事に向けられていた。
「時間が惜しい。さっさと行くぞ」
「え!? えぇ、まぁ、確かにあそこは普段人は来ないですからねぇ」
室長は、誰に聞かれたわけでもない説明を一人で何度も繰り返しながら、先に出ていったショーグン達の後を追った。
”拷問部屋”と呼ばれている、新薬や拷問魔法の実験部屋に到着すると、ショーグンは女に目で合図を送った。
ショーグンの横でキャリーケースを運んでいた女は小さく頷くと、磔台の上にキャリーケースを置き、何重にも掛かっていた”施錠魔法”を解除した。
厳重なセキリュティの割に、容れ物は随分と安っぽいな。などと考えていると、女はキャリーケースの蓋を一気に開いた。
キャリーケースの中には、”羽根の生えた全裸の女”と、文字がビッシリと書かれた紙が一枚入っていた。
”羽根の生えた全裸の女”は、瞳孔と口を開いたまま、身動き一つ取らずに硬直している。
「ショ、ショーグン様。こ、コレは?」
「見れば分かるだろ?」
ショーグンの言葉に、室長はゴクリと音を立てながら唾を飲んだ。
「”天使”ですよね? それは分かります。ですが、”どうして此処にある”のですか?」
「”どうして此処にある”のかは、お前には関係無い。
お前は、お前達は、この”天使”を研究し、新たな魔法でも武器でも何でも良いから、”天使”を”誰でも傷付けられるようなナニか”を開発しろ」
「て、天使を、ですか」
今までも、似たような研究をしたことがある。
だがそれは、天使の肉片や抜け落ちた羽根を対象にしたモノでしかなかった。
今、目の前には天使の肉体がそのまま存在する。
室長は口を押さえながらキャリーケースの中をジッと見つめた。
「おい、その紙を寄越せ」
ショーグンがキャリーケースの中に入っていた紙を顎で示すと、横にいた女がすぐに回収してショーグンに手渡した。
ショーグンはその紙をしばらく見つめ、室長に手渡した。
「そこに書いてある通りにしろ」
室長は手渡された紙に書かれた文章を読み、書かれた文章があまりにも信じ難いモノであったため三度読み直したが、自分の読み間違いでは無いことに驚き、思わず尻もちをついた。
「ショ、ショーグン様ッ!? こ、コレって」
「どうした? 研究室にいる魔法使いだと力不足か?」
「い、いえ。書かれていることを実行することは可能です。可能ですが」
室長は震える足で何とか立ち上がり、乱れた服を整えた。
「何か問題でもあるか?」
「て、てて、てっきり死体だと思っていました。ですが、此処に書かれていることが本当なのだとしたら、この天使は生きているのですよね?
さらに信じられないのは、この天使は”およそ10人”しかいない”番号持(ナンバーズ)”の一人だと書かれていますよ!?」
「”その紙に書かれた事は全面的に信用して良い”。”コレ”は信用出来る仲間からの差し入れだ」
室長はもう一度紙に書かれた内容を確認し、それからキャリーケースの中の天使を見つめた。
天使の死体では無かった。
”コレ”は、生きた天使なのだ。
室長は目を瞑り、長い時間をかけてゆっくりと深呼吸をした。
深呼吸を終えた室長の目には、目の前にあるモノが、”少女の姿をした天使”ではなく、”未知の研究材料”としか見えなくなっていた。
「分かりました。優先順位の低かった研究は一旦中止し、天使の研究を最優先事項に設定します。必ずや、成果を上げてみせます」
「頼んだぞ」
ショーグンはそう言うと、女と共に”拷問部屋”を後にした。
「ふっ、キッ、ククッ。イヒッ」
一人、部屋に残された室長は、身体の奥底から込み上げてくる笑いを必死に手で押さえて封じ込めようとしたが、口の端から次々と漏れていった。
しかし、込み上げてきた笑いは突如として収まり、すぐに”脳内会話”を研究室の全員に発した。
『全員作業中止。心して聞け。ショーグン様から直々に新たな研究材料を与えられた。天使の研究だ。しかも、ただの天使じゃない。”番号持”の研究だ。第六班は第一班の研究を引き継げ。それ以外の班は速やかに”拷問部屋”に集合せよ』
全員への指示を終えた室長は、近くにあった椅子に腰を掛けた。
「律儀に天使の名前まで書いてあるとは、一体どういう事だ? ”天使の本名など、天使しか知る筈など無い”というのに」
室長はキャリーケースに入った女に視線を移した。
「まぁ、その辺りのことは全てキミに教えてもらうとするよ。なぁ、カナン。楽しみだろう? 人類がさらに上のステージに上がるための材料になれるのだから」
室長は”研究対象”を見つめながらニコリと笑った。
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