11話 クィン・B



 11話 クィン・B



 渋滞でノロノロと進む中、クィンは僕の顔の近くに煙草を一本差し出した。


「吸うか?」


「いえ、吸わないです」


「そうか」


 クィンは少し嬉しそうに、吸っていた煙草を灰皿に突っ込むと、代わりに摘んでいた煙草を口に咥えた。



 あらためて、運転する彼女を横目に見た。



 肩より若干長い金髪はノノと同じようにクセの無いストレート。

 髪に隠れた耳には大小様々なピアスがあり、手の甲や首元にはタトゥーが入っている。

 睨まれているのかと勘違いしてしまう程に鋭い目の下には泣き黒子が一つ。

 上下にツナギを着ており、ポケットはどれもパンパンに膨らんでいる。

 服の下がどうなっているのかは分からないが、見た限りでは僕と同じ純人間に見える。



「で。実際のところ、雨宮だっけ? お前はKの何なの?」


 ポケットからライターを取り出したクィンは、咥えている煙草に火を点けた。


「えっと」



 何処から説明すべきなのか。

 何処まで説明しても良いのか。


 少し迷ったが、正直に話すことにした。



「少し長くなるんですけど」



 渋滞の中をゆっくりと進む間、僕はこの世界に来た経緯と、K達の仲間になった経緯を話した。



「というわけなんです」


「異世界から来た」という荒唐無稽な話をしたにも拘らず、クィンは口を挟まずに最後まで聞いていた。


「随分と苦労してんだな」


 それが、僕の話を聞き終わった彼女の最初の言葉だった。


 社交辞令なのか、嫌味なのか、正直な感想なのか分からなかった僕は「えぇっと、まぁ、はい」と返す他無かった。


「前の世界でも、Kがやってるような仕事をしてたのか?」


「いや、やってないです。ただの学生なので、勉強してました」



 学生とはいえ、青春らしい青春を送ってはいなかった。だが、そこまで説明するつもりは無いだろう。

 ここは異世界なのだから、少しぐらいは見栄を張らせて欲しい。



「学生? よっぽど優秀だったんだな」


 目を丸くして僕を見たクィンの口調からは、嫌味っぽさではなく純粋な驚きのように感じられた。


「そんなこと無いですよ。全員では無いですけど、結構な数の人が高校に通ってますよ」


「”こうこう”? ってのは良くわからねぇけど、私も行ってみたかったな」



 言われるまで気が付かなかったが、この世界に来てから学生っぽい姿を見ていない。


 この世界には学校に相当するモノが少ないのだろうか?


 、僕の”見栄を張りたい”という感情を含め、随分と失礼な事を言ってしまったのではなかろうか?



 どう返事をすれば良いのか迷っていると、カチカチとウィンカーの音が車内に響いた後に、クィンが口を開いた。



「雨宮。Kの所を辞めてさ、私の所来いよ」



「え?」


 聞き間違いかと思い、思わず運転するクィンの顔をマジマジと見つめたが、チラリとコチラを向いたクィンの顔は至って真面目だった。


「真面目そうだし、”学校に通えるぐらい優秀”なら、私等の仕事もすぐ覚えられるだろ。人手が足りなくて困ってんだよ」


「でも、車の事とか何にも分からないですよ」


「全部一から教えてやるから心配すんな」


 そう言いながら、クィンは歯を見せて笑った。


 ダッシュボードに積まれた煙草の箱の数や、車内に充満している臭い、内装が若干黄ばんでいる事から、Kよりも随分と煙草を吸っているような印象を持っていたが、笑う彼女の歯は真っ白だった。


「そう言われても」


 僕の反応が鈍いと思ったのか、クィンはすぐに「それに、Kの所は全員女だろ? 私の所に来れば、男もいるから少しは気が楽だろ」と付け足した。


「それは、まぁ、そうかもしれませんけど」


 クィンは窓を開け、外に向かって入道雲のような煙を吐くと、チラリと僕を見た。


「別にK達と金輪際会うなとは言わねぇよ。実際、Kはしょっちゅう車壊すから、此処にいりゃあ何時でも会えるようなもんだよ」


「Kはそんなに車壊すんですか?」


「しょっちゅうだよ。まぁ、私から見たら良い客だけどさ」


 クククと笑みを溢したクィンは「話を戻すぞ」と元の真面目な口調に戻った。


「無理強いはしないけどさ。私の所に来れば、腹一杯飯食って、たまに遊ぶぐらいの金は稼げるぜ。

 まぁ、”異世界シャトル”だっけ? 元の世界に帰るためのシャトルに乗れるぐらい稼げるとは口が裂けても言えねぇけど、雨宮にとって悪い話じゃないと思うが」


 反応に困る内容だったので、僕は苦笑いを浮かべた。


「うぅん。ピンと来ないか?」


「申し訳無いですけど、まだK達と仲間になってそんなに日が経ってなくて、そんなこと考えたことすら無かったので」


「まぁ、そうだよなぁ。でも、辞めるなら早い方が良いだろ」


「辞めるなら早い方が良いってのは賛成ですけど、まずはノノ達にしてる借金を返さないと」


「借金?」


 ”ノノ”という単語なのか”借金”という単語なのか分からなかったが、僕の返事を聞いた途端にクィンの表情は険しくなった。


「借りたというか、払わないといけないお金があって。えっと、魔法補助具の施術費と異世界シャトルの料金と、何だっけ。とにかく、その他諸々のお金です」


「いくら?」



 ちゃんとした金額は覚えていない。

 そもそも、金額がハッキリと決まっていなかった気がする。



「1000万円、じゃなくて1000万マニぐらいです。そこに生活費とか色々加算されるので、実際はもっと増えそうですけど」


「ハァ?」


 クィンは怒りの籠もった視線を僕に向けた。


「何で雨宮が払う必要があんだよ」


「え?」


「あの”陰険魔女”に上手いこと言いくるめられてねぇか? 話を聞いてた限り、魔法補助具はお前が頼んで手術したわけじゃねぇし、異世界シャトルはわざわざアイツ等を通す必要無いだろ。どっちも払う必要ねぇだろ」



 ん?

 言われてみると、クィンの言う通りな気がしてきた。


 ただ、あの時は突然の事に気が動転していたこともあったし、そのままじゃ助からないと思っていたからその条件を飲んだわけで。



「でも」


「『もう約束したから払わないと』とでも言うつもりか? 雨宮、お前、お前さぁ」


 クィンは哀れみの表情を浮かべながら、溜め息をついた。


「分かった。私から見れば破綻してるけど、お前はお前なりに筋を通したいってわけか。分かった。

 でもさ、金稼いで返したいって話なら、わざわざアイツ等の所にいなくても出来るだろ」



 最初は彼女なりの親切心かと思っていたが、此処まで来ると違和感すら覚える。



「えっと。クィンさんは、何でそこまでして僕を勧誘するのですか? 即戦力にはなれないし、アルバイトすらした事が無い僕じゃ、迷惑ばかりかけて役に立たないと思いますけど」



 言葉を口にしてから、かなり無礼な事を言ったのでは無いかと心配になったが、クィンはあまり気にしていないようだった。



「何でってそりゃあ、人手が足りないからだけど」


「募集をかければ誰か来るんじゃないですか?」


「来ねぇよ。来たとしても、タダ飯を食おうとするやる気のねぇ乞食しか来ねぇんだよ」



 なるほど。

 異世界でも理由は違えど、僕の世界と似たような問題が起きているのかもしれない。



 クィンは頭をガシガシと掻きながら「それにさ」と呟いた。


「どちらかというとコッチの方が本心に近いんだけど、雨宮に似合わねぇと思ったから」


「似合わない? 何がですか?」


 クィンはチラリと僕の腰部を見た。


「腰にぶら下げた銃だよ。前の世界でも持ってたのか?」


「いや、僕のいた国では撃つのも持つのも駄目だったので」


「で、もう撃ったのか?」


「え、あ、はい」


「”どうだった?”」


「どうだったって」



 今でも鮮明に思い出すことが出来る。


 引き金を引き、照準の先にいる相手が強制的に丸まった姿を見た時に訪れたのは、今まで経験したことの無い強烈な嫌悪感だった。


 指先に軽く力を入れただけで、相手の生命を脅かすことが出来る。


 それは、元の世界で過ごしている限り、味わう事なく人生を終えたであろう感覚。



 僕は思わず口を押さえた。



「やっぱりな」


 クィンはそうなる事が分かっていたかのように呟いた。


「この街の大半の奴等もそうだが、Kとか”イカれ魔女”みたいな”暴力に躊躇の無い奴等”と一緒にいたら、雨宮もいずれそうなるぞ」


「いや、それは」



 二人は無闇矢鱈と暴力を奮うような人達じゃない。


 そう言い返したかったが、言葉が喉元で詰まって音にならない。



「”何をしてでも、一刻も早く元の世界に帰りたい”って言うのなら止めねぇよ。アイツ等と一緒にいる方が稼ぎは良いだろうからな。

 でも、雨宮と話してて感じたのは、お前は”そういう事”に手を出すべきじゃない。

 人を雇う立場として数多の奴等を見てきたから分かるけど、雨宮は”そっち側”じゃない」



 クィンのその言葉に、時が止まったのかと錯覚する程に衝撃を受けた。



 この世界に来てから初めて、元の世界と似た価値観を持った人物と出会った。


 暴力は駄目。

 手にした武器を人に向けるな。


 そんな当たり前のことを、僕はこの世界に毒されていく内に忘れてしまっていたようだ。



「何だよ。何か言えよ」


 口を開けてフリーズしていた僕に、クィンは気まずそうな表情を見せた。


「あ、あぁ、すみません」


 僕は、思わず零れそうになった涙を腕で拭った。



 クィンの言う通りかもしれない。


 このままKやノノと一緒に”仕事”を続けるのであれば、”今日以上の事”をする日が必ず来るだろう。


 それならば、クィンの元に行き、この世界で生活していくことを覚悟する代わりに、乗り物の修理に勤める方が”人として”正しいのだろう。




 だが、僕は元の世界に帰りたい。


 たとえ、青春とは縁の無い学生生活だったとしても、卒業するまで青春と縁の無い未来が訪れるのだとしても、僕は元の世界に帰りたい。


 それは決して、この世界での出会いに不満があるわけではない。


 Kやノノやリスピーという仲間が出来た。

 メリーさんやクィンのように、新たに知り合う人も良い人ばかりだ。


 異世界から来た僕に、ちゃんと向き合ってくれる人達がいる。


 僕がこの世界で狂わずに済んでいるのは、彼女達のおかげだろう。

 その点に関しては、僕は心の底から感謝している。

 



 しかし、”たとえ嫌な思いをすることになろうとも、僕は元の世界に帰りたい”。


 あの”退屈”で”平和”で”代わり映えのない日常”に戻りたい。



 それが、現時点での僕の本心だ。




「その、誘って貰えた事は嬉しいのですが、僕は、やっぱり元の世界に帰りたいです」


 クィンは言葉を選ぶように何度も口を開けたり閉じたりを繰り返した後、小さくため息をつき、一服してから「そうか」と呟いた。




 その後は堅苦しい話をすることはなく、近くにあるオススメの店だとか人気の配信番組の事について話していると、レッカー車はウィンカーを鳴らしながら、大きな倉庫のある敷地へと入った。

 敷地内には、車やバイクだけではなく船や飛行機まで並んでおり、大きな倉庫の前では、ツナギ姿の二人組が車の近くで何やら作業をしていた。


「着いたぞ」


「ありがとうございます」


 シートベルトを外して降りようとした僕の腕をクィンは強い力で掴んだ。


「え?」


「ちょっと待て。渡すモンがある」


 クィンはそう言いながら、身を乗り出してもう片方の手で助手席前にあるグローブボックスを漁り始めた。


「あったあった」


 クィンがグローブボックスから何かを取り出し、僕の手に握らせた。


 手の平には薄くて少し固い感触。


 ゆっくりと手を開くと、そこには名前や連絡先と思われる番号が書かれた少し厚めの小さな紙が入っていた。


 現物を見たのは初めてだけれど、サイズと書かれている内容から察するに、これは名刺だろう。


「これならアイツ等にバレること無いだろ」


「あ、アイツ等?」


「Kとか”陰湿魔女”のことだよ。いわゆる引き抜きだからな。アイツ等には見せんなよ」


 クィンはイタズラっぽく笑いながら、人差し指を立てて口に当てた。


「それは良いんですけど、”陰湿魔女”ってノノの事です?」


 クィンはバツが悪そうに「あぁ、そうか」と呟いた。


「そうだよ。客を選べるような立場じゃねぇのは分かってるけど、私はどうしてもアイツの事を受け入れられねぇの。それだけ」


 クィンは「名刺。さっさと仕舞えよ」と言いながら、僕の肩を少し強めに叩いた。 

 名刺入れを持っていないので、折り曲がらないようにそっとポケットにしまった。


「もしも、アイツ等の所を抜けるような事があったら、何時でも私の所に来い。歓迎するぜ」


「そうなるか分からないですけど、その時はよろしくお願いします」


「あぁ。”その時”が来たらな」


 クィンは笑いながら、僕の肩を優しく何度も叩いた。




 レッカー車から降りた僕は、クィンと一緒に壊れた車の中で爆睡しているKを起こした。


「フワァ。良く寝たわ」


 車から降りたKは大きな欠伸をしながら頭をボリボリと掻き毟った。


「修理はどうすんの? 急ぎ?」


 クィンが差し出した煙草を咥えたKは、寝起きの一服を堪能してから「急ぎで頼むわ」と応えた。


「中身見ないと分からないけど、ガワだけなら明日の昼には終わる。目処が着いたら連絡する」


「頼んだぜ。さて、帰るか”あやみま”」


「歩いて帰るつもり?」


 クィンの疑問の言葉に、Kは眉と猫耳をピクリと動かしながらニヤついた。


「何だよ。いつもは代車なんて出してくれねぇのに。どういう風の吹き回しだよ」


「代車は無ぇよ。ただ、ここから帰るとなったら結構な距離あるだろ。お前はともかく、雨宮が可哀想だ」


「そうか? 大した怪我してねぇんだから、家まで走るぐらいなんてこと無いだろ。なぁ、”あみまや”」


 Kと目が合ったが、此処から家までどのぐらいの距離があるのかを僕は知らない。


「走って帰る? そんなに近いんですか?」


「走れば30分ぐらいだろ。余裕余裕」


 なるほど。

 それは無理だ。


 体力測定の1500メートルが限界の帰宅部の僕には、30分以上走る体力など無い。


 仮に30分走れたとしても、獣人のKと同じペースで走れるとは到底思えない。


「私と同程度かそれ以下の魔力しか無い雨宮が、お前と並走出来ると思ってんのか?」


「歩いて帰れってか? 時間ばっかかかって面倒くせぇだろ」


 クィンはパンパンに膨らんでいるポケットから何かを取り出した。


「期限近いの余ってるから、コレやるよ」


 呆れ顔をしながら、クィンは細長い紙をKに手渡した。

 Kは手渡された紙をジッと見つめた。


「ゲェッ。”ゲロタク”かよ。他にねぇのか?」


「じゃあ金払って普通のタクシー呼べ」


「なんです? その、”ゲロタク”、でしたっけ?」


「”ゲロゲロ託送”のことだよ。空飛ぶカエルが客や物を運ぶサービス」


 Kがニヤニヤと笑いながら言った。



 なるほど。

 とりあえず何か裏がありそうということは分かった。



「まぁ、良いか。クィンの奢りだからな。有り難く使わせて貰おうぜ」


「え? 大丈夫なんです?」


「じゃあお前は歩いて帰るか? それとも”カエル”で”帰る”か? ギャハハハ」


 Kが一人で腹を抱えて笑った。


「いや、乗ります。乗って帰ります。道も分からないし、そんなに遠い距離歩きたくないので」


「心配するな雨宮。私も”乗ったことはある”」



 きっと僕を安心させようと言ったのだろうけど、「乗ったことはある」という表現しか出来ない時点で、それはフォローにならないんですよ。

 などと指摘するわけにもいかないので、僕は「クィンさんがそう言うなら」と虚勢を張った。




 Kがチケットを掲げながら破ると黄土色の光が天に向かって放たれ、数分後、背中に大きな白い翼の生えたカエルが頭上に現れた。

 小さくて可愛いアマガエル似ではなく、ウシガエルとかヒキガエル似のボテッとしたカエルだった。


「”アレ”がそうなんですか?」


 指をさしながら、思わず苦笑いが浮かぶ僕を見て、Kはニヤリと笑った。


「”アレ”だよ」


 何処となく生臭く、全身がネットリとした粘液で覆われていて、丸くて大きな黄色い目がギョロギョロと動き、背中に生えた翼は天使のように白くてモコモコとしているのが、何ともいえない気持ち悪さを放っている。


 カエルのことは好きでも嫌いでもないのだが、この日を境に少し嫌いになりそうだ。


「アタシは”上”に乗るから、”まあみや”は”安全な下”に乗ってろ」


「下? 下って何処ですか?」


「下というか”中”だな」



 Kはそう言いながら大きく跳躍し、カエルの背中に跳び乗り、翼にしがみついた。


「クィンさん。僕は何処に乗れば良いんです?」


 頼りにならないKではなく、頼りになりそうなクィンに助けを求めると、煙草の煙を吐いてから「カエルの前に立ちな」と指さした。


 僕はカエルの前に立ち、何処かに座席なり掴む所があるのかと探していると、突然視界が真っ暗になり、温かくて柔らかいモノに全身を包まれながら足が地面から離れた。


「ッッッ!?」


 生温かく、ヌメヌメとした感覚を全身で堪能すると、突然身体に浮遊感が訪れ、ブヨブヨとした場所に落下した。


「痛、くはないけど」



 カエルの前に立っていたら、突然足が地面を離れた。

 生温かくて、ヌメヌメしている。

 掃除していないザリガニの水槽の臭いを薄めたような異臭。


 僕が今何処にいるのかは、上記3点から自ずと導き出された。



 なるほど。

 僕は舌で絡め取られて、今はカエルの胃の中にいるわけか。


 井の中の蛙ではなく、胃の中の。

 いや、これ以上は何も言うまい。



 不快以外のナニモノでも無い臭いが口呼吸をしても鼻を刺激し、生温かく若干息苦しさを感じる環境で、波が強い日に船に乗っている時のような嫌な揺れが、家に着くまでの間に絶え間なく続いた。




 カエルに吐き出された僕が急いで周りを確認すると、帰るべきアパートが目の前に見えた。

 僕の隣に、Kが落下してきた。落下の衝撃で傷口が開いたのか、Kの服の一部が新たに赤黒く染み始めた。


「どうだったよ。カエルの腹ん中は」


「もう二度と乗りたくないです」


 僕の回答にあまり興味が無かったのか、Kは思い出したように声を上げた。


「あぁ、そうだ。家に入る前に外の水道で全身洗っとけよ。家の中に汚れや臭いを持ち込むとノノがキレるぜ」


「え、外の水道?」


「別に素っ裸になって洗う必要はねぇよ。服とか髪についた汚くて臭っせぇベトベトを落としとけって話。まぁ、ノノが帰って来る前なら家のシャワーでもアタシは良いけどさ。バレた時は自己責任な」


「ハァ、分かりましたよ」



 こんな思いをするなら歩いて帰れば良かった。


 そう思いながら、僕は車を洗うために設置されたと思われるホースの蛇口を捻り、頭の上から水を被った。


 無駄に冷たい水が、僕の気持ちをさらに落ち込ませた。

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