9話 vs鳥人バド①
9話 vs鳥人バド①
僕が隠れている車まで歩み寄ったノノは、トランクからキャンプ用の折り畳み椅子を取り出し、すぐ隣に座った。
「え、一緒に戦わなくて良いんですか?」
「ジャンケンで負けたからね」
「いや、そうじゃなくて。相手、強そうですけど」
「まぁ、弱くは無いだろうね。”やまやま”。水取って」
僕は言われるがままに、助手席のドリンクホルダーに刺さったペットボトルをノノに手渡した。
「ありがと」
「だ、大丈夫なんですか?」
「Kが負けるって言いたいの?」
「そういうわけじゃないですけど」
ノノはミネラルウォーターを少し口に含んだ。
「まぁ、強さはほぼ互角かな」
「ご、互角ッ!? それって、負けるかもしれないってことですよね?」
「それは可能性の話。魔力総量と魔力放出のムラから導き出した概算であって、勝敗が決まっているわけじゃない」
「だったら」
続きを言いかけたが、ノノの鋭い視線が僕の口を閉ざした。
「いざとなったら加勢するに決まってるでしょ。それよりも、”あややま”一人にケースの護衛させる方が危ないでしょ。私達は追手を潰しておかないとマズいけど、向こうの勝利条件はあくまでケースの奪還なんだから。
倒せないと分かれば、ターゲットはアンタに変わるんだよ」
「ッッッ!」
正直な話、Kとノノが2対1の数の有利を捨てたのは、鳥人間の言動についてやり返したいという不純な動機だとばかり思っていた。
考えが足りないのは自分の方だと思い知らされ、それ以上の言葉が出てこなくなった。
「こんな間近で、私がフリーの状態でKの戦いを見れる機会なんて滅多にないだろうから、Kの、というよりも、獣人全般の戦い方ってのを教えてあげる。だからちゃんと前見てて」
ノノが戦う二人を指さしたので、僕はノノの指さした方へ視線を向けた。
「お前みてぇな猫女相手なら、飛ぶ必要も無ぇな」
地上に降りたバドが、両の翼腕を構えながらステップを踏んだ。
「ハァ? 本当は長時間飛べねぇだけじゃねぇのかペンギン野郎」
対するKは、構えるだけで両足を地に付けていた。
「口だけは一丁前だなッ!」
バドの放った右ストレートを、Kは紙一重の所で腕でいなし、前屈みになりながらバドの懐に潜り込んだ。
「ちょこまかとッ!」
続けて左拳を繰り出そうとしたバドだったが、懐に潜り込んだKがそれよりも早く、屈んだことによる下半身のバネをも上乗せした強烈なアッパーをバドの顎にぶち込んだ。
「ッッッ!!」
バドの顔は人間よりも鳥に近い形をしているのだが、嘴の下、人間でいう所の顎への強撃が脳みそを激しく揺さぶることに変わりはなかった。
「おいおい、ガラ空きだぜッ!」
アッパーの勢いでよろめいたバドの腹部に、Kは青い炎のような揺らめきの見える両の手で掌底をぶち込んだ。
「グボァッ!」
バギッ! ミシミシッ!
飛ばされたバドは血を吐きながら、野次馬二人を巻き込んで街路樹へと叩き付けられた。
軋むような音は街路樹の音なのか、はたまたバドや野次馬の骨が軋んだ音なのかは分からない。
一つ分かることは、普通の人間がKの先程の攻撃を受けたら、身体がバラバラになる事は想像に難くないということだ。
「んなッ!?」
「どう? なかなかやるでしょ」
Kの掌底のあまりの破壊力に、口を開けたままになった僕に対して、ノノはニヤリと歯を見せて笑った。
「Kってあんなに力があったんだ」
「うぅん。間違ってはないけど、多分勘違いしてる」
「どういう事です?」
ノノは口を開いたまま数秒停止し、言葉を選ぶようにゆっくりと話を続けた。
「そもそも、”まやあみ”には”何処まで”視えてるの?」
「えっと。”何処まで”って?」
わざわざ意味深な聞き方をするということは、恐らく先程から気になっていた例の事だろう。
「”何処まで”って言うのは、Kの手足から青い炎みたいなのが出ている事を言ってます?」
「あぁ、視えてるのね」
「あのレベルの魔力が視えてないと困るけど」とノノはボソッと付け加えた。
「あの青い炎みたいなのが魔力なんですか?」
「そう。ただ、魔力の色は生まれや流派や使う魔法によっても変わるから青色とは限らない。例えば、フードの男は黄色だったでしょ」
フードの男。
僕のせいでノノが戦うことになってしまった、雷を操る魔法使いの事か。
「そういえばそうでしたね」
「それで、話を戻すけど、『獣人は魔力の総量は純人間より多いけど、純人間と比べて魔力の書き込みや放出が苦手』って話は覚えてる?」
あまり覚えていないけれど、多分、仲間になってすぐに車の中でそんな事を言われたような、言われなかったような。
「な、何となく」
「獣人は魔力の”書き込み”と”放出”が苦手なのだけれど、『苦手だからこそ、”書き込み”と”放出”を使わないと割り切ることで、自身のほぼ全ての魔力を”身体強化”に回せる』わけ」
「”身体強化”? パワーアップ的な事ですか?」
「その通り。筋肉の伸縮性はもちろん、骨・皮膚・筋肉の強度も上げられるし、五感の感度を高める事も出来る」
ノノはそう言うと、座ったままの姿勢で、軽々と僕が乗っている車を片手で持ち上げた。
「えッ!?」
突如訪れた浮遊感に対する驚きでもあり、何食わぬ顔で軽々と車を持ち上げている事に対する驚きでもある。
「”やあみま”も補助具が入ってるんだから、訓練すればこのぐらい出来るようになるはずだけど」
そう言いながらノノは車を降ろし、「話が脱線したけれど」と呟いた。
「Kの手足から魔力が漏れているのは、”身体強化”の魔力を身体に流し込む際に、必要以上に流し込んでいるから漏れているの」
「必要以上に漏れているってことは、限界まで強くなってるってことですか?」
「そうとも限らないの。
”身体強化”に限らず、全ての魔法における大前提なんだけど、『魔力ってのは無闇矢鱈と流し込めば良いってものじゃない』の。
気温、湿度、空気中の魔力濃度のような外的要因、使用者の健康状態や精神状態のような内的要因を踏まえた上で、”何をどうするために何をどうしたいのか”を明確にした上で、適切な量の魔力を流す必要があるの」
「必要以上に流すと何で駄目なんですか? 多いに越したことは無いような気がするんですけど」
ノノは子供に向けるような笑顔を見せた。
「それは魔法を知った子供が一度は疑問に思う事なんだけど、異世界から来た”まあみや”も例外じゃないんだ」
「馬鹿にしてます?」
「いやいや。魔法が無い世界から来たのなら、当然の反応でしょ」
だったらその笑顔は何なのだ?
「その疑問に答えるための、親や魔法学校の先生がよく使う例え話があるの。
それは、『スプーンに水を満たしたい時とバケツに水を満たしたい時、それぞれ蛇口をどのぐらい開くのか?』って話」
「めいいっぱい開けちゃ駄目なんです?」
「バケツはそれで良くても、スプーンに同じ事をしたら水が全部外に溢れるでしょ」
子供の頃、洗い物を減らそうと思ってお皿と一緒にスプーンにも全開の水をかけて台所を水浸しにしてしまい、母に怒られた記憶が蘇った。
「まぁ、言われてみれば」
「イメージ出来るでしょ? 魔法も一緒。強い魔法を使う時には沢山流し込むべきだし、弱い魔法を使う時にはある程度加減しないといけないの。そうしないと、本来の力を発揮出来ないから」
「じゃあ、Kの手足から魔力が漏れているのは」
「良くは無いわね。まぁ、獣人は純人間よりも肉体の魔力容量が大きいから、そこまで大きな問題でも無いけどね」
「Kが攻撃する度に魔力が漏れているのは、何か作戦があるんですか?」
「魔力を漏らす作戦なんてあるわけないでしょ。
Kは『適切な量の魔力を流し込む』みたいな魔力量の調整が大の苦手らしいの。だから、『調整出来ないぐらいなら、最初から多めに流し込んでおく』ようにしてるんだって。
普通の魔法使いがそんなことしたら、すぐに魔力切れを起こすんだけど、獣人特有の魔力総量の多さで補っているって感じ」
「な、なるほど」
「他にも色々教えておきたいことはあるけど、一度に言っても覚えられないだろうから、またの機会にね」
ノノがミネラルウォーターを一口飲みながら、Kとバドのいる方を指差した。
巻き込まれた野次馬を蹴り飛ばし、血の塊を地面に吐いたバドは、嘴に付いた血を拳で拭いながら立ち上がった。
「お、女のくせに、なかなかやるじゃねぇか」
「おいおい。ぶっ飛ばされたオメェが、男だの女だの偉そうに言える立場か? ガタガタブルブル震える足でやるべきことは、立ち上がる事じゃなくて土下座と命乞いじゃあねぇのか?」
「土下座と命乞いだぁ? そりゃお前ぇ等がすることだろうがッ!」
バドは両の翼で身を包むようにしながら、Kに向かって一直線に駆け出した。
「返り討ちにしてやるよッ!」
対するKは、力を溜めるように右の拳を引き、左手で右手を押さえる姿勢を取った。
あと僅かで、Kの拳がバドに届く距離になる。
その瞬間にノノが叫んだ。
「危ないッ!」
バドの翼から茶色い魔力が漏れ出たように見えた次の瞬間、無数の羽根が夜空に打ち上げられた花火の如く、全方位に発射された。
ノノが咄嗟に出した魔法陣によって、僕とノノは無傷だったが、近くにいた野次馬達とKの身体には無数の羽根が刺さっていた。
「さっきまでの威勢はどうしたってんだよッ! おいッ!?」
怯んだKの構えが解けた一瞬を狙って、バドの拳がKの左胸にめり込んだ。
バリッッッ! ガシャアアアッッッ!
バドの拳をまともに喰らったKは、アパレル店のショーウィンドウを粉々にしながら、店内にふっ飛ばされた。
「ま、マズくないですか?」
「そうみたいね」
ノノは立ち上がり、ペットボトルを僕に手渡した。
「防御魔法陣張っておくから、出ないでね」
ノノが僕に向かって手の平を向けると、車の周りにドーム状の魔法陣が現れた。
「選手交代みたいだから」と言いながらノノがバドに向かって歩み始めると、服や靴が店の中から飛んできた。
「ノノッ! 横取りすんなッッッ!!」
全身にバドの羽根攻撃による裂傷を負ったKが、店内から弾丸のような速さで飛び出し、バドに向かって飛び蹴りを繰り出した。
翼でガードしたものの、衝撃の全てを吸収することは出来ず、バドは数メートル後ろまで後退った。
「穴ァ開けるつもりで殴ったが、”胸にぶら下げた余分な脂肪”のおかげで助かったみてぇだな」
「ケッ。良かったじゃねぇか。オメェみたいなチキン野郎は触ったことも触る予定も無ぇだろ。可哀想なチェリーボーイに免じて”お触り代”は負けといてやるよ」
「俺様はお前ェみてぇな下品な女が一番嫌いなんだ」
「ケッ。女子供殴るのに容赦しねぇとか言ってたけどよぉ。自分より弱そうな奴をボコしてぇだけじゃねぇのか? くっっっだらねぇなぁオイ」
「吠えろ吠えろ。品があろうとなかろうと、気の強ぇ女をボコして、泣いて許しを請う姿を見ることについては大好きだからよぉ」
「拗らせすぎだろお前。友達がいねぇからって、その辺の女に性癖開示とか頭イカれてんのか? 頭の足りてねぇネジ締め直してやるからコッチ来いよ」
Kが挑発するように、中指を立ててクイクイッと『こっちに来い』のジェスチャーを送ると、バドの翼から茶色い魔力がモヤのように滲み出た。
「分ぁったよ。今そっちに行ってやるよ」
バドは地面を強く蹴り空に上がると、八の字を描きながら、加速し始めた。
「飛ばねぇんじゃなかったのか?」
Kが煽るも、反応を見せずに八の字を描きながら飛び始めたバドは、瞬く間に風切音を鳴らすほどに加速していた。
「これが俺様の狩りのやり方だッッッ!」
バドは目標をKに定めると、減速せずに勢い良く突っ込んできた。
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