8話 初任務②



 8話 初任務②



※『初任務①』はプロローグに収録されています。




 先程から、壁に反響して何処かで誰かが怒鳴っている声が路地に響いている。


「ッッッ!」


 車に向かうにつれてその声は大きくなり、段々と何を怒鳴っているのか聞き取れるようになった。


「クソ! 入んねぇッ!」


 車が見える場所まで戻ると、Kがトランクにキャリーケースを無理やり突っ込もうと、ガンガンぶつけながら怒鳴っているのが見えた。


「入らないわけないでしょ」


 無理やり突っ込もうとしているKに「代われ」と言わんばかりの呆れ顔を向けたノノは、トランクの向きを変えながら綺麗に滑り込ませた。


「少しは頭を使いなさい」


「うるせぇなぁ。ケースが大きいのが悪いんだろ」


 汚物を見るかのような視線をKに向けたノノは、収納済のキャリーケースをジッと見つめた。


「それにしても妙に重いわね」


「だよな。中身見てみるか?」


 ケースを取り出そうとしたKの手を、ノノはパチンと叩いた。


「開けたら分かるようになってるかもしれないでしょ。信用を失うような事はしないで」


「んだよ。じゃあ、透視魔法とかあんだろ? それでちょちょいと見てくれよ」


 Kは親指と人差指で輪っかを作ると、それを覗き込むような真似をした。


「あってもやらない。”認知したら動作する”モノだったらどうするの?」


 ノノはそう言いながら、一足先に助手席に乗り込んだ。


「んなわけねえって。ビビリすぎだろ」


 そう言いながら運転席に乗り込もうとドアを開けたKは、思い出したようにメリーさんに視線を向けた。


「メリーさんにはちょっと狭いだろうけど乗ってくか? それとも自分の車で来るか?」


 メリーさんは腕を組んで一呼吸置いた。


「うぅん。後は届けるだけだよネ? それなら、この辺りでバイバイしようかナ」


「そっか。”まやあみ”の子守サンキューな」


「きょ、今日はありがとうございました」


 僕とKがお礼を言うと、助手席の窓を開けたノノが「助かったわ。ありがとう」と会釈をしながら言った。


「お得意様だからネ。そのぐらいのサービスはさせて貰うヨ。今後ともご贔屓に」


 メリーさんは、僕の頭を犬の頭を撫でるように両手でワシャワシャと撫で回すと、建物の陰に停めていたバンに乗り込んだ。


 ドゥルルルッ! と、車には似つかわしくない、唸るようなエンジン音を上げてバンが動き出した。

 別れの挨拶のつもりなのか、クラクションをパァッと軽く一回鳴らして走り出したメリーさんのバンは、あっという間に通りの向こうへ消えていった。




 見送っている間にKは運転席に座っており、ドゥルルルとエンジンを掛けたので、僕は慌てて車に飛び乗った。


「メリーさんの車。初めて見たけど、思ったより普通だったな」


 いつものように車を勢い良く発進させたKがポツリと呟いた。


「いや、全然普通じゃなかったでしょ」


 Kの呟きに対し、ノノが食い気味に反論した。


「ハァ? よくある車だったろ」


「車種はそうでも、カスタムは異常だったでしょ。

 ボディは高純度の”魔断鋼(まだんこう)”を使っているのに、その上から防御魔法を三重に施しているだなんて普通じゃない。”魔断鋼”の上に防御魔法のコーティングが出来る職人が何処にいるのか聞きたいぐらいよ。

 それに、あそこまで防御面に力を入れているのなら、当然迎撃システムもあるに決まってる。

 メリーさんのことだから、物理と魔法の両方の迎撃システムを組み込んでいると仮定すると。下手したら超長距離狙撃に対する何らかの対抗策すらあるかもしれない」


 ノノの早口で行われた熱弁は、ほとんど理解出来なかった。


「あの、”魔断鋼”ってなんですか?」


 喋り足りないのか、珍しく目を輝かせたノノが食い気味に熱弁を続けた。


「名前の通り、『魔を断つ鋼』。魔力を拒絶する特殊な金属で出来ていて、魔力による攻撃では傷を付けることすら出来ない優れモノ。優れモノなんて言葉じゃ収まらないぐらい、トンデモナイ代物よ」


「ふぅん」


 僕の反応が想像より弱かったのか、ノノは不満そうな顔をした。


「その反応。”魔断鋼”のスゴさが分かっていないようね。何がスゴいか分かる?」



 魔力を拒絶する金属。

 言葉から想像するに、剣や盾にしたら強そうな気がする。



「魔法使いと戦う時の武器になりそう、とかですか?」


 ノノは目を丸くして、パチパチと拍手をした。


「この世界に来て数日の”まやあや”にしては上出来じゃない。80点ってところね。

 補足するのならば『”魔断鋼”で作った武器は、魔法使いだけでなく、”天使長”クラスや”上位者”と戦えるポテンシャルがある』の。


 まず、一つ目の理由として、”魔断鋼”で作った武器は魔法で防ぐことが出来ない。

 ”魔断鋼”で銃弾を造れば、『絶対に魔法で防御出来ない弾丸』になるし、剣を造れば『絶対に魔法で防御出来ない剣』になるの。


 二つ目の理由の方が重要なんだけど、『”魔断鋼”で造られた武器による傷は、魔法で癒すことが出来ない』の。

 ”天使長”クラスや”上位者”が強い理由の一つに常時回復魔法がかかり続けているからってのがあるんだけど、”魔断鋼”の武器を使えば常時回復魔法が無いのと等しいの」


「そ、そんなに強い武器があるなら、メリーさんに頼めば良いと思うんですけど」


 ノノは「それが出来れば苦労しないわ」と呟いた。


「『”魔断鋼”の武器をください』と言って手に入るのなら、とっくに揃えてるわ。

 ”魔断鋼”ってのは”とある上位者”が流通の全てを握っていて、武器はおろか原料すら手に入らないのが普通なの。

 メリー商会程のツテと財力があれば手に入るようだけど、私達のようなツテも財力も無い存在には夢物語ね。

 私達が”魔断鋼”を手にする一番簡単な方法は”魔断鋼”を持つ奴から」



 その時、横方向に強烈な遠心力がかかり、シートベルトが身体に喰い込んだ。



「ちょっと、何?」


 話を中断させられたからなのか、普段はKの荒っぽい運転に文句を言わないノノが不満の声を上げた。


「お前見てなかったのかよ。空から突っ込んできた奴がいたんだよ」


「うっかり墜落するような間抜けが居たって言うの?」


 ノノが眉を潜めながらミラー越しに振り返る。

 僕も身体の向きを変えながら後ろに振り返ると、ナニかが目にも止まらぬ速さで、車に向かって空から一直線に近付いているのがリアガラスの向こう側に見えた。


「な、なんか来てるッ!?」


「分かってるッッッ!!」


 今度は先程と反対方向に遠心力が掛かる。



 ドンッッッ!!



 車体後方から鈍い音が響くのと同時に、前も後ろも分からなくなる程の早さで車がスピンした。


 怖い体験をすれば、誰でも悲鳴を上げるものとばかり思っていたけれど、事態に直面した僕の口から漏れたのは小さなうめき声だけだった。



 ガラスの破片が飛び散る車内に、耳をつんざくような急ブレーキの音が響く。



 建物にぶつかる直前で、車は停止した。




「”まやみあ”は車ん中で伏せてろッ!」


 Kがシートベルトを素早く外し、ドアを蹴り開けて外に飛び出した。それに続いて、ノノも車から飛び出した。

 僕は慌ててシートベルトを外し、身体やシートに降り掛かったガラスを腕で軽く払い除けてから、シートの上に伏せた。

 しかし、状況が分からない方が怖かったので、僕は恐る恐る窓から顔の上半分だけを出して、周りを確認することにした。



 道行く人達の反応は様々で、気にせず生活する者、視線だけ此方に向ける者、野次馬の如く近くにきて眺めている者、殺し合えと無責任な野次を飛ばす者達がいた。



 そんな彼等の視線の先にはKとノノがいて、彼女達が睨む先には、猛禽類のような顔をし、腕の代わりに先端が人間の拳のようになっている翼が生えた鳥人間が宙で羽ばたいていた。


 鳥人間は近くの標識の上に止まると、両翼を高らかに広げ、大きく息を吸い込んだ。


「俺様こそがッ! 鳥人にして超人のバド様だッ!」



 鳥人間の名乗り口上によって、一瞬の静寂が訪れた。


 その静寂を破ったのは、Kの舌打ちだった。



「あぁん? 知らねぇよ鳥野郎。アタシの車を滅茶苦茶にしやがって。タダじゃ済まさねぇからな」


 指をパキパキと鳴らしながら凄んでいるKの姿は、仲間ということも忘れてしまう程に恐ろしく、とても味方には見えなかった。


「車? 車ってのは地面をコロコロ走る事しか出来ねぇ鉄の塊のことか? そんなのはどうでも良い。

 俺様はお前等の運んでいる荷物に用がある。俺様に荷物を渡せ。まだ死にたくねぇだろ?」


 鳥人間は嘲るように鼻で笑いながら言った。

 当然、そんな言動を許せるような彼女では無い。


「荷物は渡さねぇし、お前をブチのめすまで帰るつもりもねぇよ」



 Kの両手と両足から青色の揺らめく炎のようなモノが現れたのと同時に、Kの姿が消えた。



 Kの姿を探すと、高さ5メートル以上はある標識の上まで一飛びしたKが、鳥人間に向かって飛び蹴りをかましていた。


 しかし、顔を狙ったであろうKの飛び蹴りは、鳥人間の分厚い翼に防がれた。


「ケッ。やっぱり女ってのは馬鹿だな。俺様がこんなに分かりやすく説明してんのに、理解する脳みそが無ぇってんじゃ話にもなんねぇよ」


 その言葉に眉をピクリと動かしたノノは、右手を鉄砲のような形にして鳥人間に向けた。


「私は”馬鹿な女”だから、加減の仕方を知らないの」



 ジュッ。



 ノノの指先から放たれた青い閃光によって、鳥人間の止まっていた標識の上半分が塵も残さぬまま消え失せ、大通りの向こう側にある建物の壁面をも溶かしていた。



「おいッ! アタシがいるってのに何いきなり撃ってんだバカッ!」


 宙でノノに対する文句を叫んだKが、クルクルと回転しながらノノの隣に着地した。


「あのぐらい。簡単に避けれるでしょ?」


 ノノの挑発するような笑みに、Kは「あたりめぇだろ」と笑い返した。


「ノノは手ぇ出すんじゃねぇぞ。鳥野郎はアタシがブチのめす」


「いや、私がやる。ああいう差別野郎を許してあげられるほど、器が大きくないの」


「んなこと言ったら、アタシは車まで壊されてんだぞ」


 ノノは「それもそうね」と呟いた。


「じゃあ、ジャンケンしましょ。勝ったほうがアイツをブチのめすってことで」


「良いじゃねぇか。やってやろうじゃねぇの」



 周りに気を配ることもせず、Kとノノが睨み合った。



「「じゃーんけーん」」


「「ぽんッ!」」



 ノノがガックシと項垂れ、Kが指をパチンと鳴らしてニヤリと笑った。


「アタシの勝ちだな」


「フン。とりあえずは譲るけど、モタモタやってたら横から狙撃するからね」


「あんなん秒殺だろ。狙撃する隙も暇も無ェよ」


 Kの手足から再び青い炎のような揺らめきが現れる。


「持たせて悪かったな鳥野郎。上がった息も整っただろ。さっさと始めようぜ」


 Kが宙に浮かぶ飛行用信号機に向かって叫ぶと、その上に座っていた鳥人間が腰を上げた。


「中々大した魔法撃だった事は認めるが、俺様が待ってやってる間に逃げ出す脳みそを持っていなかったことを、あの世で後悔するんだな」


 鳥人間は信号機から飛び降りると、Kの前に着地した。


「俺様は相手が女だろうと子供だろうと容赦しねぇからな」


「謝罪の言葉と遺言の準備は出来たか?」




 両者が拳を構え、睨み合った。

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