7話 初任務前日



 7話 初任務前日



 ノノ、K、リスピーの仲間になってから早くも2日が経過していた。



 現在、ノノとKに行き先を知らされないまま車で連れ出された僕は、何処かの地下駐車場からエレベーターに乗っている最中だ。


 ゴウンゴウンと音を立て、随分と長い事乗っているが、上に向かっているのか下に向かっているのかすら良くわかっていない。


「あの、此処は何処なんですか?」


「言ってなかったっけ? ”解放軍”の基地」


「え!?」



 ”解放軍”といえば、人類を”天使達”と”上位者”から解放しようと戦っている人達のことではないか。



「な、なんで”解放軍”の基地に?」


「仕事の話があったから。他に無いでしょ」


 言い終わったノノは思い出したように「あぁ、そういえば」と呟いた。


「”まあみや”は基本的には黙ってて。どうしても話す必要が出来たら、私の話に合わせて」


「え、それって」




 答えを聞く前にチーンと間の抜けた音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。

 扉の先には、僕達に向けて銃口を構えた若い男女が立っていた。


「『拳を上げろ』」


「ハァ?」


 銃を構えた女の言葉に、扉に近い場所に立っていたKが拳を構えて睨みつける。

 ノノがKの拳に手を添えながら「『さらば開かれん』」と返事をした。


「『合言葉』を忘れるな。射殺許可は出ている」


 男は訝しげな表情で僕達を睨み、女は舌打ちをしてから銃口を下げた。


「撃てるもんなら撃ってみろや。ルーキー」


 中指を立てて挑発するKの頭を叩いたノノが「ごめんなさいね。教養が無いの」と謝罪をしながら、Kの髪を掴んで無理やり頭を下げさせた。


「痛ッ!?」


「揉め事起こすな」


「わぁってるよ。でも、悪いのはコイツ等がいきなり銃を向けて」


「K」


 ノノの言葉はKの名前を呼んだだけに過ぎないのだが、その場を凍らせるような強烈な威圧感を放っていた。


「そこの魔法使いに免じて、全て水に流してやる。分かったらさっさと着いて来い」


 男はそれだけ言うと、綺麗に回れ右をし、通路の奥へと歩き始めた。

 聞き取れない程の小さな声で何かを呟くKと、無表情のノノに挟まれながら、無機質な長い通路を着いて行った。 




「”ショーグン様”は大変忙しい。しばらく此処で待っていろ」


 見張りの人達に案内された部屋は、明らかに異質だった。

 それは、床と天井が逆さまだとか、明るすぎるとか暗すぎるだとか、部屋が摩訶不思議な配色というわけでもない。



 異世界に来たはずなのに、あまりにも”見覚えのある空間”だったからこそ異質だった。



 部屋には畳が敷き詰められ、部屋中にい草の香りが充満している。

 部屋の中央にはテレビでしか見たことがないような立派な囲炉裏があり、囲炉裏を囲うように分厚い座布団が並べられている。

 壁際には床の間もあり、色とりどりの花の入った花瓶と盆栽、そして富士山の描かれた掛け軸が飾ってあった。



 Kは「どっこらせ」と言いながら座布団にドカッと胡座をかき、ノノは慣れない仕草で正座をした。

 こういう場ではどのように座るものなのか分からなかったので、ノノに倣って自分も正座で座ることにした。



 それにしても、Kやノノが驚かないということは、”和室”という概念はこの世界にあるということか?



 今すぐ質問したかったが、先程のノノの威圧感を思い出し、開きかけた口を強く結んだ。




 しばらく待っていると、パンッと音を立てて襖が開き、奥から和服姿の大男が現れた。


「おぅ。すまねぇ。色々立て込んでてよぉ」



 身長は180センチ以上。

 ボサボサの白髪混じりの長い髪を、紐のようなモノで後ろで縛っている。

 無精髭の目立つ頬や体毛の目立つ手の甲には切り傷や銃創のような痕がある。

 そして、一番目立つのは腰に二本の刀を携えていることだろう。



 大男は、僕達と向かい合う位置の座布団の上に立つと、二本の刀を鞘ごと帯から抜きとり、右脇に置きながら正座をした。


 ショーグンの正座するまでの流れは、日本人の僕よりもずっと洗練されていた。



「俺が解放軍の”ショーグン”だ」


 ノノが頭を下げたので、僕も慌てて頭を下げた。


「私はノノ。獣人のKに、加入したばかりの”やまみあ”」


「えっ」


 名前を間違えられた事に思わず声を漏らしてしまったが、ノノに睨まれたので慌てて口を閉じた。


「何だ?」


 ショーグンがノノを睨みながら言ったが、ノノは「いえ。何でもありません」と即答した。


「まぁ良い。お前等に頼みたい仕事は至って単純だ。キャリーケースを奪って、此処まで持ってきて欲しい。それだけだ。詳しい事はコレに書かれている」


 ショーグンは懐から取り出した巻き物を、ノノに向かって囲炉裏越しに投げて渡した。

 ノノは巻き物を受け取り、紐を解いた。



 すると突然、目の前の景色と違うモノが重なって見えた。



「ッ!?」


 いや、この現象は知っている。


 この現象は、リスピーの部屋で経験した”情報を直接脳内に送り込まれた時”と同じ感覚だ。


 リスピーの説明の時と違い、瞼の裏に写るのはどれも静止画ではあるものの、目を開けていると気分が良くない事に変わりはない。

 隣を見るとノノとKが目を閉じていたので、僕も目を閉じた。


「何か質問はあるか?」


「募集要項に『魔法使いの参加必須』とあったのは何故ですか?」


 ショーグンの問い掛けにノノはすぐに質問を返した。


「単純な話だ。相手も魔法使いを雇っているからだ」


「相手の魔法使いの人数と特徴は?」


「偵察班の話では一人だ。魔法使いは”フードを被った男”。どんな魔法を使うのかまでは分からない」


 目を瞑っているのでノノの表情は分からないが、一瞬の間があった。


「魔法を見ていないのに、魔法使いだと判断した根拠は?」


「身に纏う魔力の量と質が、相当の手練れだったと聞いている」


 納得したのかは分からないが、少しだけ黙ったノノは「分かったわ」と答えた。



 瞼の裏には地図だの写真だのが大量に写し出されているのだが、要約すると、”輸送中のキャリーケースを強奪し、解放軍の基地まで持って帰る”というシンプルな内容だった。



 ノノの手元からシュルシュルと音が聞こえると、瞼の裏には何も写らなくなった。

 そっと目を開けると、ノノは手元で巻き物を紐で縛っていた。



 巻き物を開いている間だけ、情報を送り込むのだろうか?



 その辺りはノノかリスピーに聞くしか無いので黙っていると、ショーグンが自身の顎髭を撫でながら「俺からも質問良いか?」と言った。



「どうぞ」


 ノノが応えたのと同時に、ショーグンと目が合った。


「そこの”やまみあ”だったか? 明らかに魔力が少ないし、纏っている魔力が虫や鼠と同程度にしか感じられないが、彼も戦闘員なのか?」


 僕が何か言おうと口を開く前に、ノノが説明を始める。


「”やまみあ”は魔力を隠すのが上手なの」



 ノノの口からとんでもない説明が出てきたけれど、話を合わせろと言われているので、僕は首を縦にも横にも振らず、ショーグンの目を見るのは少し怖かったので、鼻先を見つめた。



「とてもそうは見えんが」


 チラリと盗み見たショーグンの目には、明らかに疑いの色が濃く出ていたが、数秒後には「本当なら我が軍に欲しいぐらいだ」と一人笑った。




「失礼します」


 声と共に襖が開き、見張りとは別の男が襖の向こうから現れた。


 その男はショーグンの側へと歩み寄り、耳元で何かを囁いた。すると、ショーグンは目をカッと開き、その男に何か囁いた。

 男の視線が一瞬泳いだが、小さく頷くと駆け足で襖の向こうに消えていった。


「すまねぇが、何かと忙しくてな。仕事の方、”くれぐれも”よろしく頼むぜ」


 ショーグンは僕達全員をジロリと睨み、刀を握って立ち上がると、腰に携えて襖の向こうへと歩いていった。


「私達も行きましょう」


 ノノがスッと立ち上がったので、僕も立ち上がろうとしたが、普段正座などしない足に強烈な痺れが疾走った。


「ッッッ!?」


 産まれたての子鹿のように震える足で何とか立ち上がった僕は、一歩踏みしめるごとに襲いかかる痺れに悶絶しながら、ノノ達と共に部屋を出た。




 エレベーターを降り、駐車場に停めた車に乗り込むと、車はいつものように急加速で発進した。

 エレベーターに乗っている間にだいぶマシになったとはいえ、両足はいまだに痺れている。


「あの、僕が着いてくる意味はあったんですか? 何の役にも立っていないと思うんですけど」


 来る前からずっと疑問に思っていたことを口にすると、ミラー越しに目が合ったノノが言った。


「解放軍のトップにアナタの事を紹介しておけば、後々別の仕事に繋がるかもしれないでしょ?」



 紹介するつもりだったのに名前を間違えるというのは、何かの冗談だろうか?



「何か凄腕みたいな紹介してましたけど、嘘ついたってことになりませんか?」


「そうなるわね」


「だ、大丈夫なんですか?」


「この世界で長生きしたいのなら、ハッタリも大事なの。馬鹿正直に『戦闘力0の役立たずです』だなんて言う必要は無いわけ。『得体の知れない奴』と思われているぐらいが丁度良いの」


 ノノはドリンクホルダーからミネラルウォーターのボトルを取り出した。


「は、はぁ」



 まぁ、良いか。

 仕事さえ貰えれば、後は二人がどうにかしてくれるのだろう。



 車は地上に到達し、交通ルール遵守の意思が欠片も感じられない無法地帯と化している車列に無理やり割り込んだ。


「決行日は明日ですけど、ノノとKの二人で行くんですか?」


「そんなわけないでしょ。今からメリー商会に寄って、アナタの武器を受け取るんだから。”まやみあ”には明日、雑魚の相手をして貰う」



 え?

 雑魚の相手をして貰う?


 僕が?



「む、む、無茶ですよ。いくら何でもッ! 二人にとっては簡単な事かもしれないですけど、僕にとっては全然そんな事ないですってばッ!」


 その言葉に、ノノは小さく溜め息をついた。


「どうせいつかはやるんだから、早いに越したことは無いでしょ?」



 いや、「そのうち色々教えるから」と言われたものの、部屋の掃除ばかりやらされ続けて、まだ何の訓練も受けてないんですけど。



「いくら何でも明日実戦というのはちょっと」


 僕の言葉は絶対に聞こえているはずなのに、ノノは僕の言葉を無視して外を眺め始めた。




「いらっしゃい! 殆ど出来てるヨ。後はグリップ周りの微調整ぐらいだネ」


 メリー商会の扉を開けると、やたらとご機嫌なメリーさんがレジの横に積まれた商品を端に追いやる事で出来た空いたスペースで、バラバラになった拳銃を前に何かしらの作業をしていた。


「それは明日までに終わりそう?」


 ノノの疑問の言葉に、メリーさんは作業の手を止め、真面目な表情でノノを見た。


「全然間に合うけど、どうしたの? お急ぎ?」


「えぇ。明日仕事に連れて行こうと思ってるから」


「明日!? 随分と急だネ。銃は間に合うけど、雨宮ちゃん本人が間に合わないと思うヨ」


「雑魚の相手なら、物陰に隠れて撃ってるだけでしょ?」


 当たり前のように応えるノノに対して、メリーさんは大きな溜め息をついた。


「ノノちゃん。それはさすがに賛同出来ないヨ。ノノちゃんかKちゃんが付きっきりでサポートするならともかく、雨宮ちゃん一人で戦わせたら間違いなく死ぬヨ」



 メリーさんの口からハッキリと「間違いなく死ぬ」と出てきたことに、僕の心臓はギュッと紐で締め付けられるような痛みを発した。



「そりゃ魔法使いと戦わせたら死ぬだろうけど、取り巻きぐらいなら大丈夫じゃないの?」


「ノノちゃん、本気で言ってる?」


 メリーさんはカウンターの下から大きなサイズのノートを取り出すと、文字がビッシリと書かれたページを

次々と捲った。

 そして、胸元からペンを取り出して、とある一文に二重線を入れてから言った。


「分かった。ウチも着いて行くヨ」


「え?」


「マジで言ってんのか?」


 メリーさんの提案に、解放軍の拠点でノノに怒られた時から殆ど口を閉ざしていたKも驚きの声を上げた。


「本気(マジ)ヨ。アナタ達に雨宮ちゃんのこと任せたら死んじゃうからネ。

 大体、Kちゃんは格闘専門でノノちゃんは魔法専門でしょ。そんな二人じゃ、雨宮ちゃんに銃の事を何にも教えられないでしょ」


「銃の扱いは専門じゃないけど、教えられないことも無いわ」


 ノノがムッとした表情で言い返したが、メリーさんはすぐに反論した。


「無理だネ。雨宮ちゃんは跳躍魔法も防御魔法も何にも知らないんだヨ。ノノちゃんとは銃撃戦の前提が違うネ」


 ノノは痛い所を突かれたかのように表情を歪ませながら「メリーさんが教えてくれるならお願いします」と言った。


「任せてヨ。雨宮ちゃんは大事なお得意様だからネ。手取り足取り全部教えてあげるヨ」


「よ、よろしくお願いします」


 軽く頭を下げながら言うと、メリーさんの大きな手が頭をワシャワシャと撫で回した。


「何でも教えてあげるけど、ウチはあくまでサポート役であって、戦うのは雨宮ちゃんの仕事だからネ」



 後に、メリーさんの言葉は言葉通りの意味を持っていると思い知るのだが、この時は何処か他人事のように聞いていた僕は「分かりました」と安請け合いをした。



「オヨヨ。頼もしいネ。」


「じゃあ、時間とか場所とか細かい事は、リスピー経由で流して貰うから」


「分かったヨ」




 その後、メリーさんに頼まれて、手の再測定を行い、銃の受け渡しは明日の現場に向かう最中ということになった。


 結局、何の現実味も無いまま、僕は初任務当日を迎えることになった。

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