第16話 卑しい女しかいないのか?

 足が自然と落ち着いた下着が多いエリアに向く。

 先ほどまではお洒落を意識した商品が多かったが、ここは実用性を重視したものやスポーツで使うような下着が多いコーナーのようだ。


 そこにいたのは川名さん。

 顔を上気させた俺を見て小さく笑う。


「ふっ……大丈夫? 顔赤いけど」

「だ、大丈夫……ちょっとこういう場所に慣れてなかっただけだから」

「ふーん」


 彼女はそう言いながら、下着を見ている。

 その中でグレーのスポーツブラを手に取った。


「さっきまでデカいのばっか見てたからつまんないでしょ、こんなちっさいの見ても」

「そ、そんなことないよ」

「ほんと? 男子ってそういうもんなんじゃない? 知らないけどさ」

「それは……色々だと思う。す、少なくとも俺は……その、どっちも好きだし……」

「ふふっ……」


 川名さんは笑い、俺のほうを見る。


「……好きなんだ?」

「えっ? そう……だね」

「へぇー。そう言われると、ちゃんと選ばないとなって思うかも……」


 そうはにかみ、持っていた下着を自分に合わせて見せてくる。


「これ……どう?」

「い、いいと思う」

「そう? もっと派手なのがよかったりしない?」

「そ、そりゃ派手なのもいいと思うけど……やっぱりその……川名さんが似合うと思うのが一番だよ」

「そっか……ありがと」


 川名さんは頷き、俺に上目遣いをした。


「じゃあ、ちゃんと似合うかどうか……家に行ったときにでも確かめてよね」

「あっ、えっ……?」

「ふっ……なーんて。ほら、すずちゃんが待ってるから行ってあげなよ」


 困惑する俺を回れ右させ、彼女は背中を優しく押してきた。

 そして俺が振り向くと、綺麗なウインクをしてきたのだ。


 ドキッと心臓が縮むのを感じながら、俺は江東さんのほうへ歩き出した。


 彼女に近づくと、肩をビクンッと震わせて振り向いてきた。


「か、神瀬くん……」

「ごめん……一人で見たかった?」

「あ、ううん! そうじゃないの……そうじゃないけど……」


 江東さんの顔はグングンと赤くなっていく。

 ここは俺から話を切り出したほうがいいかもしれない。


「俺……男だから詳しくないけど色んなのがあるんだね」

「う、うんっ。実は私も新しいのを買おうかなって……思ってて……」

「そうなんだ。えーっと……よさげなのとかあった?」

「あ、あるよっ……こ、これとか」


 江東さんが指さしたのは、白いレースが綺麗な小さな可愛らしい下着だ。

 ショーツのほうは若干ピンク色をしている。


「か、可愛らしい……感じだね」

「うんっ……! なんとなくケーキっぽいのが好きなの」

「あぁ、言われてみれば確かに」


 色の組み合わせ的にいちごのショートケーキといった感じだ。

 好物という意味でも江東さんにピッタリだと言えるだろう。


「私、お菓子っぽいのが好きで……たとえばこの……横のとか」


 彼女が指さしたのは、ブラウンの下着。


「これもチョコレートケーキっぽくて……いいなって思ったから、前に買ったんだっ」

「うん、チョコっぽいね……美味しそうな色合い」

「結構お気に入りで……い、今つけてるのがこれなの」

「そ、そうなんだ……」


 今見ている下着が、江東さんが身に着けているものと同じ。

 そう意識すると目がどうしてもそちらに行きそうになる。


 わざと言ったのだろうが、彼女は恥ずかしそうに目を細めていた。


「と、と、とりあえず……この白いの買うねっ」

「あっ……うん!」


 俺の顔が真っ赤になっているのもバレているだろう。

 それでも悪あがきで平静を保とうと取り繕った。


 江東さんが選び終わったのを察したのか、散り散りになっていたみんなが集まってきた。


「すずちゃん、決まった?」

「う、うんっ!」


 川名さんは江東さんに確認したあと、俺を見て微笑んだ。


「さてさて~、次は神瀬くんの選んじゃう? ぐひひっ!」

「いや待ってよ! ここって女性用のしかないでしょ?」


 夜凪さんが冗談で言っていることはわかっていても、今の俺は余裕がなく受け流せなかったのだ。


「男性用もあるわよ? あっちのほうに」


 芝崎さんが指さしたほうには、その言葉の通り男性用の下着が売っていた。


「ど、どういうこと? なんでここに……」

「あれはプレゼント用だと思います。買っている方はあまり見かけませんが……」

「そ、そうなの?」


 まさか売っているとは思っていなかった俺は驚きを隠せない。


「夜凪さん……ほ、本当に選ぶつもり?」

「選んじゃうよ~、ほら行った行った!」


 彼女に背中を押され、男性用下着コーナーに連れて行かれる。


 自分の下着を選ぶのにワクワクしたことなんてない。

 サイズの合う適当なものをスーパーでまとめて買う。

 それ以上のものではなかったはずだ。


 だが今は女子五人に囲まれ、つける下着を選ばれるという状況。

 色んな意味で胸がドキドキしっぱなしだ。


「へぇ、色々あんじゃん……。あー……どういうのがいいの?」

「ど、どういうのって言われてもなぁ……ボクサーとか、かな」

「ボクサーってどんなだっけ……い、今も履いてんの?」

「え? うん……」


 そう川名さんに言えば、みんなの目が明らかに下半身に降り注いでくる。

 そしてすぐに俺に悟られないように目を逸らした。


 さっきの俺と一緒では?


「シンプルなのとお洒落なの、どっちが好きなんですか?」

「まぁ……シンプルなほうになるのかな」


 下着の柄のことなんて考えたこともない。

 正直なんでもいいし興味が薄いものの、彼女らは興味津々のようだ。


「こういうのは機能性が重要なんじゃないの? あんまり通気性が悪かったりすると……その、む、蒸れたりするでしょうし……」

「あ、あんまり意識してなかったけど……そうだね。これから暑くなるし」


 芝崎さんは顔を赤らめながらも、真剣に考えてくれている。


「機能性重視もいいけど~、私としてはブーメラン推しちゃうな~ぐひひっ」

「そ、それは勘弁してよ!」

「わ、私にあんなえっちなの選んでおいて、自分は普通のなんてズルいよ~」

「いやっ、あれは……」


 ニシシと笑う夜凪さんに、俺はタジタジとしてしまう。

 彼女の手に持っている大事な部分見え放題下着が目に入り、首を振った。


「か、神瀬くんはあぁいうの似合いそうだけど……」


 江東さんはそう言って、ボクサー型の黒い普通のものを指さす。


「い、いいね……うん。こういうのがやっぱ一番かな」

「でしょ? それに……わ、私が白だから……なんか並べるといい感じに見える……かも」

「そ、そういうこと!?」

「うん……」


 彼女の割と大胆な言葉に、俺は思わず声を上げてしまった。

 他のみんなもちょっとびっくりしている。


「ちょっとちょっと涼海ちゃ~ん! 随分と策士になっちゃって~んひひっ」

「ち、違うよっ!? えーっと……」

「涼海、気にしないでいいわよ。わ、私も同じ色のを勧めようと思ってたし……」


 そう横目で俺のほうを見ながら芝崎さんが話す。

 確か彼女は黒い下着を選んでいた。


「ならボクも黒いのにしとけばよかったかなぁー」

「紫のものは……紫のものはないんでしょうか……?」

「いや、その……合わせなくても大丈夫だから! 二人ともそれが似合ってるんだからさ」


 俺が説得すると川名さんと犬鳴さんは納得してくれた。


 結局、流れで下着を買うことになってしまった。

 当分はこれを履いて生活していこうと思う。


 店を出ると夜凪さんが話しかけてくる。


「ねぇねぇ……絶対にみんな、次の部活で今日買ったのつけてくるよ……ぐひひっ」

「それは……そうだろうけど」

「何かの拍子で……み、見れたらラッキーだね! ぐひひひぃいい!」

「ちょっ……!?」


 そうイタズラっぽく笑った彼女は、みんなのもとへ駆けていった。


 ただでさえドキドキしっぱなしの部活が、今まで以上に心臓に悪いことになりそうだ。


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